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#996 漫画論75|編集王
前回の「同じ月を見ている」に引き続き、土田世紀先生の代表作の「編集王」を本日は紹介しましょう。
この漫画の存在は知っておりましたが、初めて読んだのは僕が編集プロダクションで働いていた時で、取引先の人から「編集王は読んでおいた方がいいよ」と言われてものの試しに読んでみて、これはおもしれ―と前回買いそろえましたね。
同じ本の仕事をしていたという訳ではなく、社会人において必要な仕事観をこの漫画で学んだと言っても過言ではありません。
島耕作とかサラリーマン金太郎より影響は受けたと思っています。
編集王とは?
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物語は1973年、どこぞやの田舎の少年達が、泣きながら週刊少年マガジンで「あしたのジョー」の最終回を読んでいる所から始まります。
そして最後の灰になったジョーを見て少年達は号泣!
そんなジョーに感動したリーダー格の格のヒロ兄は、数十年後週刊誌ヤングシャウトのデスクとなり、同じくジョーに感動したカンパチはボクサーになるんですが、網膜剥離の診断を受けて、ボクシングの引退を余儀なくされてしまいました。
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そして、カンパチはヒロ兄の仕事を手伝う事となるんですが、そこでその仕事に魅力を感じ、これまでボクシング界の「チャンピオン」を目指していた夢を、漫画界のチャンピオンとなる「編集王」を目指す夢に変える、というのが物語の本筋です。
が、カンパチは全然目立たず笑
キャラの濃すぎる漫画家や出版社のサラリーマンたちが活躍していくという、そんな漫画ですね。
編集王の魅力
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この漫画は一貫して最初から最後まで「商業誌」を売るとはどういうことか?と言うのを突き詰める内容となっております。
とにかく商業誌は「売れれば何でもよい!」という売上至上主義なデジタルな思考である編集長がいて、その編集長のやり方に賛同するアフロの三京という編集者のチームがあり、その一方ハートフルなオカマの副編集長と、デスクのヒロ兄、更にはキャリアウーマンの目白さん、そしてカンパチという元ボクサーがいるチームは編集長のスタンスと相反し、反発するんです。
とは言え、両者にも根底には「良い漫画を作りたい」と言う思いがあって、最後は団結するんですが、そこに至るまでの色々なドラマや諍いがあったりします。
漫画家の方々もこんな感じで、あんまりみんな幸せじゃなかったりします笑
元々手塚クラスだったのに、落ちぶれてしまった老害の漫画家
自分が書きたい漫画を描けず、エロ漫画を描かされる新人漫画家
自分が書きたい漫画を描けず、相撲漫画を描かされる新人漫画家
締め切りを守らない漫画家
売れればいいと思ってエロ企画に飛びついてしまう漫画家
金に釣られて競合他社に移った漫画家
そしてそれより悲惨なのはその家族で会ったり、編集者であり、印刷会社であり、製版会社だったりするのですが・・・まさに悲喜こもごもと言う感じですね。
とにかく誇張している表現もありますが、本作りは本当に大変だというのは分かりますし、そしてそれは商売ではあるけど、文化の継承なんだというのも土田先生が言いたかったことでしょう。
編集王の名言BEST10
ちょっと趣向を変えて、僕が個人的に刺さった名言の数々を紹介しましょう。
10位「じゃあ、あんたいらないじゃん!」
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これはその時期の「週刊少年ジャンプ」などと言ったアンケート至上主義の風潮に対して、土田先生がカンパチを通して物申した名言ですね。
アンケートが良ければ何でもいいのか?と言うのは、すべての漫画家の意見を代弁してた殊勝な発言でしょう。
9位「少なくとも今は酒よりな・・・」
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これは過去に偉大な作品を次々とリリースした偉大なる漫画家・マンボ好塚先生の発言です。
マンボ先生は売れて調子に乗ってアル中になってしまって、漫画も一切描かずに全部チーフとアシスタントに任せるという、恐らく(略)をモデルにした先生なんですが、改めて漫画に向き合った所、「漫画に真剣に向き合って描くという事は、酒よりもよっぽど楽しい」という事を教えてくれますね。
8位「誇りで仕事ができるんなら給料なんかいらねえんだよ!」
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このシリーズも本当に深いんです。
この時代、漫画やヘアヌード写真集はガンガン売れるんですけど、文芸誌は全然売れないという背景があり、そんな文芸誌の発行部数を増やして欲しいと言う五日市編集長に対して、営業担当の東名さんがブチ切れて上記の発言をするんですね。
気持ちは分かるけど、現実は厳しいという話であり、もしそれが叶うなら給料すらいらないという、カッコいいですね。
7位「8日、9日を一週間にする、それが編集者の仕事だよ」
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これも一見メチャクチャなんですけど、才能のある漫画家を担ぐのであれば、編集者は無理だろうと何とかしろという話ですね。
そして、漫画を取り巻く環境がどれだけ悲惨なのかが分かります笑
6位「没個性で結構!」
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とにかくこの編集長がエグイんですが、この発言も凄いですよね。
個性をチヤホヤする風潮だったとも思いますが、「その個性ってのが要らない」という話で、期待通りの数字を出してくれるエンジニアが欲しいという、とにかく編集長のデジタル極まりない発言です。
この辺は深いですね・・・
5位「エロ以外の仕事をする気はねえぜ」
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そしてこの明治さん編も面白かったですね。
この明治さんは9時5時の男で、残業は絶対したくないという人でして、編集長も「残業しないで成果を出すのは素晴らしい!」とベタ褒めなんです。
ですが、この明治さんはポリシーを変えて「残業してでもエロでヒットを出したい」というマインドになり笑
で、実際ヒットするんですけど、エロ描写が激しすぎて政治家の力でストップが入り・・・笑
それでもこの明治さんはポリシーを変えないという、これもある意味仕事に対する熱い思いを感じましたね笑
4位「馬鹿どもの三平方の定理だ」
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これは若き日のマンボ好塚と疎井編集長のやり取りですね。
昔は理想に燃える漫画家と、理想に燃える編集者だったんです。
2人共後にダメ人間になってしまうのですが・・・笑
仕事に対して諦めてしまうのは辛いですが、分からなくもないなかなか深く、身につままれる発言ですね。
3位「会社を裏切るつもりで付き合ってやって欲しいんだ…」
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これは4位の「馬鹿の三平方の定理」にも通じるんですが、編集者として、もしこの三角関係に巻き込まれてしまったら、あくまで作家を優先して欲しいという重い言葉ですね。
ビジネスにおいて、優先すべきは上司の顔色や会社の利益ではなく、クライアントやエンドユーザーであって欲しいということですね。
なかなか深い言葉です。
2位「その矛盾と寝るのがサラリーマンの証じゃねえのかい?」
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この言葉はメチャクチャ刺さりましたね。
働くということは難しく、矛盾があったりするものですが、「その矛盾と寝るのがサラリーマンの証」という感じで、結構僕の中で響きました。
「みんなそうだけど、頑張ってるんだな・・・」と思ったもので、働く上で矛盾があった際には、いつもこのコメントが脳裏に浮かびますね笑
1位「・・・この感じ、忘れんなよ」
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そしてこのコメントですが、このコメントというよりかはこの全体の流れが非常に良いんです。
ライバルとのやり取りで、従業員総動員で徹夜で作業をすることになったんですが、同じ方向を見て社員が一致団結できる「良い赤字」と言い、この感じを忘れるなと、普段はデジタルな編集長もカンパチを諭してしまうくらいに、仕事には熱くなれる瞬間があるというのが分かりますね。
名シーンです。
まとめ
そんな感じでまだまだ語り足りないですが、まぁ僕がいくら語ってもアレなんで実際に読んでみて欲しいと思います。
特に漫画だけではなく書籍に関わる編集者は是非読んで欲しいですが、社会人には絶対参考になるシーンがあると思うので、是非読んで欲しいですね。
ちなみにこの作品が連載されていたのが1994年~1997年ということで、まさにJリーグバブル最盛期だったので、オフトとか柱谷とか中山とか、とにかくJリーグにまつわるキャラクターが鬼の様に出てくるのでJリーグ好きも楽しめると思います笑