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若い燕(ショートショート)

「ミズキ様ー」
小さな薬局だからか呼び出しの声がよく響く。女の人だ。「呼ばれたわ」隣にいたお母さんは勢いよく立ち上がりカウンターに向かった。カウンターも小さかった。

「全く、夜遅くに風呂なんて入るから風邪ひくのよ?髪の毛もちゃんと乾かしたの?」


車に戻るなり小言を言われた。ちゃんとしたよ!と私は言い返したかったが少し喉奥が気怠かったので助手席で頷くだけだった。病名は急性扁桃炎だった。
正直病院に行くほどでは無かったと思う。そして同時に身体が大きくなったのだと身に染みた。小学校の頃は少し風邪をひくだけで泣きながら布団に潜っていたが、大学生にもなると同じ38度でも思うように身体が動く。だから料理もできるし漫画だって読める。大学だって行けなくはないけれども、なんだかやる気がおきなかった。そもそも風邪だし。

大学生活は順調ではなかった。貴重な友達のAちゃんは最近恋人が出来たとかで会わなくなったし、ゼミの先生は変な事ばかり気にする。この間も発表スライドの文字の打ち間違いでネチャネチャと責めてきて嫌な感じだった。そういえば進路も決まっていない。好きを仕事に、なんて言うけど何も思いつかない、心理学なんて選ぶんじゃなかった。

「ミズキお昼どうするの?食べたいものある?」そんなこと考えているとお母さんから質問が飛んできた。「ない」ぶっきらぼうに返すと、まったくもう、と聞こえた。

「そうめんでも茹でるから食べなさい。良くならないわよ」

信号が変わり、車が止まった。ふと民家を見ると燕が見えた。可愛い雛と慌ただしく動き回る燕が見えた。私は燕みたいに飛べないな。

「どうしたの?」

なんでもない、と返す。風邪のせいだろうか、心の呟きが声になってたようだ。
燕が遠くに飛び立っていく。車も民家から離れて行った。

私はこの町で一生過ごすのだろうな。そんな気持ちに駆られた。遠くに見える燕は低く飛んでいる気がした。

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