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今週の全米アルバムチャート事情 #170- 2023/2/11付

主要4部門の票が完全に割れてしまった結果とも思われる、4アーティストによる受賞分けとなった今年のグラミー賞。主要部門受賞が4つに割れたのは、第42回2000年以降、今回がわずか5回目(46回、52回、58回、63回、そして今回65回)でした。10候補体制になって2年目ですが、今後も候補間での票割れは続くでしょうから、こういう状況は今後も続くんでしょうね。ある意味健全な状況とは思いますけど。

"The Name Chapter - TEMPTATION" by Tomorrow X Together

さて今週2月11日付のBillboard 200、全米アルバムチャートの1位ですが、今週異変がありましたSZAの『SOS』はまだ何とか10万ポイント(先週から10%減)をギリギリキープしたのですが、何とKポップの5人組ボーイズ・バンド、トゥモローXトゥゲザー(TXT)の5曲入りEP『The Name Chapter: TEMPTATION』が161,500ポイント(うち実売152,000でアルバム・セールス・チャートダントツ1位)といういつものKポップ・マーケティングで14種類のバリエーションのCDの売上に支えられて、ぶっちぎりの1位を記録。一昨年の『The Chaos Chapter: Freeze』(5位)、昨年の『Minisode 2: Thursday’s Child』(4位)に続きとうとう1位を記録したTXT、Kポップ・アクトとしてはBTS(6枚)、スーパーM(1枚)、ストレイ・キッズ(2枚)、ブラックピンク(1枚)に続いて5組目の全米アルバムチャート制覇を果たしたことになります。最初のBTSのナンバーワンアルバム『Love Yourself: Tear』(2018年)からここわずか5年で合計11枚のアルバムを全米ナンバーワンに送り込んだKポップ、恐るべしです

しかもTXTの場合、この3作の初週ポイント(その殆どはCD売上)が、47,000ポイント→68,500ポイント→161,500ポイントと一気に2.5倍近く跳ね上がっているこの勢い、尋常じゃないです。おそらくBTSと同じSMエンターテインメント所属の彼らの新作に対して、現在活動休止中のBTSファンもこぞって購入に走った、ということなんでしょうねえ。しかし今回のEPからのシングル「Sugar Rush Ride」とか聴くと、最初の頃のダークで硬派なイメージのサウンドではなく、何となくUSブレイクしたばかりのころのBTSのサウンドにかなり寄せて来てるように聞こえます。このあたりも今回ファンが飛びついた理由かもしれません。以前も言いましたが、今や全米には10〜15万くらいのKポップ・ファン固定層(それもコリアン・アメリカンだけではなく、普通のアメリカ人のファンもかなり増えてると見てます)がいるので、この層が一気に飛びつくと軽く全米1位は確保できる、ということになります。これ、結構スゴいことかもしれませんが、こういうトレンドは例えばグラミー・アカデミーのメンバーである業界人やミュージシャン・プロデューサー達には浸透していないのが、Kポップがグラミーでさっぱりな理由なんでしょうねえ。

"Gloria" by Sam Smith

今週はトップ10にもう2枚初登場。一つは月曜日のグラミー賞授賞式で、敬虔なキリスト教徒の家庭にはショッキングだったに違いない背徳的なイメージでのキム・ペトラスとのパフォーマンスを展開したサム・スミスの全米ナンバーワン・ヒット「Unholy」を含む4作目『Gloria』で、39,000ポイント(うち実売14,000枚)で7位に初登場してます。そして今週本国UKでも堂々の1位を記録しているこのアルバム、2017年にノン・バイナリー(男女の両方の性別を認識していること)をカミング・アウトしたサムのクイアとしてのアイデンティティが色濃く表現された歌詞内容の曲が満載のアルバムになってます。

メロディが殆どなくビートとベースのみで、背徳的な内容の「Unholy」はアルバムの真ん中で一際異彩を放ってますが、アルバム全体は従来のサムの伸びやかなボーカルで破れた恋についての悲しみや、自己肯定感満載のポップな楽曲で統一されてます。でもそのそこここに彼のクィアとしての想いが溢れてるのが、今回のアルバムの過去作との違いですね。静かに自己愛を訴えるオープニングの「Love Me More」や本人がクィアに人気がある悲しいダンスナンバーだという「Lose You」、カルヴィン・ハリス、スターゲイト、ジェシー・レイエス(今回のアルバムで象徴的な役割を担ってるね、彼女)との共作による「もう友達を作るために行動するのはやめだ」というダンスナンバー「I’m Not Here To Make Friends」など、サムのディープな心情がにじみ出してくるような曲も多くて、何度も聴き返したいアルバムです。

"Let's Start Here." by Lil Yachty

もう一枚のトップ10初登場は、36,000ポイント(うち実売4,500枚)で9位に登場、5作目にして彼3作目のトップ10アルバムになった、リル・ヤティの『Let’s Start Here.』。このアルバムについて注目すべきは、これまでの彼のエレクトロなトラップ路線から大きく転換して、エレクトロなオルタナティブ・ロックやR&Bファンク・サウンドの作品になっていること。冒頭の「the BLACK seminole.」なんてまんまテーム・インパラな、サイケデリック・エレクトロ・オルタナ・ロックだし、「running out of time」とかフランク・オーシャンっぽいエレクトロ・ファンクですぜ旦那。そしてなかなか悪くない。

次の新作はラップ・アルバムじゃなくてオルタナにする、というのはリリース前からリル・ヤティ自身が言ってたみたいだし、去年は当のテーム・インパラのアルバム『Slow Rush』のリミックス盤で「Breathe Deeper」のリミックスを担当、共演も果たしてたので想定内の作品で驚くには当たらないんだろうけど、このアルバム聴いててリル・ヤティ、なかなか器用だなと思った。オルタナやファンク以外にもグルーヴィーでエレクトロR&Bな「pRETTy」や「sAy sOMETHINg」とかもいい感じ。しかしこれまでのトラップのリル・ヤティのファンだった人達はどういう反応なんだろうね。ちなみにこのアルバム、今週のロック・アルバム・チャート、オルタナティブ・アルバム・チャートの1位になってます。去年スティーヴ・レイシーがR&Bとロック・オルタナ・チャートの両方を席巻したのを彷彿とさせます。

"Dave’s Picks, Volume 45: Paramount Theatre, Portland, OR 10/1/77 & 10/2/77" by Grateful Dead

Kポップも久々に炸裂してるし、話題盤が2枚もトップ10内初登場とにわかに活気を帯びてきた全米アルバムチャートですが、今週の圏外11位以下100位までの初登場は5枚でした。まず18位に初登場してるのは、毎度お馴染みグレイトフル・デッドのライブ音源コレクター、デイヴ・ラミューさんによるCD4枚組ライヴ音源集第45弾『Dave’s Picks, Volume 45: Paramount Theatre, Portland, OR 10/1/77 & 10/2/77』。今回もトップ10入りは果たせませんでしたが、ここのところ6作連続で限定25,000枚を売り切って毎回トップ20は確保してますからまあここが定位置ということですね。今回はグレイトフル・デッドが一番脂が乗っていたといわれる1977年のオレゴン州ポートランドでのライブです。

"Diamonds & Dancefloors" by Ava Max

ちょっと下がって34位に入って来たのは、アルバニア系アメリカ人のポップ・シンガー、エイヴァ・マックスのセカンド・アルバム『Diamonds & Dancefloors』。エイヴァ・マックスといえば彼女のブレイクスルー・ヒットになった「Sweet But Psycho」(2018年全英1位、全米10位)なんですが、そのヒット収録のファースト『Heaven & Hell』(2020年27位、全英2位)同様今回もサーカットことヘンリー・ラッセル・ウォルターをメイン・プロデューサーに迎えたダンス・ポップ路線の、良くも悪くも安定感満点のアルバム。

ただ今回は「Maybe You’re The Problem」や「Million Dollar Baby」といったキャッチーなシングルを昨年リリース済なんですがどれもHot 100にはチャートインせず、UKでも大きなヒットにはなってないようです。セカンド・アルバムで早くも曲がり角か。

"Tyler Hubbard" by Tyler Hubbard

続いて40位に初登場、カントリー・デュオ、フロリダ・ジョージア・ラインの片割れ、タイラー・ハバードの初ソロアルバム『Tyler Hubbard』がチャートインしてます。既に先行シングル「5 Foot 9」(最高位22位)がヒットしてますが、フロリダ・ジョージア・ライン時代の何だか売れ線追求でラッパーやEDMとコラボしてたイメージからすると、えらく清新でストレートなカントリー・ポップ・ナンバーなので最初FGLの彼だとは気が付かなかったくらい。「神様の造形って素晴らしい/5フィート9インチ(175cm)で茶色の瞳でティム・マッグローが大好きでちょっとした訛りが好きな彼女は最高」っていう歌詞もいい感じのカントリー・ナンバーです。

今回調べると確かに彼は高校時代ヒップホップにハマって、自分でトラックやビート作ってた時期もあったようですが、その後ギターを弾くようになってからは基本カントリー業界でのアーティスト兼ソングライターとしてのキャリアが主みたいですね。FGLとして「Cruise」の大ヒットでブレイクする前はジェイソン・オルディーンコール・スウィンデルといったカントリー・スター達に曲を提供もしてたみたい。今回も全体いい感じのトラディショナル寄りのカントリー・ポップ・アルバムになってます。

"Come Get Your Wife" by Elle King

53位には、エイヴァ・マックス同様デビュー・ブレイクアウト・ヒットが全米10位のヒットとなった(2015年の「Ex’s & Oh’s」)エレ・キング(すいません、どうしてもウルトラセブンのあの怪獣を連想しちゃいますw)のサード・アルバム『Come Get Your Wife』が初登場。「Ex’s & Oh’s」のエレ・キングは、女性版ブラック・キーズみたいな、ブルースとR&Bとカントリー風味がミックスされたアメリカーナ好きには魅力的なサウンドでしたが、今回は全編完全にロック寄りのカントリー・アルバムになってます。なぜこういう路線の微妙な変更になったか?

実は昨年カントリー界の大御所、ミランダ・ランバートとのデュオ曲でこのアルバムにも収録の「Drunk (And I Don’t Wanna Go Home)」がカントリーからポップ・クロスオーバーのスマッシュヒットになって(カントリー6位、Hot 100 37位)、ACMアウォードも受賞。このヒットの流れに乗った方がいい、という周りのアドバイスもあって、その頃に既にレコーディングが終わっていたヒット・プロデューサー、グレッグ・カースティンとのポップ・アルバムをボツにして、ナッシュヴィルのソングライター達と自分のツアーバスの中で短期間で曲を書き上げ、一気に2日間でバンドとライブでレコーディングしたのがこの作品らしいです。そんなこともあって、とてもバンドサウンド感が素晴らしいカントリー・ポップ作品(でも彼女のことなんで、ちょっとブルースR&B風味が利いてるのもいい感じ)になってますね。カントリー・アルバムチャートでも11位と好成績のようなので、しばらくはこの路線で行くんでしょう。ちなみに今回彼女が、あのサタデイ・ナイト・ライブで90年代前半「Makin’ copies〜」のギャグで人気があったロブ・シュナイダーの娘さんだったの、初めて知りました!そう聴くと余計応援したくなったなw

"Fragments - Time Out Of Mind Sessions (1996-1997)" by Bob Dylan

さて今週最後の100位まで圏外の初登場は、63位に入って来た、御大ボブ・ディランのアルバム『Time Out Of Mind』(1997年10位)のレコーディング時のアウトテイクや別バージョン、リミックス・バージョンなどをまとめた、ディランのブートレッグ・シリーズ第17弾『Fragments - Time Out Of Mind Sessions (1996-1997)』。標準盤はCD2枚組ですが、LP4枚組とLP10枚組のスペシャル・バージョンもあるらしく、正にオヤジ殺し企画盤ですね(笑)。『断章』という詩的な邦題が付けられてます。

このリリース、しばらく前から周りのシニアなアメリカン・ロック・ファンの先輩方がこぞってゲットして、楽しんでる様子をSMSとかで見てるんですが、熱心なディラン・ファンではない自分としてはなかなか購入には踏み切れてなくて、今のところストリーミングで聴いてます。『Time Out Of Mind』というと80年代からの低迷期を脱して、U2のプロデュースで名を馳せたダニエル・ラノワをプロデューサーに迎えた独得の雰囲気を醸し出す音像で、ディランをロックの一線にカムバックさせた作品であり、この年のグラミー賞最優秀アルバムも受賞した名盤。その頃にディランが新しいサウンドをどう消化して自分のものにしようか、といろんな演奏法やスタイルをトライしている様子がうかがい知れる、興味深い企画盤ではあります。やっぱLP4枚組盤、買っちゃおうかな。

ということで、今年になって初めて初登場がてんこ盛りとなった全米アルバムチャート、ここでトップ10おさらいです(順位、先週順位、週数、タイトル、アーティスト、<総ポイント数/アルバム実売枚数、*はHits Daily Double調べ>)。

*1 (-) (1) The Name Chapter: TEMPTATION (EP) - Tomorrow X Together <165,000 pt/152,000枚>
2 (1) (8) SOS ● - SZA <100,000 pt/705枚*>
3 (2) (15) Midnights ▲2 - Taylor Swift <68,000 pt/17,560枚*>
4 (5) (9) Heroes & Villains - Metro Boomin <47,000 pt/786枚*>
5 (6) (13) Her Loss - Drake & 21 Savage <44,000 pt/158枚*>
*6 (8) (108) Dangerous: The Double Album ▲4 <42,000 pt/1,432枚*>
*7 (-) (1) Gloria - Sam Smith <39,000 pt/14,000枚>
8 (7) (39) Un Verano Sin Ti - Bad Bunny <39,000 pt/522枚*>
*9 (-) (1) Let’s Start Here. - Lil Yachty <36,000 pt/4,500枚>
10 (9) (37) American Heartbreak - Zach Bryan <31,000 pt/1,118枚*>

さて久々に賑やかだった今週の「全米アルバムチャート事情!」いかがだったでしょうか。最後にいつもの来週の1位予想。来週のチャートの集計期間は2/3-9ですが、1位を狙える可能性があるのは、先日のグラミー賞授賞式にも大きくイメチェンして登場したシャナイア・トウェインの6年ぶりの新譜くらいですが、セールス・ポイントが殆どのTXTは2週目大きく落とすとして、SZAがどのくらいポイントを落とすか、シャナイアがどのくらいポイントを稼げるかがキーとなりそう。仮にSZAが15%減らして85,000ポイントとすると、ギリギリでシャナイアを押さえてSZAが通算8週目の1位、というのが現実的なシナリオのような気がします。ではまた来週。

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