ある男
男は毎朝同じ時間に電車に乗り込み、車輌の連結部近く、進行方向に沿って備え付けられた長椅子の、風が吹き込んでこない端っこの席に身体を押し込んだ。電車に揺られている間、男はいつも窮屈な箱に貨物の如く詰め込まれている気分だった。男はその不快さから逃れるべく、電車に乗っているあいだは目を瞑り続けるのが常だった。しかしながら、男はごくまれに自分が予め決められた場所に整然と収まっているような、まるで何かに包容されているような気分になることもあった。そうした時、男は自分以外に何ものも存在せず、まっさらな空間にひとり浮かんでいるように感じた。だからといって、安息した気分が男を満たしているという訳ではなく、無意識的な緊張状態によってもたらされる、ちょっとした精神の張りみたいなものに過ぎなかった。
男は肉体に蓄積した鈍い痛みが耐え難くなってくると、ゆっくりと目を開けて窓の外を眺めた。それは決まって同じ頃合いで、列車が地下鉄路線に乗り入れるためにトンネルへ潜っていく狭間の時だった。窓から入ってくる光が次第に弱くなり、地上の景色からどんどん隔てられて、やがて全く地下に入ってしまうと、真っ暗な窓に自分の姿がくっきりと映し出された。その一連の様子を、男はいつもはっきりとした意識の中で眺めた。