今週の全米アルバムチャート事情 #190- 2023/7/1付
ここのところ空梅雨気味で暑い日々が続く一方、先週でコロナ隔離終了してるのに未だに時折出る咳と倦怠感で体調が万全でない日々。何とか来月末のフジロックまでには体調を万全に戻しておきたいものだけどなあ。とにかくしばらくはあまり無理せず、体力回復に努めるしかありません。せいぜい大谷翔平選手のホームランに元気をもらいながら(笑)。
さて今週からチャート上は7月入り、7月1日付のBillboard 200、全米アルバムチャート。今週は楽勝でヒップホップのガンナがぶっちぎり1位だろうと思っていたら思いの外勢いがなく、一方で先週予想時にはリリース予定には影も形もなかったKポップのATEEZがいきなり首位を取る勢いで登場したものの、何とわずか4,500ポイントの差で、今週も1,500ポイントしか落とさない110,000ポイント(1%減、うち実売4,500枚)という相変わらずのしぶとさでモーガン野郎の『One Thing At A Time』が通算14週目の1位をキープしちゃってます。
これでモーガン野郎が2位と1万ポイント以下の僅差で首位をクリンチしたのは3回目、そしてそのいずれもがKポップ勢を抑えての首位クリンチでした。前回は5月13日付チャート(モーガン野郎9週目の首位の週)にSEVENTEENの『10th Mini Album: FML』がわずか3,000ポイント差で2位、その前はその前の週の5月6日付チャート(モーガン野郎8週目の首位の週)にAgust Dことシュガの『D-Day』が9,000ポイント差で2位に甘んじてました。そして気が付いたのが、このモーガン野郎の14週の1位の間に実はヒップホップ勢はまったくと言っていいほどモーガン野郎の1位に迫ってないこと。この期間に一番モーガン野郎に迫ったのは、彼がテイラーの『Midnights』リイシューで首位撃墜された今月10日付のチャートで、2位のモーガン野郎に3位で1,000ポイント差で肉薄していたリル・ダーク『Almost Healed』くらい。この記事を3年半前にスタートしてから、いつも圧倒的なストリーミング・ポイントを背景に爆上がりしてきたヒップホップ作品を数多く見てきたので「ヒップホップ勢はチャートに強い」という固定イメージがあったけど、ことここ半年くらいに限って言うと実はヒップホップのチャート・パワーがガタ落ちしてきてるのでは、ということに思い当たった。直近で圧倒的なポイント数で1位を取ったのは去年11月のドレイク&21サヴェージの『Her Loss』(404,000ポイントで97%がストリーミング・ポイント)。それ以降モーガン野郎以外で圧倒的な1位はR&B(SZA)、Kポップ(TXT、ストレイキッズ)そしてテイラーくらい。ヒップホップ系ではさっきのリル・ダーク以外ではトップ5にヤングボーイ・ネヴァー・ブローク・アゲインが2枚入れてるくらいで、これはひょっとしてヒップホップの退潮期に入っているのかも、と思った次第。モーガン野郎の1位はロクなもんではないけど、こういうチャートの潮目に目を向けてくれるということではまあ無意味ではないのかもね。あとそうそう、今週のHot 100ではモーガン野郎の「Last Night」とルーク・コムズのトレイシー・チャップマンのカバー「Fast Car」が1位と2位を独占、カントリーの曲が1位と2位を独占するのは1981/2/21〜3/7の4週間、ドリー・パートン「9 To 5」とエディ・ラビット「恋のレイニー・ナイト(I Love A Rainy Night)」が独占して以来何と42年ぶりでした。
さてその4,500ポイント差で惜しくも2位に甘んじたのがKポップのATEEZの『The World EP.2: Outlaw』(105,500ポイント、うち実売101,000枚で今週のアルバム・セールス・チャート1位)。今年1月に7位に入った5曲入りシングル・アルバム(EPと何が違う?)『Spin Off: From The Witness』、昨年8月に3位に入ったEP『The World EP.1: Movement』に続く3枚目の全米トップ10を決めてますが、普通だったら1位取れたのに惜しかった。そして今回このEP、UKアルバムチャートでも10位に初登場。いよいよKポップ人気、UKにも本格的に広まってきたか。
今回も前回のEP同様6曲入り(これ、Kポップでは標準みたいですね)で、例によって何と21種類のコレクティブルCDパッケージに、ランダムでフォトカードなどのグッズが同梱されているという、Kポップアーミーの財布を動員したセールス戦術でこのポイントを稼いでます。フルシャンテが見たら怒りそうなタイトルのシングル「Bouncy (K-Hot Chili Peppers)」とか聴いても、内容的には前回までのパワー・ダンス・ポップ路線で、MVは近未来SF風、という正直何となくマンネリ化しつつある感じですが、まあKポップ・アーミーの皆さんにとっては関係ないんでしょう。しかし何でこのレコード、リリース・スケジュールに載ってなかったんでしょう。解せん。
先ほどのヒップホップのチャートにおける退潮説を裏付けるかのように、先週ぶっちぎり1位だと思ってたガンナの『A Gift & A Curse』は85,000ポイント(うち実売1,000枚)で遙かに引き離された3位初登場でした。1位だった前作『DS4Ever』(2022)が初週15万ポイント、その前のこれも1位だった『Wunna』(2020)が初週11万ポイントだったので、普通にこれくらい出力していればモーガン野郎を優に上回ったはずなんですが、やはりヒップホップ退潮の一つの現象なのか。
一方、ガンナはレーベルの親分、ヤング・サグ他レーベルの他のラッパー達と、昨年5月に組織犯罪法(RICO)違反のかどで逮捕されてたんですが、未だにヤング・サグは拘留中にもかかわらず、一部の罪状を認めて昨年12月に釈放されてたので、どうもヒップホップ・コミュニティではガンナに対して「密告者だ」とか「裏切り者」などという非難が集中してたみたいで、このアルバムはそういう噂や非難を全面否定している、という内容らしいので、そういうこともストリーミングや売上にマイナスの影響があったのかもしれません。まあこれでガンナの汚名がそそがれるかどうかは不明です。
今週トップ10内初登場のもう1枚は、先週予想で名前を出していた、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ(QOTSA)の通算8作目のスタジオ・アルバム『In Times New Roman…』が40,000ポイント(うち実売36,000枚)で9位に初登場。前作『Villains』(2017)では「Uptown Funk」のマーク・ロンソンをプロデュースに迎えて、ダンスグルーヴを採り入れてTレックスにもオマージュをみせていたQOTSAですが、コロナを経過して6年ぶりにリリースした今回のアルバムはまた初期のヘヴィーでローなサウンドに回帰した力作に仕上がっているようです。
冒頭の「Obscenery」や「Paper Machete」といった曲のギラ付くような骨太ギター・サウンドや、ブルース・ロック的な重たいリフを聴くと「おお今回はかなりガチで来てるな」という感じはしますね。前作も音楽メディアの評価は高かったですが、今回も安定した評価を広く得ているようです。個人的には自分が初めて聴いてノックアウトされた『Songs For The Deaf』(2002年1位)の頃のようなパワーを感じます。そして今回もUKでも人気で今週アルバムチャート初登場2位。急遽フジロックに登場!とかないかなあ。
ということで今週トップ10内の初登場はKポップとヒップホップとヘヴィロックというバラエティ満点の3枚でしたが、圏外11位から100位までの初登場は今週は2枚と少なめ。しかもいずれもブラック系の結構な好作品です。まず58位に初登場しているのは、今やアトランタ・ヒップホップシーンの重鎮となった感のあるキラー・マイク、6作目のソロアルバム『Michael』。ジャケでニッコリ笑っているのはおそらくマイク自身の少年時代でしょうが、頭に悪魔の角を生やしていてその上に天使の光輪(ヘイロー)が浮かんでいる、といういかにも意味深なデザインです。常に今のアメリカに生きる黒人として何を言うべきか、を強く意識した作品をソロで、またここ数年はプロデューサーのエルPとのデュエット、ラン・ザ・ジュエルズ(RTJ)としてこれまで発表して来て、シーンから高く評価されているキラー・マイクのこと、どんな内容かと興味津々で聴き始めたところ、その充実した内容に思わず唸ってしまいました。
冒頭の「Down By Law」のゴスペル風のイントロから一気にカーティスをサンプリングした重量感たっぷりのベース・トラックに乗ったキラー・マイクが、黒人コミュニティに対して語りかけてくるようなフロウが迫力満点。最後にまとめ上げるかのようにメランコリーに歌うシーロー・グリーンの歌もこのアルバムが生半可な内容じゃないことを感じさせます。そしてアルバムを聴き進めると同じように全体はゴスペルとファンクが基調になったトラックに乗せて、現状を嘆く「Shed Tears」や、ブラック・コメディアンのデイヴ・シャペルが「アメリカで黒人でいるってのはノルマンディー上陸作戦の真っ只中にいるみたいなもんだ。あちこちで仲間がやられても、ただひたすら行くしかないんだ」とキラー・マイクに諭す「Run」などを聴くと、これはひょっとして去年のケンドリック・ラマーのアルバムに匹敵するような今年のヒップホップを代表すべき作品じゃないか、と思えてきました。ゲスト陣も昔からのアトランタ仲間のアンドレ3000(アウトキャスト)やヤング・サグにあら懐かしいR&Bのジャッギド・エッジの他、タイ・ダラ・サインや6LACK、Blxstら若手のアーティスト達も配する中、あくまで本篇の主役はマイクの骨太なフロウ。そしてケンドリックの作品がそうであったように、時折使われるトラップっぽい音像よりも全体を渦巻くゴスペルとどろどろとしたファンクの方が耳に飛び込んできて、聴くほどに聴く者を引き込むような感じ。これは何度か聴かなきゃいかんな。
もう1枚の圏外初登場は66位に入って来た、ナイジェリアのシンガー、アサケのセカンド・アルバム『Work Of Art』。デビュー作の『Mr. Money With The Vibe』も66位だったので2作連続66位というなかなかない記録を達成してます。ナイジェリアからここのところ次々に輩出されてるアフロビート系アーティストも、バーナ・ボーイやウィズキッドとかが流行った頃は一過性かな、と思っていたら最近はウィズキッドと「Essence」で組んでたテムズが「Free Mind」で今年に入って22週間R&B/ヒップホップ・エアプレイチャートの首位を独占したり、Hot 100でもセリーナ・ゴメスを担ぎ出したリマの「Calm Down」が全米3位の大ヒットになったりと、どうやらKポップやリージョナル・メキシカンと並んでワールド系の一勢力になってきた感があります。
ナイジェリア現地では「アルテ(alternative、の意味らしい)」と呼ばれるこうしたアーティスト達が展開する、アフロビートを使ったダンサブルでレイドバックでアップビートな音楽、今のTikTok世代にはおそらく何の抵抗もなく受け入れられてるんでしょうね。今もこれを書きながらアサケのこのアルバムを聴いてたら、横にいたカミさんが「ずいぶん楽しそうなの聴いてるじゃん」と言ってくるくらいだから。もはや英語なんだかナイジェリア語なんだか、とかは関係ない、2020年代のフィールグッド・ミュージックとしてこのアルバムあたりも機能していそうです。これからの夏にはあちこちで聴かれるんでしょうね。
ということで今週はトップ10で3枚、圏外で2枚の都合5枚の初登場があった全米アルバムチャート。初登場以外で目についたのは、先週惜しくも1位取れなかったナイアル・ホーランの『The Show』が今週なんと80位にダウンしてました。このあたりの記録も今度調べておいて、またご披露しますかね。では今週のトップ10おさらいです(順位、先週順位、週数、タイトル、アーティスト、<総ポイント数/アルバム実売枚数、*はHits Daily Double調べ>)。
1 (1) (16) One Thing At A Time - Morgan Wallen <110,000 pt/4,500枚>
*2 (-) (1) The World EP.2: Outlaw - ATEEZ <105,500 pt/101,000枚>
*3 (-) (1) A Gift & A Curse - Gunna <85,000 pt/1,000枚>
4 (4) (35) Midnights ▲2 - Taylor Swift <60,000 pt/11,000枚>
5 (8) (28) SOS ▲2 - SZA <48,000 pt/5,602枚*>
6 (9) (128) Dangerous: The Double Album ▲5 - Morgan Wallen <46,000 pt/844枚*>
7 (5) (3) Spider-Man: Across The Spider-Verse (Soundtrack) - Metro Boomin’ <42,000 pt/797枚*>
8 (7) (4) Almost Healed - Lil Durk <41,000 pt/100枚*>
*9 (-) (1) In Times New Roman… - Queens Of The Stone Age <40,000 pt/36,000枚>
*10 (10) (200) Lover ▲3 - Taylor Swift <40,000 pt/5,918枚*>
今週もモーガン野郎が1位で盛り下がり気味の「全米アルバムチャート事情!」いかがだったでしょうか。それでは最後にいつもの来週1位予想(チャート集計対象期間:6/23-29)。今回もひとえに11万ポイント以上を叩き出すモーガン野郎以外の新譜があるかどうかですが…いやあ厳しいねえ。トップ10初登場候補としてはまだ獄中のヤング・サグを筆頭に、コイ・リレイのデビュー・アルバム、ケリー・クラークソンの新譜やキム・ペトラスあたりだけど、ヤング・サグだって前作9万ポイントしか出してないし、これだと来週もまたモーガン野郎の天下変わらずかなあ(暗澹)。ではまた来週。