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【発狂頭巾アニバーサリーシリーズ】流れ星が二者を別つまで…

『発狂頭巾』とは、江戸時代に貸本界隈で民を賑わせた活劇小説です。
1940年代には時代劇として編纂され狂言の演目として舞台化。遂には1970年代に市川右太右衛門主演のテレビシリーズが放映され、最盛期には驚異の視聴率36,1%を記録するなどの伝説を残しました。
短編ではありましたが、後に1990年代以降は市川雷蔵、藤田まこと、里見浩太朗らが主演を務めるほどの長寿シリーズとなりました。

以後、フィルムの誤廃棄事故などの痛ましい事件もあり、諸事情等々より映像化が途絶えていましたが2007年に第七シーズンがたった1話のみ放映されたことによりにネット上で密かに再燃。
細々とではありましたが、ネットの海を漂い、ついにはハリウッドで映画化もされました。

以下は民明書房刊『週刊、時代劇大全!』で掲載された読者投稿作品を主観的に瞑想ながら執筆したものです。

(これまでのあらすじ:目の前で家族を殺されたトラウマ(妄想)が八百八個ある狂った同心の吉貝は、平賀源内に脳内エレキテルを埋め込まれたことでトラウマを抑制し、日常を取り戻した…かに見えた。
だが、江戸の狂騒は今日もまた、吉貝の脳内を搔き乱さんと渦を巻いていた……)

ピ~ヒャラフォエー ピッキキピ~♪

江戸の町に太鼓が、雅楽の音が響き渡る。

祭りだ。

ここ、江戸一の境内敷地面積を誇る江西寺では今、大量の提灯や篝火が轟々と炊かれ既に落ちたはずの闇の帳すらも吹き飛ばさんとするほどの喧騒が天をも貫かんとするほどに巻き上がっていた。

ザサァ…

一迅の風が鳴り、笹が騒めく。参道の両端には色とりどりの短冊を備えた笹が並び立ち、子供たちがこぞって願い事を結びつけた。

寺の参道には所狭しと出店が並び立ち飴や出汁の欲望をそそる匂いが充満している。その砂利道のど真ん中を衣擦れた同心服に身を包んだ男性と猫背の小男が周囲に目を配らせつつ進みゆく。

おなじみ、同心の吉貝と相棒のハチである。

「てぇへんだ!旦那ぁ、こいつはてぇへんですよぉ!」

玉砂利を小気味よく跳ね遊びながらハチが声を上げる。見れば頭に天狗の面を被り両手には水あめ、チョコバナナやりんご飴など抱えきれぬほどの甘味を持ちほおばる始末。およそ同心の付き人らしからぬ装いだ。

しかし吉貝は気にもしない。

「上機嫌だな、ハチ」

「そりゃあそうっすよ!旦那にパシらされたイカ焼き屋ではチンチロリンでタダになり、他の出店でも当たりまくりツキまくり。こいつぁ胃袋がいくつつあっても足りやしねぇや!」

「ハハッ、そうかそうか」

祭りの警護を遣わされたと言え、人は人。浮かれ行くものだ。こと、祭りとあらば羽目を外すのも仕方がない。

その中で吉貝は一瞬目を閉じ、氷のように冷静に瞼の裏に想いを馳せた。おヨネ(妄想)との間に生まれた子、大五郎(妄想)の事を。

大五郎は祭りが好きだった。

(父ちゃん!祭りだ!お囃子が聞こえるぞ!)

(大五郎、あれは江西寺の説法の合図のお囃子だぞ?)

(そうなのか?でもいいや!父ちゃんと行けばなんでも面白れぇからさ!)

(ははっ、大五郎は面白いな…)

「ウゥッ…」

吉貝は歯を食いしばり、潤む目の中で舌を嚙み切らんばかりに歯を食い込ませた。大五郎の記憶(妄想)だけは思い出してはならない。そう自戒(妄想)したばかりではないか。

「旦那?」

「何でもない…」

「そうっすか?あ!そういえばあの出店はっスねぇ…」

(辛いな…)

吉貝は人差し指で涙をぬぐい払い抜ける。どうにもハチと息子の大五郎(妄想)が重なってしまう。

「過去は過去だ…」

吉貝は独り言ちる。

「ほら、旦那の分のりんご飴を買ってきやしたよ!」

「気が利くなハチ、今日は御大臣だな」

ハチの自慢話に相槌を打ち、不意に吉貝は夜空に視線を向けた。

「ん?……おぉ!」

雲一つない夜空。一際大きい流星が流れる。

視線の先、そこに満天の天の川が広がっていた。

7月7日、七夕である。

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ガランガラン!!

江西寺本堂。

参拝者が悪戯に鳴らす鈴の音をBGMに江西寺和尚、江西大僧院は心を落ち着かせながら念仏を唱え続けていた。

「分愚類南無…南無狂名浮…」

その額には脂汗がにじみ、頬を伝っては落ち、足元のフローリングの節目に吸い込まれる。傍らの蝋燭から雫が溢れようとする。

「伊藍、阿!九頭雲!カァーッ!」

グアァーン!

江西和尚は徐にドラを叩きつけ、数珠を擦る。

「屋際馬島煮肉殻目亜部羅増益…」

背後の歓声にも目をくれずに一心に念仏を唱え続ける。

本来ならば本堂を開け、子らを集め茶菓子を振る舞うはずだった。だが、出来ない。出来なくなったと言えよう。

胸騒ぎがした、と言えばよいか。心が休まらない。

発端は徳川将軍の一言、

「七夕に祭りを開けば盆祭りと合わせて倍稼げるぞ!」

であった。

江西自身悪い案ではなかった。自身も祭りの明かりに目を輝かせる子供の姿が好きだったからだ。親に唯一我儘が通せる瞬間、その期間が倍になるのだから悪いわけがない。

だから、この七夕の夜に江戸のテキヤギルドに無理を言わせて祭りを開いた。

だが、

何だ。

この背筋を突き刺すような寒気は。妖?モノノ怪?どれとも違う。

…う……!」

南蛮からよからぬものが渡り来たか?紅毛の伝承にも似たようなものを閲覧した覚えがあるような…

尚…」

やはり連続で祭りを開くなどという考えは甘すぎたのだろうか。唱えねば、民を見守り、加護を強めるために念仏を……

「江西和尚!」

ガランガラン!

「ハッ!?」

江西は鈴の音と共に耳に飛びこんだ声の方を振り向く。見慣れた同心と付き人の姿が目の前にあった。

「和尚…」

「江西、貴様大丈夫か?」

「…ッ、吉貝か」

無意識に息を切らし江西和尚は身を起こし傍らに目を滑らす。傍の蝋燭から垂れた雫が燭台へ、つつと流れ白く固まった。

「ウッ、ハァーッ!ハァーッ!」

「江西、顔色が悪いぞ」

よろけた江西和尚を吉貝が手をかける。その顔は吉貝が本堂の襖を開けた時よりも更にやつれ、見る見るうちに萎れていった。

「吉貝、助けてくれ…子供たちが……タナバタは…略奪者、が、来…」

ズズン…

地響き!

「あ、アアアッ、アアアアアアアアッ!!!」

瞬間、何かを感じたかのように和尚はブクブクと口から泡を吹き、気を失う。

「……江西」

「和尚!」

吉貝が江西和尚の頬を張りながら声をかける、が、ガクリと和尚の頭は力を失せ、倒れこんだ。

「旦那…!略奪者って一体…」

ハチがチョコバナナを嚙み千切りながら問う。

「分からぬ…だが……」

吉貝は頭を振りながら本堂を見上げる。見事なタナバタレリーフの描かれた壁画が目に入る。奇怪な金属鎧に身を包んだ戦士が煌めく川の対岸に立つ陰陽師をにらみつける壁画だ。

吉貝にはそれが何かはわからない。

元来、江西寺は七夕を祝う系譜の寺である。実のところ、毎年七夕には民衆から集めた笹枝を本堂に収め、炊き上げるのだが、門戸は閉じられ灰燼と化す姿は有史以来、誰も見ていなかったのだ。

だが、

今年は夜の帳が下りようとも江西寺は24時間、開放をしていた。

「マズイぞ…ハチ!」

吉貝が声を荒げるのと同時に、障子戸越しに悲鳴が響く!

「た、タスケテクレェェェーッッ!」

叫声!

ターンッ!

吉貝とハチが本堂の戸を開く!刹那、眼下に地獄が広がっていた!

「オアァァァ!!」

「なんじゃありゃぁ!?」

デロデロと揺れるカラフルな蓑を着込んだヒョットコ、天狗、オカメの3体が思い思いに民衆を羽交い絞めにしては取り込んでゆくではないか!?

「お助けェェッー!」「父ちゃーん!?」

蜘蛛の子を散らすように参拝客が出入り口に殺到!が、

「オエェェェッップ!!」

「な、アバッ…」

般若面の蓑不審者が突如降り立ち、ドジョウ掬いじみて民を丸吞みしてしまう!

ビョウ…

風が吹き、木の葉がツツと石畳を滑る。

たった、ほんの数秒であれだけ賑やかであった参道が人一人いなくなってしまった。

ランランと提灯が不気味に風にあおられながら光る。残るは不気味に体を揺する蓑姿の不審者が4人だけ…

「アワワ…」

ハチは数秒に起こったことを反芻しきれないまま気を失いかけていた。倒れかけた体を支えようと障子戸の骨にに掴みかかった。

ゴトリ。

…。

その音は風がなびく江西寺によく響き渡った。

当然、

「「…」」

「……?」

「…!?、ウゥゥップ!」

「「「…、お、オォ!?」」」

音は蓑不審者たちに届く!

「「「お、お、おお、オオオォォーッ!」」」

踵を返した蓑不審者らがハチのもとへと殺到する!

「うわぁぁぁーーっ!?」

「「「「ギョワーッ!」」」」

狂声がハチの耳元に飛びこむ!ハチは死を覚悟し両腕をクロスし無謀な防御を決め込んだ!

「あ、ああ、アアアア…」

ボタボタと手にしていた菓子を落としながらハチは祈る。

ここに来るまで、あまりにも運が良すぎた、調子に乗りすぎていたんだ、あっしが悪かったんだ、神様、仏様、どうか助けてくだせぇ。

「南無阿弥陀仏…南無阿弥…」

ハチは一心に念仏を祈った。そして、痛みのないことに気付き目を開ける。

ばたっ、ボタタッ…

「あ、アアアッ…!」

ハチの目の前、鼻先三寸のところでタケヤリに身を貫かれた吉貝が立っていた。

「ゴ、ゴホッ!…グブッ……」

「だ、旦那!」

仁王立ちの吉貝が目の前に立つ。まるで血みどろのハリネズミだ。蓑姿の不審者らはベトコントラップじみて体中からクリイガのように勢いよくタケヤリを突き出し襲い掛かった。

「な、なんだよ、コレ…」

体感にして一分もない、瞬間の出来事だ。たった数十秒で市民どころか長年寄り添ってきた吉貝の旦那が血濡れにされた。

「狂ってやがる…」

ハチは眼前の怪異を前に吐き捨てる。びくり、と串刺しの吉貝の体がはねた。

「てめぇら、何があったか知んねぇが…狂ってやがる!!」

ハチが叫ぶ。ザワザワと色とりどりの蓑を騒めつかせ、ヒョットコが笑った。その面が、一瞬で割れた。

カララン…

オカメが、天狗がヒョットコを見た、モズの早煮え同然の骸が、刀を抜き突き刺していた。

「…て……は」

ふいごを掛けられた赤熱する炭の如く、眼に猛り狂う狂気を灯した男が筋肉を叫ばせ白目をむき、叫んだ。

「狂うておるのは…

 貴

 様

 だ!!!」

ジャコン!!

極限まで引き絞れた筋肉が狂気と共に降り抜かれ、名刀「真治吉」が一閃!

オカメが、

天狗が、

横なぎに切り払われ、苦悶の呪詛と共に流血の如き紙切れが舞う!

「旦那!」

ハチの言葉に耳を貸さず、血濡れの吉貝が般若面へと迫る!

「ギョワーッ!」

「グオオオッ!」

突撃する吉貝を迎撃すべく般若面は蓑体から夥しい数のタケヤリを射出債続ける!

「ギョワーッ!」

吉貝は刀を振るう!

一閃、一閃、火花!

(何が略奪者だ…俺と大五郎の思い出を汚すなど…言語道断……狂人めが!)

タケヤリとカタナが交差するたびに吉貝の顔に一筋ずつ赤い線が刻まれていった。一拍を置いて血が噴き出し、吉貝の顔を頭巾めいて覆い隠してゆく…

「ギョワーッ!」

斬る!血飛沫!

「グオオオッ!」

タケヤリ射出!

「ギョワーッ!」

斬る!血飛沫!

「グオオオッ!」

タケヤリ射出!

「ギョワッ!?」

斬る!血飛沫!が、真治吉が手から弾け飛んだ!

「グオ…ッ!?」

般若は隙を逃さずタケヤリ射…

「…捉えた」

刹那、己が血を頭巾と化した発狂頭巾が般若面の身体から飛び出しかけたタケヤリを掴む!その距離、ワンインチ未満!

「グゴォ!」

「ギョ…!」

発狂頭巾と、般若の視線がぶつかる!

「「オオオオオオォォォッ!」」

般若が口からタケヤリを高速射出!対する発狂頭巾は…居合を、居合を一閃、更にもう一閃!?

カランカラン・・・

むなしい音を立て、石畳に真っ二つに割れた竹が転がった。

「ハアァッ、ハアッ…」

発狂頭巾の両手には一対の笹が握られていた。参道に植えられ、子供たちが思い思いに願いを吊るした何の変哲もないただの笹が。

「ガ…ガガッガガアアガガアアガガガーーーッ!!??!?!?」

発狂頭巾の頬に太い赤線を引いた般若は、面を、体を両断され断末魔を上げた!いかなる奇跡か、はたまた彼の狂気がそうさせたか、笹の細枝が、般若を斬ったのである!

残心し、納刀のそぶりを見せる。

吉貝こと発狂頭巾は、般若ら怪異を油断なく目の端に収めながら気を失ったハチをじっと見守った。

ふわり

「む…?」

眼前に躍り出た短冊を訝しんだ発狂頭巾は人差し指と中指をハシのように操り摘み取った。更に目の前をいくつもの黒ずんだ短冊が降り立つ。

『母ちゃんが父ちゃんから殴られなくなりますように』
『借金が早く帳消しになりますように』
『父の仇討ちが成就しますように』…………恨み辛みの数々。

そして己の手には…あぁ!

『お父ちゃんが元気でいますように  大五郎』

「大五郎…」

当然、吉貝には息子などいない。いようはずがない。だが?これはいったい?

パッ!

「!?」

空が一際明るく輝く。見上げれば、幾千もの流れ星が天の川を横断していた。

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「つまり、七夕は年に一度、厄と縁を流す重要な日であり…」

江西寺に和尚の説法の声が響く。されど、七夕を過ぎた後となっては危機に来るものなどいるはずも無い…

「なるほど…」

はずであった。

「吉貝か、珍しいな儂の説法なんぞを聞きに来るとはな」

「なに、気まぐれよ」

「そうか、そうか…では苦闘流布真宗第十条から…っと、吉貝、もう行くのか?」

「…まあな」

どすん、と吉貝の懐から取り出された一升瓶が置かれる。

「供物だ。行かねばならん、俺も」

「そうか、御仏の加護と幸運があらんことを……な」

「幸運などありそうにもない」

吉貝は包帯をさすりながら境内へと降り立つ。

しばらくして門戸から旦那!と元気ある声が聞こえる。

朝焼けの空にうっすらと天の川が軌跡を描いていた。


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