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ウクライナ侵攻におけるロシア軍の航空作戦

英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)が、"The Russian Air War and Ukrainian Requirements for Air Defence" というレポートを11月7日に発表しました。(レポートはリンク先からダウンロードできます)

このレポートでは、ウクライナ現地でのインタビューを含む調査に基づき、ロシア軍がどのような航空作戦を展開してきたかが書かれ、ウクライナの防空に必要となる西側諸国の対応について提言しています。

これまで知られていなかったロシアの航空作戦の全体像について、初めてまとまった資料が出てきた感じです。

ロシアが制空権を握れなかったのはなぜか

2022年2月、ウクライナ侵攻が発生した時点では、ロシアが圧倒的な空軍力で制空権を掌握し、思うままに侵攻を進めるのではないかという観測もありました。
しかし、現実にはそうならず、なぜロシアは制空権を握れないのか、なぜロシアは大規模な航空作戦を行わないのか、という疑問の声が多くなりました。
これに対しては、早くから一つの回答がありました。
まず、アメリカがイラク侵攻などで行ったようなSEADの能力をロシア軍は持っていない、ということです。SEAD(Suppression of Enemy Air Defense)というのは敵の防空網を破壊する組織的な作戦ですが、その実施には非常に複雑で高度な準備と装備が必要です。
対レーダーミサイルを装備する攻撃機、電子妨害を行う電子戦機、防空戦闘機に対抗するための制空戦闘機、そして上空から作戦管制を行う指揮管制機など、多種多様な部隊の航空機を組み合わせ、複雑な戦闘を整然と実施するための準備と訓練が必要なのです。
こうした作戦のために、アメリカ空軍では、作戦立案にあたって参加機種や使用する武器の種類や数などを、コンピュータで最適化する専用のソフトウェア・アプリケーションを持っているくらいです。
ロシアの空軍は、ソ連時代を含めて、有機的で複雑な航空部隊の大規模運用を実施したことはなく、装備と経験の両面から、アメリカ軍のようなSEADの実施は不可能なのです。

ロシアは緒戦で大規模な航空攻撃を行っていた

とはいえ、それではロシアの空軍はなにをしていたのか、という疑問がありました。強力な固定翼と回転翼の軍用機群を保有し、それらの輸出国でもあるロシアの空軍が、今回あまりにも存在感を示していないことに、多くの識者が疑問を呈しました。
そして、なんらかの理由を見つけて、ロシアの空軍(固定翼航空機たち)が緒戦で活躍しなかったことを説明してきたのです。

このレポートは、それらの説明を覆すものになっており、ロシアの固定翼航空機は緒戦で大規模に投入されていたと語っています。
しかし、ウクライナによる事前の措置やロシア側の様々な組織的問題などによって、その攻撃は大きく奏功するに至らず、結果的にロシアの航空戦力は大きな働きができていない、ということです。

なぜウクライナが効果的にロシア空軍の攻勢を回避できたのかについては、このレポートも詳細の記述を避けています。これは、多くの人命が懸かった戦争の最中であり、ウクライナ側の事情にはできるだけ触れない、という配慮のためです。
それでも多くのことを読み取ることができ、一定の推測に手掛かりを与えると同時に、これまでの疑問に答える内容になっています。

レポートの要旨

レポートの最初に要旨がまとめられていますので、以下に抄訳しておきます。

  • 緒戦で、ロシア空軍はウクライナの地上防空能力を制圧しつつ、大規模な固定翼機による攻撃を実施した。ウクライナの戦闘機は完全な劣勢で、深刻な犠牲を強いられた。

  • ロシア戦闘機は長距離ミサイルを搭載したSu-35S、後にはR-37超長距離ミサイルを搭載したMig-31BMなど、依然として高い攻撃力を維持している。

  • 3月上旬以降、ウクライナの地対空ミサイル(SAM)の効果的な運用により、ロシア機は超低空を除いてウクライナ領空での活動ができなくなった。

  • ロシアの地上防空システムも、長距離監視レーダーシステムに支えられた長距離対空ミサイルS-400が、非常に有効に働いている。

  • ウクライナ軍に提供された多数の携帯型防空システム(MANPADS)によって、ロシア機の低空出撃も2022年4月には停止した。

  • ロシアによる空爆のほとんどは、事前に指定された目標に対して行われた。Su-30SMとSu-35Sは対レーダー・ミサイルによる攻撃を実施している。

  • 高価な巡航ミサイルや弾道弾による攻撃は規模が限定的で、侵攻後7カ月間、決定的な戦略的損害を与えることができなかった。最近ではウクライナ電力網への攻撃が集中し、変電所に対してイラン製の安価なシャヘド136を数百発、より大きな目標に対しては巡航ミサイルや弾道弾を使用している。

  • 西側諸国は、ウクライナの防空能力を緊急に強化する必要がある。シリアでの戦争と異なり、ロシアが固定翼爆撃機やマルチロール戦闘機を効果的に使用できないのは、ウクライナの移動式対空ミサイルを破壊できなかったおかげである。

  • このため、ウクライナの対空ミサイルを支援しなければ、ロシアが優勢を取り戻すことになる。

  • 短期的には、ウクライナが電力インフラを守るため、対空兵器を大量に追加する必要がある。

  • 中期的には、シャヘド136に対するコスパの高い防衛方法として、小型レーダー等による測距・照準システムを導入し、既存防空システムの精度と効果を大幅に向上させることが必要。

  • ウクライナの戦闘機部隊が持続的に対抗するために、西側の近代的な戦闘機とミサイルが必要。少数の西側戦闘機でも、大きな抑止効果が期待できる。

  • 供給される西側戦闘機は、ロシアの長距離攻撃で無力化されないよう、小規模支援チームで分散作戦が可能で、比較的荒れた滑走路から飛行できる機種でなければいけない。(SAABグリペンが挙げられている)

現在起きていること、そしてこれから

ウクライナ戦争では、双方のSAM(対空ミサイル)が威力を発揮しており、航空作戦が大きく戦況を変えるには至っていません。しかし、マスコミでも報じられているとおり、ロシアはイラン製の無人機などを投入し始めており、ウクライナの防空能力が枯渇すれば、あっという間にロシア側に戦局が傾くことがあり得ます。
ウクライナの戦闘機は、ロシア戦闘機に対して性能で劣っており、正面からの航空戦になれば、絶対的に不利を強いられることになります。

ロシアによる無人機攻撃や巡航ミサイル攻撃は、ウクライナの移動目標を破壊することはできないものの、発電施設などのインフラ攻撃には高い威力を持っています。
これから寒い冬を迎え、そうしたインフラへの攻撃はウクライナ市民を大きく苦しめる可能性があり、それを防ぐための効果的な支援を、このレポートは提案しています。

一刻も早く、戦火が止むことを祈りたいです。

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