セイバーメトリクス【おそらく聞いたことがない話】
このあいだのワールド・ベースボール・クラシックでは日本代表はベスト4まで勝ち上がった。第一回、第二回と連覇を達成している実績をかんがみれば、この成績が良いか悪いかはよく分からないが、オランダ戦などは小久保監督のいうようにまさに死闘というべき試合だった。日本プロ野球最強メンバーのプレーにテレビから目を離せなかった人もたくさんいるだろう。
ところで、日本プロ野球最強メンバーというのは、プロ野球の公式戦において特に優れた成績を残した選手たちが集められている、ということを意味している。野球中継を見ていると、選手が登場した際に、その選手の成績が表示される。打者でいうと、打率、ホームラン数、打点、投手ならば勝利数、防御率などがその選手の能力を図る代表的な指標だと長年考えられていた。しかし近年それがゆらいでいる。それらの数字はどれだけ正確に選手の能力を示しているのか?そのプレーがどれだけチームの勝利に貢献したといえるのか?
1977年のアメリカにおいて、80ページほどのとある小冊子が自費出版された。その本を書いたのは食品工場で警備員をしていた、ビル・ジェームスという男だった。熱心な野球ファンであったが、じしんは野球をあまりプレーしたことがなかった。その本はたった70冊ほどしか売れなかった。しかし、今ではメジャーリーグ、日本のプロ野球をはじめ、世界中のたくさんの野球チームがその本で彼が示した理念をもとに運営されているのである。
ビル・ジェームスのやったことは、従来使われてきた選手の指標の見直しと、それに代わり、より高精度に選手の能力を示すことのできる値の提示だった。分かりやすいところでいうと、打者の「打点」、投手の「勝利数」「防御率」がやり玉にあがった。これらは古典的に選手の能力を示す数値とされていたが、ビルはそれを「個々の選手の能力を表すものではない」と断言したのだ。
打点とは、その打者が自分を含む何人の走者をホームまで生還させたかを示した数値だが、これは自分の前にどれだけランナーが出塁しているかに左右される。ほかのプレイヤーの挙動が密接にかかわっているので、選手個人の能力を示す数値ではない。「勝利数」や「防御率」も同じだ。いくら自分が好投しても味方が点を取ってくれないと勝利をあげることはできない。また、防御率とはその投手が9イニングを投げた際にどれだけ失点するかを示した値だが、これも味方の守備の良しあしに多分に影響されるのだ。
ビル・ジェームスは従来の価値ある指標のうち、個人の能力を示すのに不適当なものを切り捨て、代わりに自身の考案したさまざまな指標を持ち込んだ。はじめ70人の読者しかいなかったその小冊子は毎年更新され、そのたびに読者を増やした。ビルの考えに賛同した人間が多数現れ、データはさらに精細になっていった。ビルを始祖として始まった指標の改革は、やがて「セイバーメトリクス」と呼ばれるようになった。そしてメジャーリーグの関係者が、セイバーメトリクスを取り入れたチームづくりをするまでになったのだ。貧乏球団、オークランド・アスレチックスが、セイバーメトリクスを取り入れて毎年優勝を狙える強豪チームに変貌したのは有名な話だ。「マネー・ボール」という映画にもなった。
打者の総合的な打撃指標(OPS)、純粋な長打力(IsoP)、ある打者が一人で打線を組んだ場合の1試合(27アウト)あたりの得点数(RC27)。投手がイニングあたりにどれだけ走者を許したか(WHIP)、守備に依存しない被本塁打・与四球・奪三振から算出された、投手個人の純粋な防御率(FIP)など、セイバーメトリクスの賛同者によって今まで聞いたことがない数値が次々と考案され、かつそれが実際のメジャーリーグの試合にもフィードバックされていく、というのが、昨今の野球なのである。
日本の野球にもセイバーメトリクスは浸透しつつあり、昨年日本一となった日本ハムなどは直截にセイバーメトリクスを取り入れたチームづくりを行っている。日本のプロ野球のテレビ中継では、いまだ古典的な「打率、本塁打、打点」がおおっぴらに紹介されているが、これがセイバーメトリクスの数値に置き換わるのはそう遠い未来ではないだろう。
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