#超短編小説
樹妖記あるいはサクセスの秘密【おそらく聞いたことがない話】
法相宗の僧、円儀が遣唐使として倭国から唐へと向かったのは、斎明五年のことである。しかし、その当時の航行とはまさに風任せのものであり、運に見放された円儀はついに唐へと渡ること叶わなかった。船は当初の航路から大幅に南へと流され、現在でいう、ヴェトナムへと漂着したのであった。
円儀は自身の不幸を呪ったものの、仕方がないので、この地に自分がたどり着いたのは、御仏の導きである、と考えることにした。自分に
超短編小説【おそらく聞いたことがない話 NINE PIECES】
9つの、おそらく聞いたことがない話
朝起きたら、ぜんぜん寒くなくってさあ、なんだかあたりの様子がやたらインドっぽいな…と思ったんだ。
っぽいというか、本当にインドだったんだよ。俺は練馬に住んでいたはずなのに。
しかたがないから、いまちょうどガンジス川を下って会社にむかっているんだけど、インドに俺の会社があるのかどうか、正直不安だ。
ラトゥラナ=ラナジュナはラトラ教の聖典である。開祖ラトラの
〈超短編〉ものすごい犬【おそらく聞いたことがない話】@ボーンフェス2018
港のほうから、ものすごい犬が歩いてきた。
人々はみな、あっけにとられた表情で、ものすごい犬を眺めた。
なぜって、その犬がものすごかったからだ。
ものすごい犬は、毅然とした面持ちで、街のメインストリートを闊歩した。
晩秋であった。すべてのものがやがて来る冬の気配を漂わせ、首をすぼめていた。
風はときおり、樹海とつららにまつわる昔話を人々の耳に届けた。
海はときおり、遭難事件の統計をまとめ、人々に注意
〈超短編〉the underground 【おそらく聞いたことがない話】
新宿のガード下の安酒屋で旧知の人間と少しばかり酒を飲むつもりが、ついつい昔話が長くなってしまい、終電が今にも発しようという時間、勝手知ったる気安さに甘え、ろくに別れの挨拶もせずに店を飛び出て、一目散に地下鉄副都心線の新宿三丁目駅へと向かったあたりまでは覚えているのだが、どうもその後が甚だあやしい。
気づけば俺は地下鉄のトンネルのなかに迷い込んでしまっていた。
元来酒には強くて、今夜も自分では深酒