【発狂頭巾アニバーサリーシリーズ】忠臣蔵狂騒曲No.89 大石内蔵助 発狂の時
以下は発狂頭巾オンリーイベント、『狂い裂き日和 ‐陸‐』で頒布された発狂頭巾合同誌『ヴィヴ・ラ・スラップ!!~饗人達の狂宴~』にて
寄稿した作品の再掲です。
1. 発狂頭巾、吉良邸襲撃
日暮れに降り始めた牡丹雪が積もり、江戸の街に白粉の化粧を施す。今宵は師走の25日目。西洋の言葉で言うならば「聖夜」「クリスマス」と呼ばれる日であった。いつもであれば長屋が詰め込まれた街道に、軒を連ねる飲み屋に、寿司や蕎麦の屋台村などに仕事を納めた民が池の鯉の魚群めいて赤提灯に押し掛けるはず……である。
が、今宵は、そのなりを潜めていた。
ビョウ……
どこからか、寒風に巻かれた瓦版が長屋の戸板に張り付く。
『師走の夜、頭巾狂人の辻斬りに御用心』
一面に躍り出た邪な文言と、邪悪な「頭巾姿の狂人」の人相書きがこれでもかと恐怖を煽る様にはためく。
江戸の街は人斬りの恐怖に震えていた。
周囲を見渡せば、煌々と光を放つはずの飲食店の提灯に明かりは無く、1台の屋台の姿すらも見えない。長屋から漏れる明かりも僅かといったところ。毎夜のように狂人が人を殺めまわっているのだから、当然と言えよう。
だが……何事にも例外というものがある。
それは部外者の侵入を許さない建屋。つまり、それは徳川将軍らが籠る江戸城であり、厳重警備体制の出島などである。
そして、江戸城直下。「将軍の膝下」と呼ばれる上級旗本の紋が軒を連ねる屋敷群もその一つであった。
市民が犇めく長屋の街道の様子とは異なり、視線を移せば篝火が等間隔で焚かれる上級旗本らの居住は、まるで別世界のようであった。
屋敷群の方々ではクリスマスパーティなるものが大々的に行われ、香ばしい焼き鳥や和三盆の香りが立ち込め、どこからかキャロルの歌声が聞こえた。
そして、その屋敷群の一角、「五三桐」と呼ばれる桐紋が華美にあしらわれた邸宅が今、業火に包まれていた。
「クセモノダーッ!!デアエ、デアエーッ!!」
「吉良様を御救いしろ!」
「それより消火だ!」
「もうだめだ、逃げろーッ!」
バツバツと火の粉が弾ける音と共に『吉良』と書かれた提灯が焼け落ち、デコレーションされたクリスマス松が勢いよく燃え盛り火達磨と化す。
夢か真か、ほんの数刻前までクリスマスパーティーを催していた真冬の「吉良邸」は、炎煙犇めく地獄の聖夜へと変貌を遂げていたのである。
煤に塗れたサンタコスチューム姿の上級役人達が我先に門戸を目指して逃げまどう。邸内の至る所には胴が二つに寸断された用心棒や浪人が屍の群れを成し……そして大庭園、乱れた白砂の枯山水に、刀を振り抜き合う二人の頭巾姿の姿がそこにいた。
「……」
麻袋を杜撰に被った同心姿の襲撃者は、「魔地吉」と銘打たれた刀を振り、粛々と残心。
「ハァーッ、ハァーッ……ガ、ハァッ……」
対する血塗れの豪奢な服を纏う男、「吉良上野介」は肩で息をしつつ、今しがたまで被っていた金刺繍頭巾を斬断した狂人を、恐怖の目で見据えていた。
愛刀「虎鉄」は既に折れ、枯山水に仕掛けられていた筈のタケヤリなどの即死トラップは斬り合いの中で悉く破壊されている。万策はとうに尽きていた。
(何故…何故バレた……!?)
吉良は狼狽し、脳裏に回り始めた走馬灯をただ眺めた。鉄味の唾液を飲み込み、やがて姿勢を崩し、土下座姿勢で白砂に沈んだ。腱を斬られた両腕両脚からは膂力の代わりに血が流れるばかり。
(何故、本物の『発狂頭巾』が俺の目の前に現れたのだ……!?)
口から垂れた血反吐がボダボダと落ち、白砂を赤黒く汚す。意識が零れ落ち掛け、辛うじて取り戻した。
(下級旗本のいびりが趣味の俺はよく浅野に突っかかってやっていた…それはとても甘美で楽しい毎日だった。だが、ついうっかりやり過ぎて浅野を切腹させてしまい……将軍に目を付けられた俺は、フラストレーションの発散が出来ずに溜まっていく一方だった…)
吉良は瞳孔を開き、前方に佇んでいるであろう狂人の姿を想起しながら呪詛を吐き続けた。彼が見つけた新たなストレス発散法。それは江戸の民を賑わす鬼とも仏ともつかぬ存在「発狂頭巾」に扮し、辻斬りを仕掛けることであった。
生産性のない無力な市民を夜な夜な襲撃しては、何食わぬ顔で奉行所の連中に非難をけしかける。「ニセ発狂頭巾」として振る舞うこと。それはノーリスクで己の絶大な権力を示すとともに刀の試し切りも出来る素晴らしいアクティビティであった。
だが。
聖夜の今宵、クリスマスパーティの夜に狂人が襲撃を仕掛けてきた。
それも、本物の「発狂頭巾」が。
何故か『「ニセ発狂頭巾」の正体がこの吉良上野介である』ということを看破したうえで、意味の分からぬ猿叫を上げながら襲撃を仕掛けたのだ。
かくして吉良は、用心棒をけしかけ、トラップを作動させ迎え撃った。
そして、用心棒を壊滅させ尚も驀進する鬼の形相(麻袋越しでは表情は窺えないが)の発狂頭巾に対し、己も「ニセ発狂頭巾」として扮し刀を振り…
今、赤黒く染まった砂を舐めさせられていた。
「…やはり、そうか」
曇天が薄れ、晴れ間から微かに月の光が差し込む。麻袋の頭巾を被った同心がぽつりと呟いた。
「10年前のあの夜、おヨネと大二郎を切り伏せたのは……お前だったのだな」
「な、ゴフッ…何を突然ワケの分から―――――」
名刀「真治吉」が月明かりを反射し、直後、血の華が舞った。
――――――――――
パチパチ…メキメキメキィッ!
火達磨と化したクリスマス松が音を立て倒壊する。その音をよそに、発狂頭巾こと吉貝は刀を振り血脂を落とし、残心し、にわかに頬に冷たい物を感じた。
「む、雪……か」
脳内エレキテルの超活性化により、それまで狂気の熱が溶かしていた雪を感じ、初めて彼、発狂頭巾は降雪を感じていた。
「ックシ!……なんだこれは!寒いぞ!」
吉貝は燃え盛る邸に向けて手を翳し、麻袋の頭巾姿のまま震えながら独り言ちた。
「てぇへんだ!てぇへんだ!旦那!吉貝の旦那!」
そこへ、吉良邸の裏門からハチが飛び込んできた。吉貝は眼下の死体から目を離しハチを見据える。
「おお、ハチか!ちょうどいい!ここは寒い!熱燗を飲みに行こうではないか!」
「バカ言ってんじゃないですよ!逃げましょう!」
息も絶え絶えのハチが吉貝の手を掴み、今にも駆けだそうと引っ張る。いつもはおどける口調のハチがどうにもおかしい。確かに、麻袋を同心が被っている姿は珍しいが、取り乱す程に変なのだろうか?吉貝は怪訝な顔で聞き返した。
「はは、バカはどっちだハチよ。この通りほれ、俺n…辻斬り事件の犯人は用心棒ともども冥府に渡っているぞ。首謀者が死んだ今、刺客の援軍が来ることなどなかろう?」
「いいから、旦那!とにかくこの邸内からは出ておかないと!」
「?」
その時、
『『『ドォォン…!!』』』
吉良邸正門で銅鑼が鳴った。47つの、行き場を失った怨嗟の銅鑼の音が。
2.積燃の戦い
吉良邸正門!火の手が回り轟々と燃え行く門の目の前には重戦闘制服に身を包んだ浪士ら一団の姿があった。
「これは一体…」
「まさか吉良に嵌められたか…?」
浪士達の顔には皆、少なからずとも困惑の表情が混じっていた。討ち入りの合図である銅鑼を鳴らしてはみたものの、目の前の邸宅が全焼寸前の火達磨になっているのだ。当然ながらこのような情景は戦闘ブリーフィングには無い。
「おのおの方!討ち入りである!」
先頭に立つ角付き兜を被った浪士が声を張り上げ、同志に平静を取り戻さんとする。彼らは赤穂の浪士、下級旗本である「浅野内匠頭」の忠臣達であった。切腹を強いられるほどにまで追い詰められた主の無念を晴らすため、死をも厭わぬ覚悟で吉良を討ちに来たのである!
「安心召されよ!これぞ吉良への御仏の天罰!我らへの施しなり!何かこう…クリスマスパーティーのBBQの火とかが燃え移り、邸が焼けているのだ!つまりただの火災である!」
「ただの火災…そうか!」
「なら無問題!」
角付き兜の浪士、大石内蔵助の声を受け浪士の士気が高まる!
『『『突入ーーーッ!』』』
47人の浪士が燃え盛る吉良邸に討ち入りを開始!目標は吉良上野介、只1人!
当然ながら、今現在、彼らは発狂頭巾の存在も、吉良の死すらも知らぬ!
「…という訳なんすよ……近々討ち入りがあるかも、と聞いてはいたんすけど」
「成程」
吉貝は吉良邸正門から雪崩れ込む浪士達を指差し、合点がいったというように手を打った。
「つまりアレが討ち入りの赤穂の浪士である、と」
「へぇ……」
「仇討ちがなされようとも、奴らはどのみち切腹は免れぬのだな?」
「まぁ……」
「しかし、当の吉良本人はココに骸となっていると来ている」
「へぇ?……ッ!?ウワッ!?コレ、吉良の旦那ですかい!?」
「まぁ、そんなところだ」
吉貝は麻袋の位置を調整しながらぶっきらぼうに言った。
堰を切った水の如く、燃ゆる吉良邸に浪士達が雪崩れ込む。彼らの手には日本刀だけでなくスレッジハンマーやボウガンを持っている者もいる。
「吉良をサガセーーーッ!」
浪士達はBBQコンロを蹴り倒し、虫の息の浪人にとどめを刺して回る。その集団の中を、角付き兜の浪士、大石内蔵助が背負い込んだ巨大な背嚢を揺らしながら悠々と進む。
「探せ!必ず吉良はここにいる!」
だが、一向に吉良の所在を高らかに報告する浪士は出てこない。崩れかけた邸内に果敢にも突入した浪士もいたが、彼らが持ち帰った情報は皆無であった。
「隊長!吉良がいません!」
「そんな筈はない!探せ!吉良はいる!」
「邸内より報告!漬物樽の中にもいない模様!」
「そんな……筈は…」
次々と飛び込む吉良不在の情報に、大石は過呼吸気味に否定の言葉を絞り出す。視界が回り始め、頭がズキズキと痛んだ。
その時だ!
「ギョワーッ!」
「アバーッ!」
「ウワーッ!とうとうやっちまったァーッ!」
庭園方面に刃傷音が木霊する!
「ッ、おのおの方!庭園だ!庭園に迎え!」
――――――――――
大石ら浪士が庭園へ詰めかけ、凄惨な光景に息を飲んだ。
血と炎の照り返しで赤く染まった枯山水に、吉良の死体を踏みつけ、虚空を見上げる麻袋を被った同心の姿がそこにあったからだ。
それだけではない。同心の周囲にはブクブクと泡を吹いて気絶した小男の他に、防刃ケブラー製の浪士服を着込んだはずの浪士達が10人、服の上から斬殺されていたからだ。
「成程、成程。こ奴らは、狂っているな、完全に……」
麻袋同心はブツブツと呟き、突如ギュルリと大石へ首を巡らせ叫んだ!
「つまり、俺が吉良になればいいということだな!そうだろう、ハチ!」
狂声がビリビリと空気を震わせる!俺が吉良になるとは!?ハチとは誰だ!?浪士達は驚きのあまり後ずさり、静まり返る。目の前の男は果たして吉良なのか!?
浪士の一人が振り返った。
「隊長!これは一体!?」
大石は口端を震わせ、視線を泳がせていた。
「お、おの、おのおの……ウ、ウ、ウウウゥゥーーーーッッッ!」
刹那、
バツンバツンバツン!
大石の中で何かが弾ける音がした。
「お、お、おのおの!!おのおの方!奴が吉良だ!そうに違いない!カカレ!カカレーッ!」
角付き兜を被った浪士、大石内蔵助の声に重装備の浪人が発狂頭巾に襲いかかる!
「吉良、覚悟!」
「ギョワーッ!」
襲いかかる浪士に奇声を上げて迎撃!その速度は稲光の如し!
「アバァッ!!」
斬殺!狂った太刀筋に浪士達がどよめく!
「ひ、ひるむな!行け、行けぇぇぇ!!」
大石内蔵助の命令に浪士たちが次々と斬りかかる!
「ウオォーッ!死ね、吉良ァ!」
チェーンソーを振りかぶる浪士が迫る!
「ギョワーッ!」
一閃!チェーンソーの機構ごと浪士斬殺!
「く、喰らえ!キエーッ!!」
ハルバードを携えた浪士が飛び掛かる!
「ギョワーッ!」
鼻先寸前回避!一閃!浪士斬殺!
足りぬ、足りぬ、狂気が足りておらぬ!もはや雑魚では相手にすらならない!
「ギョワーッ!」
パイルバンカー浪士斬殺!
「ギョワーッ!」
バスターソード浪士斬殺!
「ギョワーッ!」
電磁レイピア浪士斬殺!
「ぶ、物量だ!囲めーッ!」
大石内蔵助の号令の下、各々獲物を振り回す浪士が包囲陣を構築、総員突撃を仕掛ける!
だが!
「ギィィィィィ…ギョワーッ!」
狂声と共に1800度回転!斬断!斬断!斬断!名刀「魔地吉」が閃く!大立ち回りで連続斬殺!
気がつけば残されたのは大石内蔵助、ただ一人。
「アガ、アガガ!ま、まさか吉良が、吉良がここまでの手練れとは……かくなる上は!」
大石は背嚢のカバーを取り去り自身の獲物を、一丁の三連装火縄銃を取り出し、構える。次の瞬間、ゆっくりと火縄銃の銃口がコマのように回転を始めたではないか!これは、戦国時代の遺物、火縄ガトリング銃である!
「喰らええェェェーーーーーッッ!!」
背嚢のドラムマガジンがうなり、回転銃口から夥しい数の銃弾が吐き出される!かつての戦国時代の武将である織田信長は、南蛮渡来のこの武器を量産し天下統一を成し遂げたと言われている。弾丸の嵐を生み出し続ける大石の姿はまさに戦国時代の悪夢の再現ともいえよう!
大石は焦点の合わない目で火線の先にいるはずの発狂頭巾を睨む。吉良だ。奴こそが吉良なのだ、吉良でなければならない。赤穂浪士の手で吉良を討つ。
そうでなければ、意味がないのだ。
「ヒ、ヒヒッ……吉良だ、そうだあれは吉良だ!浅野様もこれで浮かばれるーーーッ!」
狂ったように声を荒げる大石。その目に、言動に、正気の欠片は完全に消失していた。
彼自身、本心では目の前の狂人が吉良でないことは薄々わかってはいた。だが、浪士の頭目であり、討ち入りという後に引けぬ状況、そして突入時に発狂頭巾の足元に骸となっていた吉良の姿が決め手となり、遂に狂気へ堕していたのである。
「ウオオオォォーーーーーッッ!」
大石はトリガーを引き続け、嵐の如き銃弾を吐かせ続ける。赤穂藩の為、主の為、目の前の敵をただ滅殺する為に!
「これで、これで俺は、浅野様は、赤穂藩は……何ッ!」
大石は目を見開き,火線の先を凝視する!
「ギョワアアアアアァァァァーーーーーッ!」
視線の先、僅か数メートル先には狂声を上げ続ける発狂頭巾が、たった一振りの刀を小刻みに振り続け、横殴りの銃弾の嵐に傘を差し続けているではないか!?
当然、ガトリングの嵐故、体の随所には銃弾による擦過痕と、それ由来の傷から染み出す夥しい血の数が見える!!いかな発狂頭巾と言え無傷とはいかぬ!
だが!
ズン!
発狂頭巾が、一歩、踏み出した。
「!!」
大石は、瞬時に目の前の相手の意図を汲み、殺意の籠った視線を向けた。
発狂頭巾は、返り血を浴びた麻袋の中で視線を受け止め続けた。
「ッ!!!!!」
大石がトリガーを更に強く引き絞る!銃身のオーバーヒート熱が両腕を焼き始める!
ズン!ズン!
発狂頭巾が、一歩、更に一歩!弾丸を弾きながら歩みを進める!
読者諸君ならば理解している頃であろう。
発狂頭巾は銃弾の雨をしのぎながら間合いを詰め始めていることを!
そして、大石は火縄ガトリング銃の反動故、容易に身動きが取れないことを!
「ぐ、ウウウゥゥーーッ!!」
ジュアァッ!
遂にオーバーヒート熱が大石の腕を、両肩を焼き始め、辺りに焼肉めいた匂いが充満してゆく!
「オノレエエェェーッ!」
「狂うているのは……」
銃弾と刀がかち合い、火花が散る。火花は雪を溶かし、電光となり空へ昇った。
「貴 様 ら で は な い の か !!」
突如、発狂頭巾の頭部へ落雷!脳内のエレキテルが活性化される!この状態の吉貝は、狂人特有の常軌を逸した身体能力を発揮するのだ!
「討たれるのは……貴様だ!!」
打ち振るう刀の速度が等比級数的に跳ね上がる!
次の瞬間、発狂頭巾は大石の懐まで潜り込んでいた!
「ア、アア……吉良、吉良め、キ、アアアァァーーッ!!」
大石は歯を割れんばかりに食いしばり銃口を発狂頭巾へと向けようとする、が、高速回転する銃身を発狂頭巾の狂腕に抑えられ、動かせぬ!
「仇討ちは既に成されたり!」
発狂頭巾の両眼(麻袋越しではあるが)に、僅かに正気が宿る!さらに一歩踏み出し!大石の肩口に、名刀「真治吉」の切っ先を乗せる!
「あ、浅野様!私は、私は、アアアァァーーーッ!」
「ギョワーッ!」
肩口から、つま先へ。
ヅググ、と狂人的な筋力のままに、刀が押し下げられた!
骨を、内臓を、全てを圧し切りながら、発狂頭巾は大石内蔵助を袈裟掛けに真っ二つに切り裂いた!
「き、らぁ……」
倒れる大石。
そして残されたのは復讐のトラウマ(妄想)に狂った発狂頭巾ただ一人となった。
ビョウ……
寒風が吹く。発狂頭巾は、何を思ったか、大石の焼けただれた火縄ガトリング銃の銃身を、吉良の骸に強引にねじ込んだ。
そして、泡を吹き気絶したままのハチをやおら担ぎ上げ、再び吹き始めた牡丹雪と共に、吉良邸を去っていった。
3. 『赤穂浪士、吉良邸討ち入り果たす』
……翌朝。江戸の街に瓦版の紙吹雪が舞った。
巷を脅かしていた人斬り事件が「吉良上野介」による乱心であったこと。そして、その「吉良上野介」を、辛酸を舐めさせられていた47人の「赤穂浪士」達が乱心を見破り、主の仇討ちと共に天誅を成し遂げたからだ。
民は事件に賑わい、そして、事件をチリ紙のように忘れていった。
さらに数日が経ち、赤穂浪士達の事は完全に忘れ去られ、巷では仇討ちを主題とした新たな歌舞伎の演目や狂言に賑わっていた。
忘却と想起の繰り返し。江戸とは、そういうものである。
クリスマスが過ぎ、今では忙しない年越しの雰囲気が江戸を包み込む。平和な江戸の町に戻ったのだ。吉貝とハチは江戸の町をパトロールという名のサボりに勤しむ。
「ふあぁ、ハチ、平和だな」
「へぇ!でもあと数日で年末、また忙しくなるんでしょうねぇ」
ハチは何食わぬ顔で街道を闊歩する。あの夜の事は脳内に掛かった過剰なストレスにより記憶からすっかり抜け落ちているようだ。
吉貝も、トラウマ(妄想)が1つ解消したのか、どこか頭が軽くなったように感じていた。
昨夜の事件を解決したことで、八百八個のトラウマ(妄想)の内1つが消えたのだろうか。それとも、自身になり替わろうとしたものを排除したからであろうか。
それは誰にもわからない。吉貝本人でさえも、わからないだろう。
だがトラウマ(妄想)が今以上に増えるよりかは、完全に狂い切ってしまうよりかは良いのだろう。
事件を解決し続けていけば、すべてのトラウマ(妄想)を克服すれば、いつかはおヨネや大二郎の事も鮮明に思い出せる筈だ。
いずれにしろ、吉貝に安寧の日が訪れることは早々に無いだろう。
「そういえば、源内先生が新しいカラクリを創ったと聞いたんすけど、旦那、見に行きません?」
「おお、源内先生がまた新作を創ったのか!?それはいい!早速、団子を持参して見に行くとしよう!」
天下泰平、ここは江戸の街。
狂気が満ち満ち、悪が嗤う時、頭巾の影が月光に翻る。
悪が天下の江戸に食指を伸ばせば、悪はたちまち発狂頭巾の狂声を聴くだろう。
正気も狂気も、それはお江戸の闇次第。
さてさて、明日の吉貝はどうなるやら。
【発狂頭巾アニバーサリーシリーズ】忠臣蔵狂騒曲No.89 大石内蔵助 発狂の時
おわり