今週の全米アルバムチャート事情 #92- 2021/8/14付
賛否両論悲喜こもごものオリンピックも閉会。うちの娘は期間中イベント運営サポートの仕事で開催のいろんな実態を見ていたようで、明日から休暇で実家に帰ってくるからいろんな話を聴くのが楽しみ。一方2年ぶりの甲子園が入れ替わりに始まり、こちらはもう少しストレートに応援できるんですが、一般客は入れないといいながら一塁側三塁側スタンドの密度合いを見ていると心配です。高校球児に罪はないのですが…
今週もお送りする「全米アルバムチャート事情!」、連動ポッドキャストも先ほど配信してますので、暑いお盆の週末、くれぐれもコロナに気を付けてゆったりと過ごしながらお楽しみ下さい。
さて今週は8/14付Billboard 200全米アルバムチャートのご案内。そして予想通りの1位はまあ当然のごとくぶっちぎりで初登場した、ビリー・アイリッシュのセカンド・アルバム『Happier Than Ever』。今回は238,000ポイント(うち実売153,000枚で今週のアルバム・セールス・ナンバーワンです)と、2年前にやはり1位初登場したデビュー・アルバム『When We All Fall Asleep, Where Do We Go?』の313,000ポイント(実売17万枚)にわずかに及ばないポイント数で、これだけ実績とハイプが蓄積されている中でこの倍くらいは行くのでは、と思っていただけにやや意外。まあ、ここ1年以上「My Future」(2020年6位)、「Therefore I Am」(同2位)、「Your Power」(今年10位)、「Lost Cause」(同27位)そして「NDA」(同39位)と今回のアルバム収録のシングルヒットをガンガン飛ばして、言わば新譜リーク状態になっていたので、今回のアルバムリリースが特にストリーミング激増、とならなかったという要因を考えると、これでもまあ凄い数字と言えるでしょう。
何せ今回の実売枚数のうちヴァイナルLPだけでも73,000枚売っていて、この73,000ポイントだけで2位のザ・キッドLAROIの『F*ck Love』の総合ポイント数(65,000)を優に上回っちゃってるから、今回はこれまでストリーミングで聴いてたビリーの新曲をフィジカルで、というファンによるセールスの勢いが大きかったことを物語っています。一方ストリーミングの方がショボかったかというと全然そんなことなく、84,000ポイント(オンデマンドストリーミング1.14億回相当)と先週のザ・キッドLAROIの総合ポイントとほぼ同じくらいなので、ビリー向かうところ敵無し、という感じ。結果総合の238,000ポイントは6月のオリヴィア・ロドリゴ『Sour』の初登場1位の295,000ポイント以来最高のポイント数でした。
今回のアルバム収録曲16曲中、タイトルナンバー「Happier Than Ever」(今週Hot 100に11位初登場)を筆頭に、Hot100に9曲が登場しているビリー、今回のアルバムの楽曲の方は前作同様聴いた瞬間ビリーと判るものばかりですが、前作の楽曲にあった先進的なエッジのようなものが少し丸くなった感があり、一方楽曲としての完成度は明らかに上がっているように思います。さあ来年のグラミーの主要賞(特にアルバム部門)、ビリーとテイラーとオリヴィアの三つ巴の激突で、いつになく予想が難しいグラミーになりそう。
今週トップ10内初登場2枚目は、4位に55,000ポイント(実売50,000枚)で初登場してきた、プリンス殿下逝去後初のオリジナル・アルバム『Welcome 2 America』。トップ10には来るな、と思っていたのですが、ビリー以外は商いが薄い今週のチャートで結構上に入ってきました。このアルバムの元となった音源は、プリンスが2009-2010年頃にミネアポリス御殿のスタジオで、ベースにジェフ・ベック・バンドでの鮮烈なパフォーマンスで今世紀一気にその存在感を確立した女性ベーシスト、タル・ウィルケンフェルドと、ゴスペル・シーンでの活動が中心ながらパワフルなパフォーマンスで多くに支持されているドラムスのクリス・コールマンとの3人で録音した音源をベースにしているとのこと。
タル嬢の起用の理由は、ちょうど彼女がブレイクした2008年頃、YouTube等で彼女のプレイを見ていたプリンスが惚れ込んで彼女に声をかけたというのが真相らしい。ただ彼女のインタビューなどを読むと、彼女のベースプレイの録音は、プリンスからただコードの指示がある以外に何の指示もなく、歌詞やメロディも知らされない中ただひたすらコードプレイを行った結果だったよう。そして基本3人での録音が完了した後に、ジミヘンの『Jimi Hendrix Expericence』にヒントを得て、ニュー・パワー・ジェネレーションのメンバーによるキーボードとコーラスを乗せて最終形が作られたのですが、その後現在までお蔵入りになっていた、そんな蔵出し音源のようです。まあ何にせよ殿下の没後5年にして初めて届いた、正真正銘の新曲音源、ファンとしてはたっぷり楽しみたいですね。
そして今週トップ10内初登場3枚めは、41,000ポイント(実売5,000枚)で7位に飛び込んできたテネシー州チャタヌガ出身の今やベテラン・ラッパー、アイザイア・ラシャードの3作目のチャートインにして初のトップ10となった『The House Is Burning』。このラッパー、あまりよく知らなかったんですが、この前のアルバム『The Sun’s Tirade』が2016年に17位にチャートインして一躍ブレイクしていたようです。
そこから5年ぶりの新作となったこのアルバム、70年代っぽいサウンドビットやさりげないサウンドエフェクトなんかを散りばめたトラックをベースにしたトラックが多く使われていて、オールドスクールヒップホップや、90年代のアウトキャストなどのサザン・ヒップホップへのオマージュ(ところどころ早口になるフロウとかそういう感じ)が感じられる作風がかなりいい感じ。何よりもトラップっぽいサウンドが単に調味料的に使われていて、トラックの幹の部分は明らかにケンドリック・ラマーなんか同様、オールドスクールなスタイルを踏襲しているのがいいですね。よく見たらケンドリック・ラマーと同じトップ・ドーグ・エンタテインメント所属だし。KLに通じる新しいスタイルのコンシャス・ラッパーって感じで結構気に入りました。
ということで今週のトップ10内初登場はこの3枚。久しぶりに賑やかなトップ10ですが、トップ10圏外100位までも今週は賑やかで、初登場が7枚入ってきてますので、ちょっと飛ばし気味に行きますね。
まずは圏外一番人気初登場は16位に入ってきたのは、グレイトフル・デッドの『Dave’s Picks, Volume 39: The Spectrum, Philadelphia, PA - 4/26/83』。そう、デッドのライブ・テープ・コレクターの一人として有名なデイヴィッド・ラミューさんによるよりすぐりライブ音源集第39弾ですね。彼以外にもうひとりディックさんって方も有名なデッド・テープ・アーカイヴィストで、この人が1993〜2005年にかけてデッド音源を集めた音源集を36枚発表しているのに対して、このデイヴさんは2012年に同様の活動をスタートして今回の第39集まで来たというわけ。今回はフィラデルフィアのスペクトラムという会場でやった1983年のライヴの完全収録盤です。
次いで22位初登場は、去年7月にキー・グロックとのコラボ盤『Dum And Dummer』が8位、その直後の8月にソロの『Rich Slave』が4位、そして今年3月にはまたまたキー・グロックとの『Dum And Dummer 2』が8位と、ここ1年で3作のトップ10アルバムを放って乗ってる感じの、故ジュースWRLDのいとこでもあるラッパー、ヤング・ドルフのコンピレーション・アルバム『Paper Route iLLUMINATi』。イルミナティへの言及があるタイトルが何かヤバそうな感じ満載ですが、このアルバムはヤング・ドルフが、何度も共演してるキー・グロックを含む、ペーパー・ルート・エンパイヤ(PRE)というメンフィス・ラップ・シーンのラッパー集団とコラボしているトラックを集めたもの。
全13曲中10曲はドルフが入っていて、実質彼のアルバムにPREの連中がフィーチャーされてるという感じの作品みたいです。ただその中でブルックリン出身の女性ラッパー、ジョディがフィーチャーされてる「333」ではあのリル・キム並の存在感を示してるんで、今年36歳のヤング・ドルフは実績も作ったしそろそろ引退を考えてるという噂もあり、今回はこういう若手ラッパー達を売り出すためのプロジェクトのようですね。
続いて26位に登場したのは、先日引退を表明したと思ったらすぐに現役復帰をアナウンスしたロジックの通算8本目でボビー・タランティーノ・シリーズ3作目になるミックステープ『Bobby Tarantino III』。黒人と白人混血で、フランク・シナトラをロール・モデルとして敬愛しながら2017年には自殺相談ホットラインの電話番号をタイトルにしてアレッシア・カーラとカリードをフィーチャーした「1-800-273-8255」が大ヒット、グラミー賞のソング・オブ・ジ・イヤーにノミネートされるなど、社会的な視点をラップで表現するロジック。ボビー・タランティーノの名前は、彼自身の本名ロバートの愛称ボビーと、彼が多大な影響を受けてヒップホップへの道を決めるきっかけになったという映画『Kill Bill』のクエンティン・タランティーノ監督から取ったもの。
今回のミックステープは、2019年アカデミー賞主演女優賞に映画『Harriet』の演技でノミネートされた、シンシア・エリーヴォがフィーチャーされた「Inside」を含む12曲とフルアルバム並の造りで、いつものソフトなエミネム的なロジックとはちょっとまた一味違ったちょっとルースな感じのフロウが全開の作品になってるようですね。
27位には、NYのインディ・ポップ・バンド、ブリーチャーズの3作目『Take The Sadness Out Of Saturday Night』が初登場。このブリーチャーズ、ご存知の方も多いと思うけど、もともとNo.1ヒット「We Are Young」のファンのメンバーで、最近ではテイラー・スウィフト、ロード、ラナ・デル・レイ、クライロといったポップ・スター達のプロデューサーとしても有名で、今年昨年と2年続けてグラミー賞の最優秀プロデューサーにもノミネートされている、ジャック・アントノフのソロ・プロジェクトです。
幅広いコンテンポラリーなインディ・ポップ作品を次々にプロデュースしてヒットさせてきた彼らしく、このアルバムも様々なスタイルのポップ・ロック・チューンが満載。また、プロデューサー業の関係で得た多彩な人脈を駆使してということなのか、いろんなアーティストが参加。目玉はあのブルース・スプリングスティーンをフィーチャーした先行シングル「Chinatown」(アコギをフィーチャーした力強い楽曲でボスっぽいw)やラナ・デル・レイをフィーチャーした「Secret Life」(こちらもトラックの感じがラナっぽい)で、その他にもセント・ヴィンセントことアン・クラークやザ・チックス(元ディキシー・チックス)の連中がバックコーラスで参加したりしててなかなか楽しげな作品。ちょっとインディ・ロック寄りの今時のポップの総集編的な感じで聴けますので、今のポップ・トレンドを知りたい人にはいいかも。
ちょっと長くなってきたので走りますね。ちょっと下がって54位に初登場してきたのは、あのブルース・ブラザーズの二人の出生地ということになってるイリノイ州カルメット・シティ出身の女性R&Bシンガーでラッパー、ティンク(本名:トリニティ・ローリアレ・ホーム)のセカンド・アルバム『Heat Of The Moment』。
前作のデビューアルバム『Hopeless Romantic』(2020年99位)からワンランクアップした成果となったこのアルバムで、そのオープニングを飾るタイトルナンバーでセンシュアルにコンテンポラリーながら正当派のR&Bバラードを歌うティンク、なかなかいいですね。全体を通じても浮遊感と歌唱力を兼ね備えた歌声が凜とした感じとセクシーさの両方を感じさせるティンク、トラックの感じと歌のスタイルがケラーニとかサマー・ウォーカーとかジェネ・アイコとかSZAといったあたりによく似ていてこのスタイルのR&B好きな方にはかなりお勧めですね。R&Bアルバムチャートでも今週5位初登場です。
続いて56位初登場は、サウスカロライナ州セネカ出身のクリスチャン・ロック3人組のニードトゥブリーズ(NEEDTOBREATHE)の8作目になる『Into The Mystery』。地元セネカで牧師だった父親の関係で教会まわりで育ったベアとボーのラインハート兄弟を中心に地元の大学卒業後に結成されたニードトゥブリーズ、南部の環境で育った彼らの出自を反映してか、アメリカーナ・ロック的音楽スタイルの楽曲を中心に、メインストリームにもアピールする作品を出し続けてます。2008年にCCM(コンテンポラリー・クリスチャン音楽)界のグラミー賞とも言われるダヴ・アウォードを受賞したのがきっかけでサードアルバム『The Outsiders』がBillboard 200で20位にチャートインしてブレイク、そこから『The Reckoning』(2011年6位)『Rivers In The Wasteland』(2014年3位)『Hard Love』(2016年2位)と一気にヒットを連発。ちょうど2010年代、CCMが90年代後半に続いて盛り上がった時期でした。
ただそれ以降はチャート上は下降線で、今回は『The Outsiders』でブレイク以降チャート的には最も地味な結果になってます。ただ、キャリー・アンダーウッドをフィーチャーした、コーラスが盛り上がるカタルシスな曲調が印象的な「I Wanna Remember」とか、楽曲にはなかなかレベルの高いものが揃っていて、アメリカーナやカントリー・ロックがお好きな方にはお勧め。本来CCMの作品ってポップ・ロック的にはクオリティの高いものが多いですからね。
そして今週の圏外100位までの初登場のラストは、60位に初登場してきた、テキサスはオースティン出身の新進カントリー・シンガーソングライター、パーカー・マッカラムのサード・アルバムで、メジャーのMCAナッシュヴィルとの契約後初のフルアルバム『Gold Chain Cowboy』。ファースト、セカンドアルバムはインディからリリースしていた彼がメジャーと契約して第一弾の、2000年代アメリカーナ・ロック風のシングル「Pretty Heart」(2019年36位)でブレイク。この曲を収録したEP『Hollywood Gold』も昨年無事Billboard 200の99位にチャートインしていました。
タイトルの通り、ゴールド・チェインのネックレスをトレードマークにしているらしく、かといってヒップホップ・アーティストと共演したりはしないようで(笑)「Pretty Heart」の路線で、正当派アメリカーナ・ロック系カントリー・ポップ楽曲を聴かせてくれます。よく言えば聴きやすいけど、悪く言うと個性の部分でどうかな、ということでこれからいかに自分を代表するようなヒットを飛ばせるかが勝負ですね。
ということで以上今週のトップ10及び圏外の初登場のご紹介でした。ここでいつものようにトップ10をおさらいします(順位、先週順位、週数、タイトル、アーティスト)。
*1 (-) (1) Happier Than Ever - Billie Eilish
2 (1) (54) F*ck Love ● - The Kid LAROI
3 (2) (11) Sour ▲ - Olivia Rodrigo
*4 (-) (1) Welcome 2 America - Prince
5 (3) (6) Planet Her - Doja Cat
6 (4) (30) Dangerous: The Double Album ▲ - Morgan Wallen
*7 (-) (1) The House Is Burning - Isaiah Rashad
8 (6) (9) The Voice Of The Heroes - Lil Baby & Lil Durk
*9 (10) (70) Future Nostalgia ▲ - Dua Lipa
10 (8) (8) Hall Of Fame ● - Polo G
さて今週8/14付Billboard 200の解説をお送りした「全米アルバムチャート事情!」いかがだったでしょうか。ここで最後に恒例の来週1位予想(対象集計期間は8/6-12)。注目は来週ビリーがどれだけポイントを減らすかですが、今回の238,000ポイントの3分の2にあある153,000ポイントが実売だったので、ここは多分半分以下になるでしょうから、ストリーミングの水準を維持できればまだ15万ポイント程度はキープできそう。これに対抗しそうなのが…そう、以前から出るぞ出るぞといいながら発売延期され続けてきたカニエの新譜の8/9リリースが見込まれていたんですが、8/5にアトランタのメルセデス・ベンツ・スタジアムで行われた第2回目のリスニング・イベントが、アップル・ミュージックのライブストリームで540万人ものビューアーを集めたにもかかわらずまたどうやら延期。カニエが来れば間違いなくぶっちぎり1位だったんでしょうが。従って来週はビリーが1位キープの可能性が高いですねえ。ではまた来週。
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