今週の全米アルバムチャート事情 #147- 2022/9/3付
いよいよ8月も終わり暦も9月に。猛暑続きだった気候も今週に入ってからはぐっと涼しくなってきて、秋に向けて活動レベルを上げている方も多いでしょうね。先週末のシーズン最終戦、ツアーチャンピオンシップで怒濤の逆転優勝を果たしたロリー・マキロイ選手、とうとう30号HRに到達した大谷翔平選手など、今週も興奮するスポーツのニュース満載、9月はMLBのペナントレースも最終局面に向かうところ、この秋もなかなか楽しめそうです。皆さんもコロナ感染には改めて充分注意しながら、音楽、スポーツ、読書の秋を楽しんで下さい。
さて今週9月3日付Billboard 200、全米アルバムチャートの1位ですが、先週10万ポイントを叩き出す新譜が出ないとニュルッとまた1位復活があるのではないか、と予想していた通り、今週とうとう4回目の1位返り咲きで、通算9週目の1位を記録したのが、他でもないバッド・バニーの『Un Verano Sin Ti』(105,000ポイント、うち実売は1,000〜2,000枚の間)。この4回の1位返り咲きっていうのは相当しぶとくてスゴい記録でして、このBillboard 200が1956年に始まってから、過去このバッド・バニーを含めて4枚しか達成してないんです。その4枚とは(*印は継続中):
Un Verano Sin Ti - Bad Bunny (9 weeks*, 2022/5/21, 6/18, 7/9-8/6, 8/20, 9/3*)
Jagged Little Pill - Alanis Morissette (12 weeks, 1995/10/7-14, 1996/2/24, 3/16-30, 4/13-27, 8/24-9/7)
Cracked Rear View - Hootie & The Blowfish (8 weeks, 1995/5/27-6/17, 7/1, 7/29, 8/26, 9/30)
The Music Man - Original Cast (12 weeks, 1958/3/17-31, 4/21-5/12, 5/26-6/2, 6/23-30, 7/14)
4回返り咲きの記録としては実にアラニス以来27年ぶりだったことが判ります。しかし、過去の最高記録は9回返り咲き。そう、アデルの『25』 (24 weeks, 2011/3/12-19, 4/2, 4/23, 5/7-6/4, 6/25, 8/6, 8/20, 11/5, 2012/1/14-3/17, 6/23)がぶっちぎりの最多返り咲き記録保持者なんですね。まあこれはもう破られないでしょう。でもバッド・バニーがもう一度1位から落ちて5回目の返り咲きを果たすと単独史上2位の記録になることになります。しかもこれまでのチャートイン16週すべて1位か2位にいるバッド・バニー、既に8/5のフロリダ州オーランドを皮切りにスタートしている北南米ツアーの影響でこの記録を更新する可能性、かなり大だと思いますね。
そしてこれで2022年の最長1位記録としてはディズニーの『Encanto(ミラベルと魔法だらけの家)』と並ぶ9週を達成したわけで、2022年1位の最長記録が片や南米コロンビアを舞台にしたディズニーアニメ映画のサントラ、そして片や今や世界的なラテン系の人々に人気沸騰中のプエルトリカンのレガトン・シンガー/ラッパーというは、21世紀になって徐々に加速しつつあった「アメリカ・ポップ・マーケットのラテン化」が一気に進んだある意味証左になっている気がします。
今週の初登場一番人気は、33,000ポイント(うち実売20,000枚)で7位に飛び込んできたデミ・ロヴァートの8作目『Holy Fvck』。彼女のアルバムはこれまで全てトップ5内に初登場してきていますが(うち2作目、2009年の『Here We Go Again』は1位)、今回トップ10は維持したものの、7位ということでその中では低めのチャートランク。
前作からプロデューサーとして加わっているプロデューサー・チーム、ポップ&オークの一人、オーク・フェルダー(ケラーニ、リゾ、アレッシア・カーラなどのヒット作で有名)が今回は全曲プロデュースしている他、テイラーとの著作権抗争で悪名高い、彼女のマネージャーのスクーター・ブラウンも半分くらいの曲でプロデュースに名を連ねてますが、作品の中身は前作のコンテンポラリー・エレクトロ・ポップ路線から一気にポップ・パンク系に大きく舵を切っています。ゴスなPVのシングル「Skin Of My Teeth」や自分の年齢をタイトルにして現在形を歌う「29」など、もともと歌唱力あるだけにポップ・パンク的な楽曲もストレートに響いて来て、メディアの評価もかなり高いようです(メタクリティックで78点)。前作では自分の薬物中毒からの復活の生みの苦しみを表現してましたが、今回がそれがスコーンと抜けた感じもあり、なかなかポジティブなものを感じて好感を持てるアルバムではあります。
そして8位に初登場してきたのは、これまでダンスチャートで1位になった50曲を過去に様々なリミックス・アーティスト達がリミックスしたバージョンと、今回新たにトレイシー・ヤングやシェップ・ペティボーンらがリミックスした5曲を収録した、マドンナのリミックス・コンピレーション・アルバム『Finally Enough Love』。選曲構成はマドンナ自身が手がけて、ヒップホップ系の売れっ子プロデューサー、マイク・ディーンが全曲リマスターしたこのアルバム、フルバージョンでだとCD3枚組、ヴァイナル6枚組ですが、標準フォーマットはそのうち16曲を含む構成で、それでも30,000ポイント(実売28,000枚)とストリーミングよりもフィジカルの売上にドライブされたチャート成績になっており、アルバム・セールス・チャートでも堂々の1位。マドンナへの高い人気を改めて実感する結果になってます。
2020年2月にアルバム『Madame X』(2019)からの「I Don’t Search I Find」が彼女の50曲目のダンス・チャート1位になった時から企画が進められていたこのアルバム、正にダンスフロアでの人気をバネにスーパースターとなった彼女を象徴するような作品です。そしてこのアルバムのトップ10入りで、マドンナは1980年代から90年代、2000年代、2010年代、そして2020年代と5デケイド連続でアルバムをトップ10入りさせた初の女性アーティスト(トータルではバーブラ・ストライザンドの1960年代から2010年代までの6デケイド連続が最高記録)となり、UKアルバムチャートでも3位初登場と、改めてマドンナへのファンやシーンからのリスペクトを強く感じますね。
今週トップ10初登場のどん尻は、29,000ポイント弱(うち実売22,000枚)で10位に初登場してきた、ラスヴェガス出身の5人組メタル・バンド、ファイヴ・フィンガー・デス・パンチ(5FDP)の9作目のスタジオアルバム『AfterLife』。全米では根強い人気を誇り、2作目の『War Is The Answer』(2009)以来、今回のアルバムまで8作連続トップ10入り、過去メインストリーム・ロック・ソング・チャートでも11曲のナンバーワンを記録、このアルバムのタイトルナンバーも見事12曲目のメインストリーム・ロック1位を記録してます。
腰の据わった重戦車のようなリズムとビートをベースにストレートで時折叙情的なメタル・ナンバーを展開する5FDPのこのアルバムを聴いていて、先月フジロックで見たモンゴルのメタル・バンド、The Huを思い出していたら、何とこのアルバムのプロモーション・ツアーを、そのThe Huとメガデスを従えてこの8月から10月にかけて展開しているみたい。正にアルバムリリースに併せてツアー開始ということで、さぞやライブは盛り上がっていることでしょう。
一方、圏外11位以下100位までには5枚のアルバムが初登場。その中での一番人気は、先週1位くるかなあ?と言っていたパニック・アット・ザ・ディスコの7作目『Viva Las Vengeance』の13位初登場。5作目の『Death Of A Bachelor』(2016)以降、ボーカルのブレンダン・ユリエのソロ・プロジェクトとなっているパニック・アット・ザ・ディスコ、ポスト・パンクな小気味いいリズムギター・リフが軽快なタイトル・ナンバーを始め、過去のありとあらゆるポップでストレートなロック・バンドのエキスを詰め込んだようなアルバムになってて、なかなか気持ちいいですね(「God Killed Rock And Roll」なんて明らかにクイーンの影響が)。
タイトルは明らかにエルヴィス・プレスリーの有名映画のもじりですが、ブレンダン自身がラスヴェガス出身であることも含意してるタイトルなんでしょう。今回サウンドが新旧のロック・ファンのノスタルジックな感情をくすぐってくることもあって、メディアの評価も高いようです(メタクリティック82点)。このアルバムの録音が今や懐かしい8トラックのテープ・マシンで行われたというのもアルバム全体のレトロな感じに貢献しているような気がします。
続いて34位に初登場は、今年57歳という大ベテランのクリスチャン・ミュージック・アーティスト、トビーマックことトビー・マッキーハンの8作目になるアルバム『Life After Death』。トビーマックはもともと90年代にCCM(コンテンポラリー・クリスチャン・ミュージック)に全米で大きな人気が集まった時期に、絶大な人気を誇ったクリスチャン・ラップ&ロック・トリオ、DCトークのメンバー(歌・ラップ担当)だったんですが、2000年にDCトークが活動停止した後にソロ転向、その後もCCMの世界では大きな人気を持っていて、2012年にはアルバム『Eye On It』がBB200で1位、グラミー賞でもCCM・ゴスペル部門で3回受賞しているという人。
日本にいるとCCMとかの全米に根強く広がる人気というのがなかなか実感しづらいのですが、何だかんだ言ってもアメリカ人の過半数がクリスチャンであるという事実が、神に対する信仰をテーマにしていながら、ポップやR&Bゴスペルだけでなく、ロックやカントリー、そしてこのトビーマックのようにロックとヒップホップの影響を持った音楽などで表現できて、しかも人気をガッチリ確保している大きな理由なのかなと。ま、彼の場合、ヒップホップのテイストはR&Bっぽいというよりは「The Goodness」とかはよりポップなマック・ミラーといった感じなので、歌詞の内容は別にしてもなかなか楽しく聴けますね。
どんどん行きます。39位初登場は、サンフランシスコ出身の今年31歳という中堅ラッパー、ラリー・ジューンの10作目にして初のアルバムチャート40位入りを果たした『Spaceships On The Blade』。チャートイン作としても前作の『Orange Print』(2021年125位)に次ぐ2作目のブレイク作品となってます。10作目と言っても、ファーストが2018年なので、ここ4年で年平均2.5枚、特に2019年は(おそらくコロナの影響もあって)5作もリリースしているという多作なヤツです。これまではインディからのリリースだったんですが、前作から近年ではインディ系のR&B/ヒップホップ作品の配給を一手に仕切っているエンパイヤと契約したのもチャート・ブレイクにつながったようです。
ラップ・スタイルはムーディながらスムーズな感じのトラックに乗って呟くようにラップする、ややクラシックでレイドバックしたスタイルが同じベイエリアのベテラン・ラッパー、E-40あたりと比較されてるようです。サウンド的にも懐かしのムーグ・シンセ音を使ったり、サンプラーのパーカッション・サウンドを使ったりと、ちょっと懐かしのGファンクのムードなんかもあって、なかなか楽しんで聴けますね。ギャングスタやストリートへの言及はほぼなさそう。副業で自分のブランド名でオレンジを販売しようとしてるらしく、自分のSMSのメッセージの最後に必ずオレンジのマークを付けるというなかなかお茶目なヤツみたいです(笑)。
続いて43位にはシカゴ出身の女性R&Bシンガー兼ラッパーのティンク(本名:トリニティ・ロレアール・ホーム)のチャートイン3作目になるサード・アルバム『Pillow Talk』が初登場。ピロー・トークっていうと、我々シニアR&B世代はあのシュガーヒル・レーベルを立ち上げた事でも歴史に名を残したシルヴィア・ロビンソンのセクシーなヒット曲(1973年全米3位)を条件反射的に想起してしまうんですが、彼女の場合、より女性エンパワーメントの視点から男女関係や恋愛感情などを、随所にラップ風の歌唱をちりばめた基本R&Bな楽曲に乗せて伝える、というなかなかコンシャスR&B的シンガー・ラッパーのようです。そういう意味ではサマー・ウォーカーやエラ・メイちゃん辺りとポジショニングが被る感じですがどうなんでしょうか。
ジェネ・アイコ的なメロディと歌声が気持ちいい「I Choose Me」や、男女関係の綾をこちらもオーガニックなR&Bトラックで歌う「Goofy」など全体的に90年代から2000年代にかけてのオーセンティックなR&Bタイプの楽曲が多いので、アルバム通して気持ち良く聴けました。最近のR&B系では結構イチオシかも。
そして今週100位までの最後の初登場は、結構高いポジションで48位に初登場、デトロイト近郊のミシガン州サウスフィールド出身のメタルコア・バンド5人組、アイ・プリヴェイル(最後には俺が勝つ、の意)のサード・アルバム『True Power』。彼らのブレイクは、何とテイラー・スウィフトの「Blank Space」(2014年全米1位)のメタル・カバーをYouTubeに上げたのがきっかけという異色のバンド。しかしこのキノコ雲のジャケは正直頂けませんな。だいたい昔からキノコ雲をなーんも考えずにジャケに使うアーティストの神経には勘弁してくれ、と言いたいのですが。ジェファーソン・エアプレーンの『Crown Of Creation』(1968)とか、クリス・クロスの『Da Bomb』(1993)とかね。だからこのジャケだけでこの作品への評価は50%減です、個人的には。
まあ内容的にはいかにもなメタルコア・バンドのレコードですね。楽曲的にも適度にドラマチックで、パワフルで、随所にデスメタルボイスのボーカルも入って、とこの手がお好きな方にはなかなかいいんじゃないんですか。前作までアルバムトップ20に入れてたバンドだからファンは多いんでしょうね。自分的にはこの手のバンドは2020年代にわざわざ聴きたいバンドじゃないですから、まあこの辺で。
ということで今週の100位までの初登場は都合8作と、年も後半に向けて次第にニューリリースが増えて来た感じですね。今週のトップ10でのもう一つの話題は、今週しぶとく6位→4位に上がってる、例のモーガン・ウォーレンのアルバムが今週でトップ10に通算84週目で、アデルの『21』(2011)とブルース・スプリングスティーンの『Born In The U.S.A.』(1984)に並んだというもの。来週トップ10に居座ると、サントラ盤やオリジナル・キャスト盤以外では最多85週トップ10の記録を持つピーター・ポール&マリー(ってどれくらいの人が知ってるんだろ?)のデビューアルバム『Peter Paul & Mary』(1962)に並ぶってんですから、モーガンもういい加減にしろよ、ってなもんですが。ということでいつものトップ10おさらいです(順位、先週順位、週数、タイトル、アーティスト、<総ポイント数/アルバム実売枚数、*はHits Daily Double調べ>)。
1 (2) (16) Un Verano Sin Ti - Bad Bunny <105,000 pt/1,000〜2,000枚>
2 (1) (2) Beautiful Mind - Rod Wave <57,000 pt/271枚*>
3 (3) (4) Renaissance - Beyonce <52,000 pt/4,535枚*>
4 (6) (85) Dangerous: The Double Album ▲2 - Morgan Wallen <49,000 pt/3,596枚*>
*5 (7) (14) Harry’s House ▲ - Harry Styles <45,000 pt/8,701枚*>
6 (5) (3) The Last Slimeto - YoungBoy Never Broke Again <37,000 pt/79枚*>
*7 (-) (1) Holy Fvck - Demi Lovato <33,000 pt/20,000枚>
*8 (-) (1) Finally Enough Love - Madonna <30,000 pt/28,000枚>
9 (4) (2) Traumazine - Megan Thee Stallion <29,000 pt/830枚*>
*10 (-) (1) AfterLife - Five Finger Death Punch <29,000- pt/22,000枚>
ということで9月入って一発目の今週の「全米アルバムチャート事情!」いかがでしたか。マドンナを筆頭に話題盤も多く、圏外の初登場作もなかなか粒揃いだったと思います。さて最後はいつもの次週1位予想。チャート対象期間は8/26~9/1になりますが、この期間のリリースで10万ポイントを叩き出してバッド・バニーを押さえ込めそうなのは、うーん嫌いなヤツだけどDJキャレードの新作はそれくらい来そうですねえ。それに対抗しそうなのがニッキー・ミナージュの全米ナンバーワンヒット「Super Freaky Girl」をフィーチャーした初のベスト盤。来週は他人のフンドシ野郎、DJキャレードとニッキーの一騎打ちになりそうです。その他でトップ10に来そうなのがKポップのTWICEとミューズくらいでしょうか。ではまた来週。