移動速度

そんなこんなで3週間の相棒を手に入れた私。
ギプスをしてくれた整形外科看護師のお兄さん
(ボクサーっぽい雰囲気のあんちゃんでなかなかのイケメンだった)
から一通りの松葉杖指導をしてもらった。
年内間に合うと思いますよ、クリスマスくらいにはギプスとれるんじゃないかな、と励ましてくれたが
正直私はそれどころじゃなかった。
なぜか負傷した左足の親指からぴろんと1本、指毛が伸びていたからである。
早くまっさらな包帯を巻いてくれ全てを包み込んでくれ今日だけは全てを隠してくれと願わずにはいられなかったが絶対バレてる。

行きと同様にタクシーで帰宅。
タクシーの運ちゃんがこれまた骨折による松葉杖経験者で車内では話が弾んだ。

車を家の前まで着けてもらおうと思ったが、明後日の月曜日から出勤する気満々だった私は練習も兼ねて、
あえて自宅のちょっと手前で降ろしてもらう。
普段、ここから自宅まで歩いて5分ほどの距離だ。
まぁ余裕っしょー!
と楽観していた私はその後、自宅までの道のりで血反吐を吐くことになる。

まず、単純な問題として体力が続かないのだ。
こちとら根っからのインドア派なホワイトカラー三十代である。
松葉杖で三歩も歩けば息があがり、1/3ほどの道のりをすすんだあたりで虫の息、血反吐が込み上げてくる。
腕が痛いとか、肩が疲れたとかよりも先に、とにかく息があがる。心臓が痛い。
こんなに必死で呼吸をしたのはいつぶりだっただろう。
酸素薄くねぇか。自宅が来い。
3歩進んで5分休み、2歩すすんで水分補給。

だいたい、休むにしても腰を掛ける場所がなければ、休んでいる間も腕や右足は酷使している状態が続く。
休むといっても、ただ息が整う程度のインターバルしか設けられない。
疲れて集中力を欠いてくると松葉杖を前に振りだし、脇でとらえるタイミングがずれてくる。
タイミングがずれると荷重バランスが崩れ、フラついてしまい、カバーするために想定より速いタイミングで松葉杖を前に出すしかなくなり、自然、前に進まざるを得ないのだが、息があがっているので3歩すすむのが限界で、立ち止まらざるを得なくなる。
推進力のロスが著しいことこの上ないが、それでも進まなければ目的地(自宅)へ辿り着けないのだから、やるしかない。
わが家のご近所は下町気質が残っており、通りすがりのおじいちゃまおばぁちゃま方が応援してくれる声に精一杯の愛想笑いで答えつつ、這這の体で自宅へたどり着いた。

後で計算してみたところ、このときの私の移動速度は分速16.25メートル(時速0.975km)だった。
通常、歩行速度は分速80m程度と算定することが多いので、健康な人の移動に比べて、約5倍の時間がかかるという計算だ。

足の遅い生き物代表、亀のような歩みと評するのが適切かと思い調べたところ、なんとゾウガメの移動速度は時速2.7kmと、松葉杖歩行時の私よりだんぜん速いらしい。
ごめんよゾウガメ。
ちなみにゾウガメの次に遅い動物はスローロリス(時速2キロ)だった。
ロリスと言ってもサルの仲間であるのだか、私の移動速度はそのスローロリスにも完敗である。
スローロリスの次に遅い生き物はバナナナメクジ(時速0.3km)というのだから、二者の差がありすぎてなんともわかりづらいことこの上ない。
私と同じ程度、時速約1kmの生き物はいないのか。
すると、世界一のろい魚のあだ名を持つ、ニシオンデンザメの平均遊泳速度が時速約1kmらしいではないか。

つまり松葉杖歩行時の私は、
スローロリスより遅いが
バナナナメクジより速く
ニシオンデンザメと同じくらい
の移動速度ということだ。

もし、松葉杖移動でいままさに血反吐を吐いていらっしゃる方、どうか希望をもって欲しい。
目的地がどんなに遠く感じても、あなたは
スローロリスより遅いが
バナナナメクジより速く
ニシオンデンザメと同じくらい
の速度で一歩ずつ着実に目的地へ歩んでいる。



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