今週の全米アルバムチャート事情 #160- 2022/12/3付
アメリカではサンクスギヴィング・ホリデーだった先週末はワールドカップサッカーでの日本チームドイツ撃破で歓喜に沸いたネット上。しかしコスタリカ戦での惜敗で一気に興奮が収まってしまった感がありますが、果たして日本はスペインに勝って決勝進出できるのか?日本中のサッカーファンは期待と不安で今週末は眠れない日々が続きそうですね。私は録画だけして後で見るという横着ファンです(笑)。
さていよいよチャートの日付が12月に入った今週12月3日付Billboard 200、全米アルバムチャートの1位はやはりポイント減衰をわずか16%に押さえて、177,000ポイント(うち実売57,000枚)と依然高ポイントを維持しているテイラーの『Midnights』が通算4週目の1位をキープしています。2位に依然頑張っているドレイクと21サヴェージ『Her Loss』も今週119,000ポイントとこちらも普通なら1位のポイント数として充分なのですが、テイラーの粘り腰には及ばずでした。
さて今回の『Midnights』の1位で11作目となったテイラーの全米ナンバーワン・アルバムの記録(バーブラ・ストライサンドと並んで女性ソロ歴代1位タイ)の話や、現在Hot 100で1位を続ける「Anti-Hero」をはじめとするトップ10合計40曲の記録(女性ソロではマドンナを抜いて歴代1位)をこれまで紹介してきましたが、今回のアルバムと現在のテイラーの絶大なる人気のほどを別の角度から如実に示したのが、第1ラウンドとして来年3月にアリゾナ州グレンデールを皮切りに全米20都市を巡る「ジ・エラズ・ツアー(The Eras Tour)」のチケット販売予約スタートと同時に、チケットマスター社のサイトに膨大な数のファンからのアクセスが殺到してサイトのサーバーがダウン、これが理由でチケットを予約できなかったファンが大量に発生したという事件。チケットマスター社の説明によると150万人分のチケットを用意していたところにその10倍の1400万人の予約申込が殺到したというから驚異的ですね。そしてこの事件が図らずも引き金になって、コンサート・チケット業界におけるチケットマスター社の独占によるものではないか、と独禁法違反の疑いを訴える政治家が同社の予定されているライヴ・ネイションズ社との合併を阻止すべきと次々に騒ぎ出しているようです。音楽業界だけでなく政治的な反響もすさまじいテイラーの人気ぶりというところでしょうか。
さて今週のトップ10内初登場はわずか1枚。昨年の『Soulfly』そして今年8月の『Beautiful Mind』と連続全米ナンバーワンを決めていたロッド・ウェイヴの8曲入りの初EP『Jupiter’s Diary: 7 Day Theory』が31,000ポイント(うち実売約1,000枚)で9位に初登場しています。相変わらずのエモでR&Bなトラックとトラップ・ビートの組合せで産み出すオーガニックな味わいがいい感じのトラックを集めた彼らしい作品。最近彼みたいなスタイルのことを「ソウル・トラップ」って言うらしいですね。
今回のタイトルは、あの2パックの死後直後にリリースされた、ゴルゴダの丘で磔になった7日後に復活したというイエス・キリストの伝説をイメージさせる『The Don Killuminati: The 7 Day Theory』(1996年1位)を思わせますが、特にその2パックとのアルバムとの関係や、イエス・キリストの伝説との関連性はなさそうですね。サム・スミスの今年リリースされて間もないシングル「Love Me More」(Hot 100 73位)のサンプリングで始まる冒頭の「Break My Heart」なんか、なかなかいい感じです。
今週のトップ10、初登場は1枚きりですが、圏外からの大きなジャンプアップしてトップ10に復活しているアルバムが2枚。1枚は何とマイケル・ジャクソンの大ヒット作『Thriller』。1984〜85年にかけて通算37週1位を記録、ソロアーティストとしては首位在位最多週数記録を保持しているこのアルバム(ちなみに歴代1位は1962〜63年に54週1位を記録した映画『West Side Story』サントラ盤です)、今回リリース40周年記念ということで、未発表曲やアウトテイクなどを含む2枚組CDとしてのリイシューに加えて、モービル・フィデリティ・サウンド・ラボ社の高音質オーディオカッティング技術によるスーパー・オーディオCDとヴァイナル、更にはアマゾン・ミュージックとアップル・ミュージック用に360リアリティ・オーディオと、ドルビー・アトモス・バージョンでも配信され、先週の115位から一気に今週7位にジャンプアップしてます(37,000ポイント、うち実売27,500枚)。
もう1枚のトップ10内再登場は、こちらは季節柄のクリスマス・アルバムで先週も順位を上げていたマイケル・ブブレの『Christmas』が圏外19位から今週10位に上がってきています。もともと2011年にリリースされて5週間1位を記録したこのアルバム、それ以降クリスマスシーズンには毎年トップ10に返り咲いているという、マライアのアルバム共々この季節には欠かせない1枚になってますね。
さて今週はトップ10内には1枚しか初登場ないですが、圏外11位から100位には久々にてんこ盛りの8枚初登場。順番に走り気味に行きますが、まず13位はメタル・バンド、ディスターブドの8作目になる『Divisive』が初登場。最盛期の2000年代にはセカンドから5枚連続全米ナンバーワンという快挙を成し遂げたこともある彼らですが、今回はデビュー・アルバム以来のトップ10逃しとなってます。
メタルバンドといってもどちらかというとメロディアスな感じのトラックも多くてかなり聴きやすい感じのディスターブド、先行シングルでメインストリーム・ロック・チャート11曲めの1位を記録した「Hey You」なんかも結構聴きやすい感じのトラックになってます。80年代ハードロックファンとか結構好きかも。
続いて14位初登場は先週トップ10来るのでは、と言ってたロディ・リッチのミックステープで、シリーズ3作目の『Feed Tha Streets III』。2017年にリリースしたシリーズ1作目から3作目で完結編になるミックステープだそうです。
ロディは今のトラップ・ラッパーの中ではある意味売れ線で、比較的まだ聴ける感じのラッパーですが、フルアルバムで展開するダイナミックなスタイルとはちょっと違ってて、この作品ではかなりエモな感じで迫ってる気がしますね。半分くらい歌ってる「Favor For A Favor」とか、ラスト・トラックの「Letter To My Son」なんてもろそんな感じ。でもこの人のアルバム聴いてると、最近のトラップって基本はやり歌なんだな、って感じがしますね。いい意味でも悪い意味でも。
初登場が続きます。次の15位に初登場して来たのは、先週予想では1位を狙えるのでは、と言ってたブロックハンプトンのラスト・アルバムになる『The Family』。先週もちょっと言いましたが、このアルバム、彼らのラスト・アルバムとなるはずだったんですが、何故か土壇場でこの『The Family』リリース翌日にもう1枚『TM』というアルバムがリリースされるという状況で、この2枚の間でファンの票が別れてしまった可能性があります。加えて、メインの『The Family』のリリースが今週のチャートの対象期間の前日(11/17)だったので、初日のポイントがまるまる加算されていないということもあり、本来であればトップ10の上の方にドーンと入ってくるアーティスト・パワーあったんですが、この順位になってますね。
マルチレーシャルのボーイズバンド的アプローチによるヒップホップ・ユニットという、なかなかユニークな立ち位置でファンの人気も高かっただけに今回の活動停止は残念ですが、このラスト・アルバムも内容はなかなか充実してます。90年代ヒップホップのオマージュ感たっぷりの冒頭の「Take It Back」や、彼らのウータンへのリスペクトを感じる「RZA」といったオールドスクール・ヒップホップ全開のドープなトラックや、R&Bファンには懐かしいダン・ペンの「Dark End Of The Street」をサンプリングした「37th」やウィリー・ハッチの歌声をサンプリングした「The Ending」など、R&Bへのオマージュも満点のレイドバックなヒップホップチューンなど、彼らのやりたかったのが「ボーイズバンドのアプローチによるポップなビースティーズ」的なことが判る、なかなかのクオリティの作品ですね。トップ10行って欲しかった。
一方デビューから50年を過ぎても今なおカントリー・シーンのみならずポップ・アイコンとしても、フェミニズム・アイコンとしても君臨する大御所、ドリー・パートンのキャリアを俯瞰する全27曲入りのベスト盤『Damonds & Rhinestones: The Greatest Hits Collection』が27位に初登場しています。今年3月に48作目のスタジオ・アルバム『Run Rose Run』(34位)をリリースして依然健在さを見せてくれたドリー姐さんの長い芸歴をわずか27曲でカバーするのは難しそうですが、初期のヒットでオリヴィア・ニュートン・ジョンで日本で大ヒットしたおなじみの「ジョリーン」(1973年全米60位、カントリー1位)から「愛のほほえみ(Here You Come Again)」(1978年全米3位、カントリー1位)「9 To 5」(1980年全米・カントリー1位)といったポップ・ヒット、ホイットニーのカバーが有名な「I Will Always Love You」(1973 & 1982年カントリー1位、1982年全米53位)、そして何とスウェーデンのエレクトロDJデュオのギャランティスとコラボした「Faith」(2019年ダンスチャート13位)に至るまで幅広い作品をカバーした内容です。
1960年代完全に男の世界だったカントリー・シーンに登場し、しかも殆ど自作自演で、内容的に社会的なメッセージも発信し続けて来たドリー姐さんは正にそのキャリア自体がロック。今年ロックの殿堂入り候補にノミネートされたのを「他にもっと適切な人がノミネートされるべき」という理由で当初辞退しましたが、結局最後はノミネートを受けただけではなく、見事殿堂入りを果たしたという事実は、このことを広くシーン全体が評価しているから、と言えるのではないでしょうか。個人的にこの27曲中ベストは、バリー・マン&シンシア・ワイルの名ソングライティング夫婦デュオのペンによる、ゴージャスなポップ・バラード「愛のほほえみ」ですねえ。
さて急ぎましょう。続いて30位初登場は何と久しぶりに名前を聞いたなあ、という感じのニッケルバックの5年ぶり10作目のアルバム『Get Rollin’』。年間ナンバーワンソングの「How You Remind Me」(2001)を含むサード・アルバム『Silver Side Up』(2001年2位)で大ブレイクしてから、音楽評論家からは常に酷評されながらも(笑)前作の『Feed The Machine』(2017年5位)まで7作連続トップ10を決めてきた彼らですが、さすがに2020年代のコンテクストではやや大時代的と受け止められているのか、今回はちょっと順位を下げてますね。ただUKでは今週トップ10入り(8位)してます。
リードシングルの「San Quentin」はもっとハードなヤツをやりたい、というギターのマイク・クリューガーの意向もあるのか、ちょっとメタル寄りのハードな感じですが、80年代よかったよなあ、と懐古的な内容の「Those Days」などはアコギも効果的に使われたニッケルバックらしいスタジアム・アンセム。かつてアヴリルの旦那だった、サンタナとかとコラボしたポップ・ソロ・ヒットもある、リーダーで兄貴のチャドのそつないアルバム作りで全体は手堅くまとまったアルバムですね。
37位初登場してきたのは、10年前彗星のように登場して、グラミー賞をはじめブルーグラス関係の各賞を受賞し、今のブルーグラス界を引っ張っている若きホープ、ビリー・ストリングスが育ての親であり、彼のブルーグラスの師匠でもある、ギタリストのテリー・バーバーとコラボしたアルバム『Me/And/Dad』。彼に取って最大のチャートヒット・アルバムになっています。
内容はジョージ・ジョーンズやドック・ワトソンといった、伝統的なカントリー/ブルーグラスの大御所達の作品をカバーした作品のようですが、この「Long Journey Home」のPVを見てると、この2人が堅い絆で結ばれているのが判るし、とても楽しそうに共演していて何か嬉しくなってきますよね。ビリーもテリーも本当に自然に演奏し、歌う様子がいいなあ。ブルーグラスもたまにはいいもんです。
ぐっと順位が下がって75位初登場は、前作『Without Fear』(2019年18位、UK1位)で鮮烈にデビューしたアイルランド出身のシンガーソング・ライター、ダーモット・ケネディのセカンド・アルバム『Sonder』。エド・シーランの初期ヒットを思わせるエモーショナルでヒップホップのテイストを加えた曲調が印象的な2019年のシングル「Outnumbered」の全英6位のヒットでブレイク、全米でもボナルーやロラパルーザ、SXSW、コーチェラ等に出演して人気を獲得して前作でブレイクしたダーモット、今回のセカンドはやや地味なヒットになってますが、全英では前作同様1位を記録してます。
冒頭の「Any Love」ではジェイムス・ブレイクばりのエレクトロ・ボイスを交えるなど、新しい試みも見られますが、シングル「Better Days」など「Outnumbered」の路線のエモーショナルでドラマチックな展開のバラードでのダーモット・スタイルは本作でも健在です。しかしUKってこういうタイプのシンガーソングライターが何年かおきに必ずブレイクするサイクルみたいなのがあるみたいですが、彼がエド・シーランに続くUK産のメインストリーム・シンガーソングライターの地位を確立するかどうかは今後の作品次第かな。
今週最後の100位までの初登場は、クリスマス・シーズンを前にして98位に入って来た、カントリーの大御所、故ジーン・オートリーの1965年のクリスマス・アルバム『The Original: Gene Autry Sings Rudolph The Red Nosed Reindeer & Other Christmas Favorites』。ジーン・オートリーというと「歌うカウボーイ」のニックネームで1930〜1950年代に一世を風靡したカントリー・シンガーですが、日本の野球ファンにはMLB大谷翔平所属のエンジェルスの元オウナー(1961〜1997年)として知られてるかもしれません。
そんな彼はあのクリスマスの鉄板曲「赤鼻のトナカイ(Rudolph The Red Nosed Reindeer)」を最初に歌って1949年に全米1位にしてるんですが、この時期そのオリジナルの「赤鼻のトナカイ」が多分いやというほどあちこちでプレイされたり、クリスマス・プレイリストの一曲としてストリーミングされたりしてることにより、ポイント積み上げでリリースから50年以上経ってこの順位に初登場した、ということですね。同様の理由でエルヴィス・プレスリーの『The Classic Christmas Album』(107位)やビング・クロスビーの『White Christmas』(132位)、ディーン・マーティンの『The Dean Martin Christmas Album』(139位)などの定番クリスマス・アルバムも圏外に再登場してきてますが、この高めの順位にしかも初登場というのはちょっと珍しいパターンかもしれません。
ということで今週はトップ10内1作、11位以下100位までで8作、計9作の初登場でした。ここでいつものトップ10おさらいです(順位、先週順位、週数、タイトル、アーティスト、<総ポイント数/アルバム実売枚数、*はHits Daily Double調べ>)。
1 (1) (5) Midnights - Taylor Swift <177,000 pt/57,000枚>
2 (2) (3) Her Loss - Drake & 21 Savage <119,000 pt/639枚*>
3 (3) (29) Un Verano Sin Ti - Bad Bunny <56,000 pt/1,282枚*>
4 (4) (6) It’s Only Me - Lil Baby <48,000 pt/122枚*>
5 (6) (98) Dangerous: The Double Album ▲4 - Morgan Wallen <42,000 pt/1,483枚*>
6 (7) (93) The Highlights - The Weeknd <39,000 pt/1,121枚*>
*7 (115) (549) Thriller ▲34 - Michael Jackson <37,000 pt/27,500枚>
*8 (9) (27) Harry’s House ▲ - Harry Styles <33,000 pt/9,372枚*>
*9 (-) (1) Jupiter’s Diary: 7 Day Theory - Rod Wave <31,000 pt/1,000枚>
*10 (19) (103) Christmas ▲6 - Michael Buble <31,000 pt/5,417枚*>
いきなりマイケルの『スリラー』がトップ10内に再登場した今週の「全米アルバムチャート事情!」いかがだったでしょうか?では最後にいつもの来週の1位予想。来週チャートの対象期間は11/25~12/1ですが、残念ながらというかこの期間にテイラーの1位を脅かせそうな新作ドロップはなし。トップ10に入って来そうなのはクアンド・ロンドとヤングボーイ・ネヴァー・ブローク・アゲインの2人の若手ラッパーのコラボ・ミックステープくらいかな。来週はサンクスギヴィングのブラック・フライデーが集計対象に入るので、新譜よりもクリスマス・アルバム(例えばマライアのアルバムとか)がワッとトップ10に来そうな気はしますが、まあテイラーの通算5週目の1位は堅いところでしょう。ということでまた来週。