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今週の全米アルバムチャート事情 #139- 2022/7/9付

やっと何年も議会で共和党に法案可決を阻まれていた銃規制法案が議会を通ったばかりだというのに、またアメリカで黒人に対する警察暴力事件が起きてしまいました。オハイオ州アクロンで交通違反で止められた26歳のジェイランド・ウォーカーさんが、徒歩で逃走する中8人の警官に追われ武器を持たない状況で60発以上の銃弾を打ち込まれて死亡するというありえない事件です。最初ジェイランドさんも発砲したという情報もありますが、今のところ実際にジェイランドさんが持っていた銃が発砲された確認はされていないとの報道もあります。少なくとも銃殺された時点では丸腰だったことは当の警察が記者会見で確認しています。一昨年のBlack Lives Matterで少しはこうしたことに対する抑止力が増したと思っていただけにショッキングジェイランドさん(最近彼女を自動車事故で亡くしたばかりだったといいます)のご冥福と、この事件が正当な形で裁かれること、そしてこういう事件(黒人だけではなく、すべての非白人に対して起きうる事件だと思います)が二度と繰り返されないことを祈るだけです。

"Un Verano Sin Ti" by Bad Bunny

さて気を取り直して。今週の全米アルバムチャート、7月9日付のBillboard 200の1位、先週はクリス・ブラウンルーク・コムズの一騎打ち、と予想しましたが、この2枚トップ10には入ってきたんですがいずれも予想以上に少なめのポイントで、結果5月21日付で初登場1位以来、8週連続10万ポイント超えを記録したバッド・バニーの『Un Verano Sin Ti』が消去法的に今週2回めの1位返り咲き、通算3週目の1位をさらっていきました。ここでこのアルバムのデビュー以来今週までの8週間のポイントと、順位をおさらいしておきましょう(チャート日付、順位、ポイント)。

5/21/2022 - #1 - 274,000 pt
5/28/2022 - #2 - 182,000 pt
6/4/2022 - #2 - 155,000 pt
6/11/2022 - #2 - 141,500 pt
6/18/2022 - #1 - 137,000 pt
6/25/2022 - #2 - 129,000 pt
7/2/2002 - #2 - 121,000 pt
7/9/2022 - #1 - 115,000 pt(うち実売1,000枚弱)

だいたい普通1位取った翌週は10万ポイント割り込むパターンがほとんどの中、この踏ん張り具合は特筆ものデビューから8週連続10万ポイント超え、というのは2016年ドレイクの『Views』がデビューから10週連続10万ポイント超えをやって以来、6年ぶりの記録になります。この2つに共通するのは絶大なストリーミングに支えられているということ。これはシングルチャートにも反映されていて、5/21以来の8週間で、ケンドリック・ラマーの新譜リリースの5/28付とドレイクの新譜リリースの先週以外は毎週必ず1曲はバッド・バニーの曲がトップ10入りしているという人気の底堅さが、今週の2度目の1位復帰につながっているのは間違いありませんね。今その先頭を切っているのがプエルトリコのレガトン・デュオ、プランBの片割れ、チェンチョ・コルレオーネをフィーチャーした「Me Porto Bonito」。ゆるーい感じから始まってジワジワと盛り上がっていくMVも含めてまあ夏向きのナンバーですね。来週はさすがにいよいよ10万ポイント割れか?という感じですが当面トップ10には居続けそうです。

"Growin' Up" by Luke Combs

1位来るかなーと思っていたカントリーのルーク・コムズ3作目『Growin’ Up』は思いの外ポイントが伸びずですが、74,000ポイント(うち実売28,000枚)で今週2位初登場で、彼通算4枚目のトップ5を決めています。

先行シングルで親友のカントリー・シンガー、アダム・チャーチとの親交を綴ったMVがいい感じの、いかにも彼らしく静かに盛り上がる「Doin’ This」(最高位26位)と、濃密な男女関係を歌うちょっとR&B風味の「The Kind Of Love We Make」(先週18位初登場)が好調にヒット中のルーク。彼も今や王道派カントリー・スターの一人として、人格的にも信条的にもまわりのリスペクトを集める存在に成長してきました。カントリー・ファンの人達も、モーガン・ウォレンなんておいといてルークをもっと応援してあげればいいのにね。ステージでよくエド・シーランの「Dive」をカバーする、というのもいい感じです(ロンドンでのライブでエドと一緒にこの曲歌ってる動画なかなかいいです)。

"Breezy" by Chris Brown

そして、もう1枚の1位候補だと思ったクリス・ブラウン3年ぶりの新作『Breezy』は72,000ポイント(うち実売5,000枚)で、わずかにルークに及ばず4位に初登場してます。3作目のアルバムチャート1位になった前作『Indigo』(2019)からのドレイクとのヒット「No Guidance」(5位)やヤング・サグとのミックステープからのヒット「Go Crazy」(2020年3位)といったヒットはここのところも出てはいるものの、最近何だか存在感が薄いなあ、と思ってしまうのは自分だけか。

今回のアルバムも、ヒップホップ(リル・ダーク、リル・ウェイン、リル・ベイビー、ジャック・ハーロウ等)やR&B(H.E.R.、エラ・メイ、ウィズキッド等)の有名どころを客演でフィーチャーした楽曲がずらりと並んでますが、全編トラップ・ビートを下敷きにした楽曲がほとんどになっちゃってるんで、正直聴いてて飽きちゃいますね。トラップ・ビートが大好きなヤング・リスナーはそれでもいいんでしょうけど。2000年代の頃のマイケルの再来か、と言われた頃のあのフレッシュな感じが懐かしいのは自分だけではないはず。

"Im Nayeon: The 1st Mini Album" by Nayeon

そして今週一番驚いたのは、7位に初登場してきた、Kポップのガール・グループ、TWICEの中心メンバーの一人、最年長27歳のナヨン(Nayeon)のソロ・デビューEP『Im Nayeon: The 1st Mini Album』(57,000ポイント、うち実売52,000枚で今週のアルバム・セールスチャート堂々1位)。先行シングル「Pop!」に代表されるような、ひたすら明るいポップ作品が収録された、TWICEの線を踏襲した内容ですね。

TWICE自体、昨年『Taste Of Love: The 10th Mini Album』(6位)と『Formula Of Love: O+T=<3』(3位)の2枚のトップ10アルバムを記録済なんで、驚くには当たらないのかもしれないけど、こういう風にKポップグループのメンバーのソロ作品までがどんどんトップ10入りしてくるようだと、BTSのメンバーがソロ出したら間違いなく1位を狙える、そんな地合がもう出来てるんだなあ、というのを実感。今回もKポップのお馴染みの販売戦法で、17種類の違うCDジャケとランダム封入のフォトカードでファンの購買欲を煽ってるのも実売が高い理由だけど、それでもそれだけのCDを買うファンが全米にいるということなんで、Kポップの勢い、まだまだ続きそう。

"Superache" by Conan Gray

今週はトップ10、久しぶりに賑やかで初登場がもう1枚。9位に43,000ポイント(うち実売27,000枚)で初登場してきたのが、カリフォルニア出身の若手(23歳)シンガーソングライター、コナン・グレイのセカンド・アルバム『Superache』。デビュー・アルバム『Kid Krow』(2020年5位)でブレイクしたコナンは、9歳の頃から聴いてるというテイラー・スウィフトに最も大きな影響を受けていて自分は「生涯スウィフティー(テイラーのファンの総称)」だと言い切ってる、ポップなシンガーソングライターです。彼は母親が日本人のハーフで、幼少の頃2年ほど広島に住んでいた、というのも何となく好感度ですね。

生憎シングルヒットが今のところ前作収録の「Heather」(2020年46位)1曲のみというのが残念なところですが、アジア南方系の濃いい風貌と、ドリームポップな曲調の楽曲とのアンマッチさが何となくいい感じを醸し出してます。もともとキャリアの始まりがYouTubeに自分の作品を配信してたのがバズった、ということなので、今時の典型的なブレイクパターンを経て着実に大きくなってきているので、シングルヒットが飛び出すのも近いのでは。

"Give Or Take" by Giveon

ということで今週のトップ10内初登場はこの4枚。それでもって今週は11位以下100位までの圏外も久しぶりの賑やかさで何と一挙8枚が初登場という盛況ぶり。なんで今週はここからは飛ばし気味に行きます。まず惜しくもトップ10を逃して11位に初登場してきたのは21世紀を代表するR&Bクルーナーの一人、ギヴィオンの『Give Or Take』。昨年初登場5位にランクインした『When It’s All Said And Done…Take Time』は2020年リリースのEP2枚をまとめたコンピ盤だったので、フルアルバムとしては今回が初になります。

R&Bシンガーながらデビュー以来プロデュースに関わってるヒップホップ系人気プロデューサー、ボイー1ダとは今回もガッチリ組みながら、今回はチャーリー・ハンサム、ロジェ・シャヘイドといったヒットメイカー達とも組んで、相変わらず清冽な世界観を作ってます。シングルの「For Tonight」はいつもよりビートを効かせながらいかにもギヴィオンらしいいいバラードですね。

"Vaxis - Act II: A Window Of The Waking Mind" by Coheed & Cambria

続いて23位初登場は90年代から活動続けている、全米で根強い人気を誇る21世紀のプログレ・ロック・バンド、コヒード&カンブリアの10作目になる『Vaxis - Act II: A Window Of The Waking Mind』。このバンドの作品は、そのほとんどがリーダーのクローディオ・サンチェスが自ら執筆しているSF小説(漫画にもなってるらしい)『The Amory Wars』のストーリーを下敷きにしたコンセプト・アルバムになってるそうで、今回もその路線。

サウンド的にはポップになる直前のジェネシスとラッシュを融合させたような感じのギター主体のスリリングなサウンドがなかなか80年代産業ロックとか好きな方には受けるかも、という(一応褒め言葉ですw)感じですね。その辺の好きなかたは是非一聴を。

"Elvis (Soundtrack)" by Elvis Presley & Various Artists

26位には、いやあ今巷で大いに話題沸騰中のバズ・ラーマン監督映画『Elvis』のサントラ盤が初登場。このサントラ盤には、エルヴィス自身の曲やエルヴィス役のオースティン・バトラーによる「Hound Dog」などのパフォーマンスも収録されてますが、それ以上に多数のアーティストがオリジナル曲や、エルヴィスのマテリアルを使った楽曲などでフィーチャーされてるのが興味深いところ。

先行シングルのドジャ・キャットVegas」は、あの「Hound Dog」のオリジナルのビッグ・ママ・ソーントンのフレーズをサンプリングした、このサントラ盤のテーマソングのような曲だし、エミネムシー・ロ・グリーンの新曲「The King And I」も久々にドレのプロデュースでタイトな出来。その他ケイシー・マスグレイヴスマネスキン、YOLA、ジャック・ホワイトなど個性的なラインアップでちょっとレコード欲しくなりました。あ、映画も観なきゃ

"Montega" by French Montana & Harry Fraud

46位に初登場は、ラップのフレンチ・モンタナと彼が見出したNYのヒップホップ・プロデューサー、ハリー・フロードをフィーチャーした『Montega』。ファースト、セカンドでトップ10をヒットしていたのに2019年のサード『Montana』(25位)以降は凋落傾向が続いていて、このアルバムもかろうじて50位内に潜り込んだ、というチャートアクション。

でもねえ、トラック聴くと悪くないんですよね。ちょっと90年代ヒップホップのスタイルも踏襲し、トラップは味付け程度に使っていて、「Keep It Real」なんてビートの使い方とかも結構工夫してるなあ、と最近のなーんも考えずにトラップやってる連中に比べれば遥かに聴く気がする出来になってます。捲土重来を期待しましょう。

"Meet The Moonlight" by Jack Johnson

そして47位初登場はジャック・ジョンソンの5年ぶりの新譜『Meet The Moonlight』。夏といえばジャック・ジョンソン!ということでここのところ6作連続トップ5を決めていたので、てっきりトップ10は堅いと思ってたんですが、何とこの順位。ちょっとビックリです。今回はあのアラバマ・シェイクスを手掛けたブレイク・ミルズをプロデュースに迎えてのある意味意欲作だと思うので、このマーケット評価はちょっとキツイなあ、と。

もちろん基本のJJのスタイルは変わってなくて、そこが今のメインの音楽消費層であるティーン層からは受けてない、ということなんだろうと思うんですが、今回のこのアルバム、変な言い方ですが、いつもよりよりロックな感じでレイドバックしてる、そんな感じで、まだ2回くらいしか聴いてませんが結構気に入ってます。ここに挙げた「One Step Ahead」なんか、ブレイク・ミルズ色がうまーくJJの味と融合してる感じですしね。何しろ2019年のフジロックでライブで観たあの感動も忘れられないんで。

"Lavender Days" by CAAMP

どんどん行きます。ぐっと下がって83位初登場してきたのは、R.E.M.と同じオハイオ州アセンズ出身のフォーク・ロック・バンド、CAAMPの3作目にして初のチャートインアルバムとなった『Lavender Days』。シングルの「Believe」が先月ビルボード誌のトリプルA(アダルト・オルタナティブ・ロック)チャートで2週1位を記録してたんで、ちょっと気になってたんですが、チャートインしてきました。

最近の若いバンドには珍しくエレクトロな音は使わず、バンドサウンドでレイドバックした感じのフォーク・ロックなサウンドを展開するバンドでうん、なかなかいいですよ。ボーカルのイヴァンのハスキーな感じの声がちょっとユニークで夢見るような感じでこれもいいです。ちょっと注目かも。

"Closure/Continuation" by Porcupine Tree

そしてこちらも90年代から活動しててカルト的な根強い人気のある、ここ最近メディアでもよく名前を見るイギリスのバンド、ポーキュパイン・トゥリーの13年ぶり(!)の新作『Closure / Continuation』が90位初登場。本国UKでは今週2位初登場と、彼ら最大のヒットとなってるこのアルバム、リーダーのスティーヴン・ウィルソンが2010年にソロ活動を初めてからバンドの存続も危ぶまれていたらしいんですが、実は密かにレコーディングを進めていたらしく、今回めでたく完成、リリースとなったという曰く付きの作品。

自分は不勉強にしてこのバンドはよく知らないのですが、サウンド的にはかなりポップな後期クリムゾン、といった感じのハードでテンションの高いミニマルな様式美がなかなか印象的なアルバムです。UK2位もむべなるかな、って感じで。

"Big Money" by Money Man

そして今週最後の初登場は95位に入ってきた、アトランタのラッパー、マニー・マンの22作目のミックステープ『Big Money』。アトランタにありがちですが、彼も今年36歳のベテラン・ラッパーで、2020年にリル・ベイビーのリミックスのおかげでシングル「24」がHot 100の49位にチャートインしてやっと日の目を観たというなかなかの苦労人ではあります。

2019年頃からミックステープがBB200の50以内にコンスタントにランクインされはじめてたんですが、今回はかなり残念な順位になってますね。まあ聴いてみましたがいやいや絵に描いたようなあまり芸のないトラップ・アルバムって感じなんで無理もないかとは思いますが。

ということでトップ10内4枚、圏外8枚、合計12枚の初登場といきなり今週大賑わいのBB200でした。ここでいつものように今週のトップ10のおさらいですが、リル・ダークの『7220』が、13曲追加されたデラックス・エディションのリリースで5位に18位から返り咲いてます(順位、先週順位、週数、タイトル、アーティスト、<総ポイント数/アルバム実売枚数、*はHits Daily Double調べ>)。

1 (2) (8) Un Verano Sin Ti - Bad Bunny <115,000 pt/1,000-枚>
*2 (-) (1) Growin’ Up - Luke Combs <74,000 pt/28,000枚>
3 (1) (2) Honestly, Nevermind - Drake <73,000 pt/1,192枚*>
*4 (-) (1) Breezy - Chris Brown <72,000 pt/5,000枚>
*5 (18) (16) 7220 ● - Lil Durk <68,000 pt/971枚*>
6 (3) (6) Harry’s House - Harry Styles <63,000 pt/16,789枚*>
*7 (-) (1) Im Nayeon: The 1st Mini Album - Nayeon <57,000 pt/52,000枚>
8 (5) (77) Dangerous: The Double Album ▲2 - Morgan Wallen <51,000 pt/1,049枚*>
*9 (-) (1) Superache - Conan Gray <43,000 pt/27,000枚>
10 (6) (9) I Never Liked You - Future <43,000 pt/154枚*>

さて今週の久しぶりに初登場で賑やかだった「全米アルバムチャート事情!」いかがだったでしょうか。最後に恒例の来週1位予想ですが、今回の対象期間は7/1-7。この期間、強力なニューリリースは見当たらず、イマジン・ドラゴンズシャインダウンあたりがトップ10に入って来そうなくらいで、今週とは打って変わって静かな週になりそうです。そんな中またまたバッド・バニーが10万ポイント前後でしぶとく来週も1位に食い下がるような気がしますねえ。ではまた来週。

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