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おそらく聞いたことがない話/ 鰯崎友

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鰯崎友「おそらく聞いたことがない話」をまとめました。
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#小説

ゾウ汁【おそらく聞いたことがない話】

ゾウ汁【おそらく聞いたことがない話】

かつてゾウ汁はこの辺りの名物料理だったが、最近では、一般家庭でゾウ汁をつくることは稀になったという。今はキリン汁がポピュラーなのだと、当地の原坂さん(63)は言う。いや、言うというのは正しい表現ではない。情報が脳に直接流れ込んでくるのだ。

「・・・ゾウインフルエンザが流行ってから、やっぱし、ねえ・・・抵抗あるけぇのお・・・。そりゃ、キリンとゾウってたらゾウのほうがうめえにきまっとる・・・」

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樹妖記あるいはサクセスの秘密【おそらく聞いたことがない話】

樹妖記あるいはサクセスの秘密【おそらく聞いたことがない話】

法相宗の僧、円儀が遣唐使として倭国から唐へと向かったのは、斎明五年のことである。しかし、その当時の航行とはまさに風任せのものであり、運に見放された円儀はついに唐へと渡ること叶わなかった。船は当初の航路から大幅に南へと流され、現在でいう、ヴェトナムへと漂着したのであった。

円儀は自身の不幸を呪ったものの、仕方がないので、この地に自分がたどり着いたのは、御仏の導きである、と考えることにした。自分に

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超短編小説【おそらく聞いたことがない話  NINE PIECES】

超短編小説【おそらく聞いたことがない話  NINE PIECES】

9つの、おそらく聞いたことがない話

朝起きたら、ぜんぜん寒くなくってさあ、なんだかあたりの様子がやたらインドっぽいな…と思ったんだ。

っぽいというか、本当にインドだったんだよ。俺は練馬に住んでいたはずなのに。

しかたがないから、いまちょうどガンジス川を下って会社にむかっているんだけど、インドに俺の会社があるのかどうか、正直不安だ。

ラトゥラナ=ラナジュナはラトラ教の聖典である。開祖ラトラの

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〈超短編〉ものすごい犬【おそらく聞いたことがない話】@ボーンフェス2018

〈超短編〉ものすごい犬【おそらく聞いたことがない話】@ボーンフェス2018

港のほうから、ものすごい犬が歩いてきた。
人々はみな、あっけにとられた表情で、ものすごい犬を眺めた。
なぜって、その犬がものすごかったからだ。
ものすごい犬は、毅然とした面持ちで、街のメインストリートを闊歩した。
晩秋であった。すべてのものがやがて来る冬の気配を漂わせ、首をすぼめていた。
風はときおり、樹海とつららにまつわる昔話を人々の耳に届けた。
海はときおり、遭難事件の統計をまとめ、人々に注意

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〈超短編〉惑星の命名【おそらく聞いたことがない話】

〈超短編〉惑星の命名【おそらく聞いたことがない話】

えー、夏の夜の楽しみとして、天体観測ちゅう、なかなか高邁な趣味に興じていらっしゃる方も、さてはこのなかにいてはるかも知れまへん。ワテみたいな無学の徒には金平糖がようさん空に浮かんどるもんや、というほどにしか思われまへんが、聞けば大宇宙、いっとうきれいに光っとる恒星から、がらくたみたいな小惑星まで、とにかくいろんな星に名前が付けられとるそうで、天体望遠鏡の傍らに図鑑をひらいて、自分の見てる星の名前を

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〈超短編〉時間遡行【おそらく聞いたことがない話】

〈超短編〉時間遡行【おそらく聞いたことがない話】

長年の研究の末、ついにタイムマシンを発明した男がありまして、ひとつ試しにとお江戸の頃の大坂へと旅立ったのであります。 

現代でいう大阪市営地下鉄、阿波座駅のあたりには、埋め立てられて面影はございませんが、かつてたくさんの川が流れておりました。江戸堀川、京町堀川、阿波堀川を集めて木津川へとそそぐ百間堀川の幅は十丈、いまでいうと凡そ30メートルほど。川縁には七十、八十の魚問屋が軒を連ねておりまして、

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〈超短編〉汀の記憶【おそらく聞いたことがない話】

〈超短編〉汀の記憶【おそらく聞いたことがない話】

寝起きのけだるさに身をまかせ、自分の部屋の天井の、白く泡立つコンクリートの模様を、ただぼんやりと眺めていると、耳からもぞもぞと、虹色の糸くずを胴に巻きつけたヤドカリが這い出してくる。
長い夢を見ていた。
でも、どんな夢だったのかは思い出せない。
私の記憶が、ヤドカリによって持ち出されてしまったのだ。
起き上がってヤドカリを捕まえようとしたけど、すでにどこかへ隠れてしまっていた。 

海、という言葉

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〈超短編〉ちょっとした冒険【おそらく聞いたことがない話】

〈超短編〉ちょっとした冒険【おそらく聞いたことがない話】

30歳にもなって、衆議院でも都知事選でも、まあいろいろあってよくわからないのだが、そういう選挙に投票をやりに行ったことがないのだと、恋人に告げた。なんとなく疚しいことのように思えたので、私の家で二人っきりのときに、こっそりと言ったのだった。
恋人は、私の告白を聞いて、視線を天井に這わせながら少し考えているようだったが、それはあまり褒められたことではないから、いちど投票に行ってはどうか、と切り出した

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〈超短編〉the underground 【おそらく聞いたことがない話】

〈超短編〉the underground 【おそらく聞いたことがない話】

新宿のガード下の安酒屋で旧知の人間と少しばかり酒を飲むつもりが、ついつい昔話が長くなってしまい、終電が今にも発しようという時間、勝手知ったる気安さに甘え、ろくに別れの挨拶もせずに店を飛び出て、一目散に地下鉄副都心線の新宿三丁目駅へと向かったあたりまでは覚えているのだが、どうもその後が甚だあやしい。
気づけば俺は地下鉄のトンネルのなかに迷い込んでしまっていた。

元来酒には強くて、今夜も自分では深酒

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