ボス村松の外科室3「伯爵の亡霊」
ボス村松の外科室とは?
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第三話「伯爵の亡霊」脚本
坊主 その日その時刻、竜の背に乗って、梅の木の精とユーゼンハイムが天に昇っていくのを、プラハの市民は見たという話ですが…
坊主 あなた、お葬式の時からおられましたね。
画家 どうかされましたか?
坊主 いやね。話が一段落して、今、このセレモニーホールには拙僧とトマーシュさん二人が立つだけとなるはずだ。
画家 はあ。
坊主 でも、一人残ってるんですよ。この場に三人になっちゃってる。
画家 三人? …どこに?誰がいるんです。
坊主 そこに。頭から血を流した紳士が。
画家 え?
坊主 見えませんか。
画家 亡霊!?
坊主 そうですなあ…
坊主 はー!
伯爵 ぐわー!
坊主 やはり幽霊、亡霊、そういう類のもののようで。
画家 だれか!お客様の中でエクソシストの方はいらっしゃいませんか?!
坊主 拙僧がそうなんですぞ。高野山で修行した拙僧は、まさに悪霊祓いのオーソリティ―でありまして、ご心配めされるな。落ち着いて。
画家 これが落ち着いていられますか。亡霊の様子をもっと詳しく!
坊主 頭から血を流して。
画家 それは聞きました。身なりとか。顔立ちとか。
坊主 黒マントに蝶ネクタイ。その上に乗っかる首の上はカイゼル髭にアイパッチが特徴なのでしょうな。顔、体を問わずべったりとつく血のりをさっぴくと。
画家 プラトウ伯爵!
坊主 …ライオンにでも噛まれましたか。
伯爵 いかにも。いかにも。
画家 全てはサーカス団長の企みで、私は何も知らなかったのです!
坊主 …ふーむ。話の整理が必要なようですな。今、拙僧がここ、北陸金沢がごとく曇り空ばっかり、の、陰鬱なる魔都プラハの、セレモニーホール「あじさい」、にいるのは、拙僧が懇意にしているサーカス団長の頼みで、屠殺処分となったメスライオンのライザにお経をあげることになったからです。ライザちゃんは人を噛み殺したということでの屠殺処分。…となると、噛み殺されたのがあなただ。伯爵?
画家 化けて出てくるなら、サーカス団長の方に!
伯爵 痛かった。死ぬかと思った。
坊主 いや死んでおられますよ、あなたは。ふうむ、そのあたりですかな。
伯爵 何がだ。
坊主 御前が彼岸に渡らずに、此岸に留まっておられる理由です。死んだことへの自覚の無さというか。
伯爵 天使が降りてきて、私の手を引いて天国に連れてってくれるんじゃなかったの?
坊主 キリスト教の方か。拙僧が力になれることは少ないかもしれませんなあ。
伯爵 マリア様に会いたい。
坊主 拙僧は葬儀会場となったこのセレモニーホールで、南無大師遍照金剛とお経を詠んだ。その傍らに、亡霊はずっと立っていた。あ、いるな、とは感じてた。
伯爵 興味深く拝聴させてもらった。信じる神は違えど尊さは伝わった。
坊主 一方、あなた様は、ただ一人の参列者として、そちらの椅子に、うつらうつらと。
画家 申し訳ない。
伯爵 サーカス団長はどうした?ライザの飼い主だろう?
坊主 あなたと同じくライザに噛まれて今はベッドの上ですよ。
伯爵 ざまあ!
坊主 葬儀と言っても棺が一つと、坊主と参列者が一人づつ。拙僧がお経を結んで、坊主らしい法話でもと始めた枕の部分で、トマーシュさんが、食いついてきた。
画家 いかにも合点がいく話だったから、「そのとおり」とつい声が出てしまいました。
坊主 私は何を話しましたかな。
画家 ご僧侶はおっしゃられました。拙僧も女性に迷わされたクチでして、と。
坊主 そうでしたそうでした。拙僧も女性には迷わされたクチでして、今回の屠殺処分もメスライオンがオスニンゲンを噛み殺したとのこと。全くもって痛ましいお話です。全くもって、女は魔物といいますか、ライオンは猛獣といいますか。男子一生のテーマが女子であることには間違いありません。
画家 そのとおり!
備考/あとがき
まだ泉鏡花の「外科室」の要素が、ほとんど出てきていませんが、これからです。あと少しお待ちください。
この第三話はお芝居なら、開演から15分ぐらいのところ。場も温まってきて、そろそろ笑いを期待したい時間帯です。脚本家としてはこの第3話の中の「痛かった。死ぬかと思った」という台詞がお気に入り。このトボケた味が、どうかあなたに伝われ。