2023.11 桂浜の竜馬
11月の後半に高知を訪ねた。11月15日は坂本龍馬の命日で、「龍馬まつり」があるというので、人込みを避けるために日程を後半にずらした。久しぶりの飛行機に緊張して、着く前にぐったりするほど疲れてしまった。
レンタカーで真っ先に向かったのは桂浜である。高さ8.2㍍の台座の上に立つ高さ5.3㍍の銅像を見上げる。和服姿、右手を懐に入れ、足元はブーツ。目を細めて太平洋の大海原を見つめている。視線の先にどんな世界を想像していたのか。桂浜に立つ坂本龍馬は秋の陽ざしを浴び、潮風を受けた顔は凛々しく、次の世に期待を膨らませているように見えた。
高校生活の最後の冬に司馬遼太郎の「関ケ原」を手に取った。進路を見失い、時間を持て余していた。このとき人から勧められたのは同じく司馬遼太郎の代表作である「竜馬がゆく」であったが、生来のあまのじゃくでそうしなかった。
「関ケ原」は好みの群像劇で一気に読み終えた。次は迷うことなくお勧めの本に手を伸ばした。それ以来、歴史の世界にはまり、坂本龍馬は「竜馬」のまま、いまも幕末の英雄である。
土佐藩と言えば幕末には武市半平太や中岡慎太郎を生み出した。高知駅前には竜馬とともに三人の像が立つ。ただし竜馬は別格だ。玄関口は「高知龍馬空港」であり、桂浜には本人の記念館があり、立派な銅像も建っている。市中を歩けば、龍馬、龍馬、龍馬だ。それほど高知市民に愛され、大切にされているが、生前の土佐藩はそうではなかった。藩内の身分制は厳しく、その窮屈さを嫌って龍馬は外の世界に飛び出した。
京、江戸、長崎・・・。自由に動き回り、評判の人物と聞けば訪ねて臆することなく意見を交わした。そのバイタリティが一番の魅力だ。いくつかの業績を残したが、それは結果に過ぎない。
桂浜の銅像は世界に目を向けていた龍馬を体現しているが、その一方で足跡が物語るように故郷には苦い思いがあり、故郷に背を向けた格好になっていると考えるのはうがった見方だろうか。
高知には二七〇年前の宝暦三年に建てられた現存天守の高知城があり、当初はこの城の見物が旅の主目的であったが、いつしか計画を進めるうちに竜馬に取って替わっていた。気づいたのはスケジュール表ができたあとだった。
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