今週の全米アルバムチャート事情 #252- 2024/9/7付
松山英樹選手は残念ながら年間チャンピオンはならず、されど大谷翔平選手は前人未到の43/43を達成。9月もスポーツは依然熱い中、日本では台風10号がようやく収束、アメリカはこの週末レイバーデイ・ホリデーということで夏の終わりと初秋の訪れを感じる季節になってきました。と、同時に来年2月に授賞式が開催される第67回グラミー賞のノミネート対象期間も8月30日で締め切られ、これから年始にかけてはグラミー賞関連予想も盛り上がる季節になってきました。また年末にかけては年間アルバムランキングなど、いろんな企画で別記事もアップしますので、皆さんどうかお楽しみに。
今週の全米アルバムチャート、9月7日付のBillboard 200の首位はやはり予想通り、サブリナ・カーペンターが最近の「Espresso」「Please Please Please」の大ヒット連発の勢いを駆って、6作目のアルバム『Short N’ Sweet』で見事初登場1位を飾りました。彼女のこれまでのキャリアハイは、前作『Emails I Can’t Stand』(2022)の23位でしたから、大ヒットのおかげで今回大きな飛躍を遂げたことになります。しかも出力が予想以上に大きくて、362,000ポイント(うち実売も大きく184,000枚)という、今年5番目に大きいポイント数での1位。5番目といってもテイラーの『The Tortured Poets Department』の初週(261万ポイント)、2週目(439,000ポイント)、5週目(378,000ポイント)に、ビヨンセの『Cowboy Carter』の初週(407,000ポイント)に次ぐ出力なんで、実質今年3番目の大出力アルバムということになります。えらい出世ぶりですな。今週UKでも堂々初登場1位です。
言うまでもなく、今年のサブリナの大ブレイクの最大の要因は、彼女がテイラーのエラス・ツアーに昨年8月以降のラテン・アメリカ公演と、今年前半のオーストラリア・シンガポール公演のメイン・オープニング・アクトとして一気にスウィフティーズを中心にメインストリームへの露出を果たしたことですが、今回のアルバムでも全曲共作して同世代の女の子の心情に響く等身大のポップでキャッチーな楽曲を発信してる、ってのが大きいんだと思います。今回のアルバムではこれまでの中で一番自分がクリエイティブ・コントロールを取れた、自信作だ、みたいなコメントを本人もしてるので、乾坤一擲の作品、ということなんでしょう。さっそくテイラーもリリース日にインスタで「最高のアルバムね!みんな買ってあげて!」と強力なサポートメッセージを上げて、これも売上・ストリーミングに大いに貢献したことは間違いないでしょう。もちろんマーケティング的にもテイラーをお手本に抜け目なく、フィジカルもLP9種類、CD5種類、カセット2種類そしてデジタル・アルバム4種類を用意してブラストをかましてますね。更に、デジタル・アルバムにボートラを1曲加えたバージョンを、チャート集計対象期間最終日限定で2種類、それぞれ4.99ドルで販売するという、正に「1位を狙いに行った」マーケティングをやってますから、まあ首位取るべくして取ったということですね。
ただそのサブリナの首位も決して盤石だったわけではなく、先週「トップ10来るかも」と言ってた、トラヴィス・スコットの10年前のミックステープ(これまでサウンドクラウドのみで視聴可能)の正規版リリース(フィジカル+ストリーミング)『Days Before Rodeo』が何と361,000ポイント(うち実売331,000枚という、テイラーの『TTPD』初週の191万枚に次ぐ今年2番目の実売枚数)とわずか1,000ポイントの僅差で2位に初登場してきてました。今回このリリースに合わせてリリース前日の8/22にはアトランタでこのアルバム12曲中10曲をパフォーマンスするライブをやってたことから、実はネットでは急遽トラヴィスがサブリナに迫るかも、という噂は立ってましたが、まさかここまで僅差とは。だからサブリナが集計期間最終日にマーケティング・ブラストやってなかったら、首位はサブリナじゃなくて、トラヴィスだったかもしれません。ちなみに首位と2位が1,000ポイント以内の僅差というは今年これが3回めで、1回目は64,000ポイントでほぼ同ポイントだった、1/13付のテイラー「1989 (Taylor’s Version)」とモーガン野郎の「One Thing At A Time」、2回目は2/17付のトビー・キース「35 Biggest Hits」(66,000ポイント)とこっちもモーガン野郎「One Thing At A Time」(65,000ポイント)でした。
さすがに10年前の音源ということもあって、最近のトラヴィスのトラックに比べてトラップ色がやや強めですが、それでもトラップ一辺倒にならず、ワンアンドオンリーな音像と佇まいでのトラックが多いのはさすがというところでしょうか。うちのヒップホップヘッズの息子に訊くと「ああ、もう10年前から大好きだよ」というトーゼンといった反応。ということは古くからのトラヴィスファンが待ちに待ったオフィシャルリリース、ということでデジタルアルバムに人気が殺到したのも判る気がします。彼のお薦めは、10年前はまだデビュー仕立てでブレイク前だったはずのThe 1975の「M.O.N.E.Y.」をサンプリングして、ビッグ・ショーンをフィーチャーした「Don’t Play」、ルーサー・イングラム「If Loving You Is Wrong」のイントロのギターの音だけをループに使ってるという渋い「Mamacita」、エレクトロなトラックをバックにトラヴィスがぶちかます「Basement Freestyle」、そしてマーヴィン・ゲイの「Distant Lover」のライブ音源の一部だけをこれもループに使ってる「Backyard」だそうです。確かにどれも強烈に印象を残すトラックですわ。名作時を経ても錆びつかず、という感じですね。
今週のトップ10内初登場はもう1枚、48,000ポイント(うち実売34,000枚)で8位に飛び込んできた、ここ数年カントリー界の注目の女性シンガーソングライター、レイニー・ウィルソンの5作目『Whirlwind』。グラミー賞の最優秀カントリー・アルバムや、CMAアウォードとACMアウォード両方のカントリー業界賞の年間ベスト・アルバムを受賞したブレイク作の前作『Bell Bottom Country』(2022)は51位でしたから今回彼女も一気にトップ10、大出世というわけです。彼女の場合、自分自身のヒットもさることながら、ここ2年の間にハーディとの「Wait In The Truck」(2022年23位)、ジェリー・ロールとの「Save Me」(2023年19位)の他、クリス・ステイプルトンやポスティとの共演など、いろんなところに露出していたのが今回一気にこの順位に結実したということでしょう。
今回も前作以上に、自信に満ち溢れた佇まいで正統派のカントリー・ポップ楽曲を歌うレイニーらしい、かなりクオリティの高い作品になってると思います。大御所ミランダ・ランバートと共作・共演している「Good Horses」でも、完全に主役を取っているのはレイニー。彼女の発声は、ドリー・パートンを彷彿とさせる、南部っぽいトワング(訛)がかなりいい感じで、そのあたりも彼女の存在感あふれる歌唱の大きな要素の一つでしょうね。アップテンポな先行シングルの「Hang Tight Honey」は今のところHot 100では61位とチャート的には振るいませんが、彼女の場合今後はますますヒットとは別にシンガーとして、ソングライターとして広く支持される、そんなタイプのアーティストに育っていくような気がします。引き続き要注目ですね。
さて圏外11〜100位に目を向けると、初登場は今週4枚。そのうち一番人気はこちらもカントリーのトーマス・レット、7作目になる『About A Woman』が19位にチャートインしています。とはいえ、2010年代は最初の5枚は連続トップ10、うち3作目『Life Changes』(2017)と4作目『Center Point Road』(2019)は連続全米ナンバーワンだったんで、チャート的にはコロナ以降やや下降気味、といったところでしょうか。2021年の「What’s Your Country Song」(29位)以降ポップのクロスオーバーヒットがない、というのもその理由の一つなんでしょう。
今回のアルバム作りに当たっての本人のコメントによると、いわゆる正統派カントリーのサウンドというよりも、80年代ポップのビートやサウンドイメージを意識して作った、ということですが、同じように80年代やR&B/ヒップホップサウンドを意識したサウンド作りをしているモーガン野郎に対する対抗意識的なものもあったのかもしれません。モーガン野郎との仕事が多いチャーリー・ハンサムも冒頭の「Fool」に入ってますし。いずれにしてもカントリー・ポップ・アルバムとして聴く分にはちょっとレトロな感じが心地よい感じではあります。「Don’t Wanna Dance」では歌詞が途中でホイットニーの「I Wanna Dance With Somebody (Who Loves Me)」の歌詞にまんますり替わってるあたりは「そこまでやるかー」と笑っちゃいましたがw
そのすぐ下20位に入ってきたのはティト・ダブルP(本名:ロベルト・ライハ・ガルシア)のデビュー・アルバム『Incómodo』。誰?という人も多いと思いますが、彼はココ数年全米でトレンドになっているリージョナル・メキシカン・ミュージック、コリドーをブレイクさせた一人、ペソ・プルーマの従兄弟で、ペソのアルバムでも共作やプロデュースで支えてきたところ、今回自分も晴れてデビュー、ということみたい。
内容はもうもう、ベタなコリドーです(笑)。アコギとホーンがスタッカートなリズムで、民族情緒たっぷりのメロディを奏でて歌う、という感じ。ただペソがちょっといなせな感じで、ヒップホップあたりの影響も感じさせるのに対して、ティトは発声もガラガラ声で、あくまでもいなたく(笑)迫ってます。当然このあたりの人たちとのつながりも多いので、従兄弟のペソをはじめとして、こちらもコリドー・ブレイクのきっかけを作ったエスラボン・アルマドやナタナエル・カノー、グルーポ・フォンテラなどリージョナル・メキシカンのアーティスト総出演といった趣ですね。しかしこういうのをしっかり聴く層が全米にかなりいるんだなあ、と改めて思った次第。
さてラテン系が続きます。ぐーっと下がって82位に初登場しているのは、こちらはバッド・バニー系のプエルトリコ人ラッパー・レゲトンシンガーのマイク・タワーズ。5作目の『La Pantera Negra』が久しぶりにトップ100にチャートインしています(100位内チャートインは2021年のセカンド・アルバム『Lyke Myke』の36位以来)。
この人もラテンでは人気のある人で、あっちの方ではラテン・ゴールド・ディスクやプラチナ・ディスクのヒットを沢山持ってますが、なかなかメインストリームにはクロスオーバーしてきません。それでも去年2023年には「LaLa」がHot 100で43位まで登るヒットになったので、このアルバムからもクロスオーバーヒットが飛び出すかもしれません。基本「Otra Oportunidado」のように、明るいレゲトンのリズムで歌いながら、途中途中ラップしていくというのが十八番のスタイルなんで、このあたりが来るかも。ちなみにバッド・バニーをフィーチャーした「Adivino」は一時Hot 100の61位にチャートインしてるのでこっちが再チャートイン、というのもあるかもしれません。
カントリー、ラテンと続いて今週の最後はバリバリのロックで。97位にエントリーしてきたのは、昨年くらいからロック・ファンの間では話題のアイルランドの5人組、フォンテインズD.C.の4作目『Romance』。UKではファーストの『Dogrel』(2019年UK9位)がその年のマーキュリー賞にノミネートされたり、既に前作『Skinty Fia』(2022)がナンバーワンになったりしてますが、全米では今回が初チャートインとなってます。ちなみにUKでは2位初登場と高い人気を誇ってますね。自分は参戦日の関係で観れませんでしたが、先日のフジロックにも登場し、レッド・マーキーで熱いステージを展開していたようです。
アイルランドといえば古くはU2、最近だとボノの息子率いるインヘイラーやこのバンドなど、UKバンドとはまたちょっと違った個性あるバンドが多いですが、彼らももともとジャック・ケルアックやアレン・ギンズバーグといった60〜70年代のビート詩人に影響を受けて詩集を出版したのがバンドの始まりということで、バンドとしてはポスト・パンクという風に言われることも多いですが、演奏する楽曲はパワーで攻める、というよりも叙情感溢れる映像的な世界観を表現する、みたいなものが多いようで、自分は聴いてて初期のR.E.M.なんかを連想してました。もともとビート詩人に傾倒していたり、バンド名を映画『ゴッドファーザー』の登場人物から取ったりと、アメリカのポップ・カルチャーにもかなりつながってる感じもあったし。あとメンバーのインタビューを読むと、結構ヒップホップ(Jディラ)やビッグ・ビート(プロディジー)なんかにも影響を受けたと言ってるので、彼らのサウンドはまだこれからどんどん進化していくのかもしれません。自分的なベスト・トラックは力の抜けた、レイドバックな感じの「In The Modern World」かな。
ということで今週は100位までに7枚初登場というわりかし賑やかな週でした。一方Hot 100に目を移すと、今週も首位でとうとう通算8週目1位を記録したシャブージーの「A Bar Song (Tipsy)」はまあいいとして、さすがにサブリナの勢いが凄く、従来からチャートインしていた「Please Please Please」(3位)と「Espresso」(4位)に加えて今週「Taste」が2位に初登場、ワンツースリーならぬツースリーフォー・フィニッシュを決めています。凄いですねえ。そろそろシャブージー政権も終わりではないかと思うので、来週あたりは今週の勢いで「Taste」が首位を取るかもしれません。では今週のトップ10おさらいです(順位、先週順位、週数、タイトル、アーティスト、<総ポイント数/アルバム実売枚数、*はHits Daily Double調べ>)。
*1 (-) (1) Short N’ Sweet - Sabrina Carpenter <362,000 pt/184,000枚>
*2 (-) (1) Days Before Rodeo - Travis Scott <361,000 pt/331,000枚>
3 (1) (2) F-1 Trillion - Post Malone <111,000 pt/12,000枚>
4 (2) (23) The Rise And Fall Of A Midwest Princess - Chappell Roan <72,000 pt/18,000枚>
5 (4) (78) One Thing At A Time ▲5 - Morgan Wallen <58,000 pt/895枚*>
6 (3) (19) The Tortured Poets Department - Taylor Swift <57,000 pt/4,656枚*>
7 (5) (15) Hit Me Hard And Soft - Billie Eilish<53,000- pt/7,000枚>
*8 (-) (1) Whirlwind - Lainey Wilson <48,000 pt/34,000枚>
9 (6) (9) The Great American Bar Scene - Zach Bryan <41,000 pt/366枚*>
10 (8) (92) Stick Season ▲2 - Noah Kahan <37,000 pt/2,731枚*>
久々にアルバムチャートのトップがワンツーパンチで強力な新譜で様変わりとなった今週の「全米アルバムチャート事情!」いかがだったでしょうか。最後に恒例の来週の1位予想ですが(チャート集計対象期間:8/30~9/5)、来週は強力な新譜がない中、サブリナとトラヴィスがどのくらい減らすか、が焦点になりそうです。そうなると、売上・ストリーミングのバランスが良くて、シングルもHot 100に3枚入っているサブリナの方が、今週のポイントのほとんどがデジタルアルバム売上で来週は大きく減らしそうなトラヴィスに比べて分がありそう。多分半分くらい減らして15万ポイントくらいで余裕の2週目1位、というのがありそうなシナリオです。それ以外にトップ10にはビッグ・ショーンの久しぶりのアルバムが入って来そうです。ではまた来週。