2023.7 誰よりも青春
鮮烈な登場だった。
長い髪の女子高生が真っ白なユニフォームに身を包み、ノックバットを片手に甲子園のグラウンドに現れた。
今春のセンバツ大会。3月22日の城東高校(徳島)の試合前、野球部マネージャーの永野悠菜さんがホームベース近くまで駆け寄ると、相手チームのベンチ、グラウンドのセンター方向に向かって一礼した。
内野のボール回しが終わると、補助者からボールを受け取り吉田正尚ばりのフォロースルーでサードから順番にノックをはじめた。 不慣れな感じはない。いかにも普段通りという動きである。
夜のニュースでたまたま見た映像で、劇的な瞬間を目の当たりにして鳥肌が立つほどの感動を覚えた。甲子園では初めてという出来事で、新しい扉の開く音が聞こえた。
入学後、スポーツ経験はなかったが、森本凱斗主将から「甲子園に連れていくけん、マネジャーやってくれん?」と誘われて入部した。
部員数が少なく、2年生の6月からノックバットを握った。まずは素振りから始めた。慣れてくると新聞紙を丸めたボールで当てる練習をし、選手を相手したのは2ヵ月がたってから。打ったボールが大きくそれても、チームメートは必死に追ってくれた。
学校は県内有数の進学校である。勉強も手を抜かなかった。
早朝6時に登校して、自習をしてから7時からの自主トレに参加した。
学校帰りに友だちとカフェに寄ったり、休みの日にショッピングやカラオケに出かけたり、そんなありがちな日常とは縁がなかった。
なにも興味がなく、打ち込むものが見つからない高校生もいるだろう。私がそうだった。もし自分が同級生だったら、彼女は嫉妬するほどまぶしい存在だろう。いまなら素直に応援したくなる。
7月17日、県大会の初戦が女子マネージャーとして最後のノックとなった。もう一度甲子園に行く夢はかなわなかった。ラストミーティングで涙を流したあとで、「誰よりも青春していた」と話す言葉に憧れる人は多いだろう。
振り続けたノックバット。青春の思い出の品に愛着はあるはずだ。手元に置いておきたいとの気持ちがあっても、「ノックをやってみたい」と話す後輩マネージャーに喜んで託すのだろう。
ノックはマネージャーがする。それが城東の新しい伝統となる。先駆者がなによりそれを望んでいるのではないか。
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