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犬と子育て。

我が家に犬がやってきた。

我が家に犬がやってきた。オランダに来てからおよそ2年と半年。生来、落ち着いた平穏な生活があまりにも続きすぎると、また何か新しい変化を求めてしまいがちな性格。そんな自らの性格のせいにしてしまうにはあまりにも軽く考えすぎた決断かもしれないが、いわゆる里親として犬を家に引き取ることにした。そして、小雨が少し降るいつも通りの冬のオランダの天気のなか、我が家に生まれて8カ月の犬がやってきた。名前を「フィロス」という。ギリシア語で「友達」という意味らしい。


フィロスは保護犬

このフィロスはいわゆる保護犬である。ギリシャの、5月とはいえじりじりとした灼熱の太陽の下で、ゆうに摂氏40℃を越えるコンテナの中で死にそうになっていたところを他の兄妹たちと一緒に保護され、非営利の保護団体の施設で育てられた。まだ1歳にも満たない月齢とはいえ、すでに体重は20kgは超え、ソファで手足を伸ばすと今6歳となった長男の身長くらいはありそう。穏やかに遠くを見据える澄んだ瞳は、成犬になるのを前にした子犬のものとは思えず、そのりりしさに見惚れてしまうほどだ。おそらく深い愛に包まれて、健やかに育ったのだろう。新しい環境に突然に放り込まれたにも関わらず、おびえて吠えることはほとんどなく、その落ち着いた姿はどこか貫録をも感じてしまう。そんなフィロスが、3日間かけて、生まれ故郷であるヨーロッパの南端のギリシャの島から3,000km近くの道のりをへて、オランダの見知らぬ里親の家にやってきた。

フィロスが我が家へたどり着くまでの道のり。他の保護犬猫たちと一緒に専用の運送業者が運んでくれた。ルートは直行したケースで実際は各所を回りながらなのでもっともっと長い。

犬をむかえることにした理由と現実

なぜ、保護犬の里親になったのか?そんな問いに対してもっともらしく答えるとすると、子どもの情操教育のためということかもしれない。動物との触れ合いを通じて、命の大切さを学び、感情豊かな子どもを育てる、ただうわずみだけ掬い取って理性的に説明しようとすれば、そういうことなのだろう。ただ、まだ迎え入れてまだ数日だけしか経っていないが、実際にフィロスという新しい家族を迎え入れるということを通じて得られているこの経験は、そう簡単に一言で表現できるようなものではないことに気付かされた。

保護施設の中で、数多くの犬たちと暮らしてきたフィロスにとって、たったひとりで、慣れない人間との暮らしをスタートさせることのハードルは思った以上に高い。もともと聴覚や嗅覚に優れた犬にとって、住み慣れた静かな環境にはなかった街中の人間から発生する生活音や生活臭は、押し寄せる激流のように犬の繊細な感覚器になだれ込み、支配する。今まで経験してこなかった刺激的は“情報“の渦の勢いに翻弄されて、さすがのフィロスの表情にも刻々と疲労が積み重なっていくのが顕著に見て取れる。それでも何とか少しずつ時間をかけていきながら、徐々にその生活環境を受け入れていき、適応していこうと努力する。勝手な人間的な修辞法を使うのであれば、そうして新しい自分を手に入れることを目指して。

そういった愛すべき新たな家族の一員の姿を見ていると、改めて、私たちが住み慣れた環境は、当たり前のようにすべての人や動物にとって最初から快適な場所ではないことに気づかされる。私たちもまた、生活環境の変化や新しい刺激に、時として苦労し、振り回されながら、徐々にその環境に順応し、その場所を初めて自分にとって心地よい場所だと思うようになる。その繰り返しを通じて、たぶん前向きに考えれば、ちょっとずつ新しい自分を手に入れながら、成長しているのだと思う。

やってきてから数日もすると、少しは慣れてきたのかおなかを見せてリラックスした表情も。

こどもの成長とフィロス

こうやって新しい場所で新たな自分を手に入れるために挑戦しているフィロス。その姿を、これから何度となく同じように新しい環境での生活をスタートすることになるであろう子供たちはどのように感じているだろうか。6歳の息子と4歳の娘にとっては、今はかわいい犬の友達ができ、これからどう一緒に遊ぼうかということだけで頭がいっぱいで、そんなところまでは頭がついてきていないようにもみえる。でも、自分たちが親となって、フィロスのような保護犬を受け入れることになった時、もしかしたら今のフィロスのことを思い出すことがあるかもしれない。そして、思うだろう。あの時、一番の友達だったフィロスも、新しい環境に順応するためにひとつひとつ乗り越えていた日々を送っていたのだと。そのたくましさに、わが子が励まされることになるだろう。それが今回里親としてフィロスを迎え入れることの一番の学びかもしれないと思う。

家に来たばかりのフィロス。そのりりしい表情にほれぼれしてしまう。



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