スター・ウォーズ・神話のゆくえ【おそらく聞いたことがない話】@ボーンフェス2018
『スター・ウォーズ』シリーズの生みの親であるジョージ・ルーカスが、この壮大な物語を構想するさいに、古代の神話を下敷きにしていることは有名である。その脚本作成にあたって、ルーカスは神話学者、ジョーゼフ・キャンベルによる神話の研究に強い影響を受けたと語っている。
キャンベルは、神話における英雄譚について「セパレーション」(英雄が元いたところから旅立つ)→「イニシエーション」(通過儀礼を受ける)→「リターン」(帰還する)という基本構造のもと、そこに現れる助言者や敵対する人物についてなど、様々な分析を行っている。
最も初期に制作された3部作、エピソード4~6を例にとっても、主人公ルーク・スカイウォーカーの旅立ちから、彼に「フォース」の使い方を伝授するマスター・ヨーダやオビワン・ケノービの存在、父であるダース・ベイダーとの相克など、古代の神話よりそのエッセンスを受け継いだ部分が数多く存在する。
語り継がれてきた神話を担保とすることにより、『スター・ウォーズ』のストーリーは普遍性を持ち得たといえる。
■欧米的な考え方?神話の構造とは。
しかしながら、である。
『スター・ウォーズ』シリーズは、アメリカ人であるルーカスが制作を行い、その際に参考にしたのもアメリカの神話学者の言説なのである。そのストーリーの普遍性というのはあくまで欧米のものではないか。
だが、それならば人種も宗教も欧米とは異なる日本や、その他の非欧米圏においても、これほどまでに『スター・ウォーズ』が受容されるのはなぜか?という疑問がわいてくる。
『スター・ウォーズ』のストーリーには神話由来の普遍性が備わっているといったって、日本人には関係ないんじゃないか?
しかし、日本においても『スター・ウォーズ』の謎が日々議論されていて、その物語の行方に心を奪われていることは間違いない。単に映像が大迫力だから人気がある、というわけではないのだ。
これについては、ルーカスが範としたキャンベルが示唆的なことを述べている。
「(前略)人はだれでも三万年前にクロマニョン人が持っていたのと同じ器官やエネルギーを備えた、同じ肉体を持っています。ニューヨーク市で生活を送ろうと、洞窟のなかで生活を送ろうと、同じ幼少年期の諸段階を過ごし、性的な成熟期を迎え、少年期の依存から大人の責任への変身を経て、結婚し、肉体的な変調を来たし、体力が衰え、死に至る。同じ肉体を持ち、同じ肉体的な経験をしますから、同じイメージに同じような反応を示すのです。(中略)ポリネシアの神話、イロクォイの神話、あるいはエジプトの神話を読んでみても、出てくるイメージは同じで、みな同じ問題について語っています。」
(ジョーゼフ・キャンベル&ビル・モイヤーズ 2010)
日本と西洋の神話を比べてみて、そのストーリーがとてもよく似ていることに驚いた経験はないだろうか?
例えば古事記のイザナキと、ギリシャ神話のオルフェウスの物語。彼らはともに死んだ妻を追いかけて黄泉の国/冥界へと降るが、妻を地上へと連れ戻す途中に約束を破り、目的を果たすことができない。
遠く離れた地域で似たような神話が語られていることは、とても不思議なことだが、上記のキャンベルの言葉に従えば、世界各地で神話の基本構造が似ているのは当たり前のことで、まるっきり違うとすればむしろ不自然のように思えてくる。
たとえどこで生活を送ろうとも、同じ体の仕組みをもつ人類である以上、同じような神話を作り出す、というわけだ。
ゆえに欧米の神話をベースとした『スター・ウォーズ』のストーリーが日本でもたやすく受け入れられるのだろう。
■神話の原型を追う。
さらに言えば、キャンベルが亡くなった1987年以降、神話学は一段の発展を遂げている。
キャンベルは、人類の身体の構造の類似から、似たような物語が語られると推測したが、現代においては、じつは各地の神話はその土地ごとに個別に生まれたのではなく、もともとの原型のような神話が、アフリカを起源とする人類の移動によって全世界に広まったのではないか、と考える向きがある。
これを、「世界神話学(world mythology)」と呼ぶ。
最古の神話が、人類の移動によって各地に運ばれ、それぞれにカスタマイズされたのだ。この考えに立脚するならば、世界の神話が似ているのはますます当たり前のこととなる。
人類学者の後藤明が『世界神話学入門』という本を出していて、その概要を知ることができる。
少し意外な組み合わせと思われるかもしれないが、世界神話学においては、人類の祖先、ホモ・サピエンスの遺伝子研究が重要な役割を果たしているそうだ。
世界各地で採取された遺伝子情報を調べれば、推定20万年前にアフリカに端を発したホモ・サピエンスが、いつ、どのように分布していったかが分かる。当時はパソコンや電話はおろか、文字さえも存在していなかったわけだから、神話は人から人へと口伝されるよりほかない。
DNAの研究によって人類の移動経路が分かれば、神話がどのように伝播していったのかも明らかになる、というのだ。
後藤によれば、アフリカで誕生したホモ・サピエンスが最初に大移動をはじめたのは、おそらく10万年前であるという。
世代交代を繰り返しながら、アラビア半島からインド、当時は陸続きだったインドネシアを通って現在のオーストラリアまで到達した(この間にかかった時間は約5万年!)。
前述のとおり、人類の移動に神話もくっついてゆくわけであるから、この海沿いのルートには類似の神話がたくさん見つかる。この最初期の神話群は「ゴンドワナ型神話群」と呼ばれる。さらに、それよりも遅れてアフリカを出た人類が、西アジア付近に居留し、新たな神話を語りはじめた。
それはヨーロッパやユーラシア大陸に広がり、中国、日本などを経由しながら、ベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸まで伝わった。この後発の神話群が「ローラシア型神話群」である。
ヨーロッパと日本の神話はともにこちらに分類されるので、似ていないと逆におかしいのだ。(ただし、日本の神話はローラシア型神話群とゴンドワナ神話群との混合型、という説もあるようだ)
『世界神話学入門』ではさらに、ゴンドワナ型神話群とローラシア型神話群のそれぞれの特徴を知ることができる。
また、簡潔にまとめられた世界各地の神話が何十種類も紹介されているので、物語集として気軽に楽しむこともできる。
キャンベルの著作はそれよりはハードルが高いが、『神話の力』はジャーナリスト、ビル・モイヤーズとの対談集であるので比較的読みやすい。
『スター・ウォーズ』シリーズの最新作である、エピソード8においても、様々な魅力的な謎が提示された。今夏にはハン・ソロを主人公としたスピン・オフ作品の公開も予定されている。
キャンベルや後藤の著作を片手に『スター・ウォーズ』を読み解く、あるいは『スター・ウォーズ』を端緒として神話の世界へと足を踏み入れてみる、というのはどうだろうか?
write by 鰯崎 友
参考:『神話の力』2010 ハヤカワ ノンフィクション文庫
ジョーゼフ・キャンベル&ビル・モイヤーズ 飛田茂雄・訳
『世界神話学入門』2017 講談社現代新書 後藤明