夜桜と雨


 ヘッドタイトは、窓を照らす。さっき飲んだコーヒーがおわりそうとサチは思った。仕事に疲れて、少しブラウスを開けて、足を開く。街灯が七色にガラスに映るように信号機が赤に変わる。
「渋谷も変わったわね」
友達のユキがコーヒーカップを傾けながらこっちを見ている。ユキとは職場のコールセンターで出会った。私たちは出会ってすぐに打ち解けた。今の職場はもう3年になる。サチの人生では最長勤務で、32歳の誕生日に受けた面接だった。
「私達って友達だよね。出会い覚えてる?」
ユキがまた話しかけている。サチはユキと出会ったお花見を思い出す。初出勤の時、課長が何故かまだ5部咲の桜を見に行こうと、言い出し、知らない女の子を連れてきた日。それがユキとの出会いだった。
「このピアス、その時つけていたやつよ。忘れたの?」
「覚えているよ。」
サチはユキの耳を見た。十字架のピアスだった。3年前につけていたピアスなんて覚えているはずがない。
「そうそう、その十字架のやつでしょ」
「そうよ、これ課長が、あのお花見の時にくれたのよ。私って、その時課長とできてたじゃない?私、課長が、私のこと好きってわかってたんだけどね」
サチは、ピアスをみて、また少し足を開いた。
その時、雨が降り出した。
「やあやあ、みなさんご機嫌よう」
ベビーカーを押したケンジがきた。
「ケンジ、あんたユキに昔あげたピアス覚えてる?」
「んー。あげったけな。忘れた。俺、あの時、いろんな子にピアスあげてたからな。」
サチは、空のベビーカーを、机のそばによせた。
「課長、酷いー。十字架よ。」
ユキは、抱いていた赤ちゃんをベビーカーに乗せた。
車輪には、桜の花びらが、数枚、くっついていた。

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