今週の全米アルバムチャート事情 #138- 2022/7/2付
今週からとうとう暦も7月、つまり2022年の後半に入り、史上最速で梅雨明けしてからこっち、連日猛暑が続いてますが、皆さん熱中症等注意して元気で過ごしていますか?7月後半には2年ぶりのフジロック参戦も予定している中、自分も体調管理に気を付けてこれからの夏を乗り切りたいと思います。
さて今週の全米アルバムチャート、7月2日付のBillboard 200は大方の予想に違わず、ドレイク通算11枚目の全米ナンバーワンとなった『Honestly, Nevermind』が堂々初登場1位に。リリースの前日に突然アナウンスされたこのアルバム、ちょっと予想外だったのはチャートポイントの低さと、アルバム全体の印象がこれまでと随分違うこと。まずチャートポイントは今回204,000ポイント(うち実売11,000枚)と、前作『Certified Lover Boy』(2021年、初週613,000ポイント)、前々作『Scorpion』(2018年、初週732,000ポイント)、その前『More Life』(2017年、初週505,000ポイント)といったここ数作の初週の勢いを大きく下回ってます。この間、2019年リリースの未発表やアウトテイク集『Care Package』が1位ながら初週109,000ポイント、というのがありましたがまあこれは例外と考えるべきなので、通常のフルオリジナルアルバムでここ最近の出力の半分以下での発信、というのは正直驚きでしたね。
で、もう一つの予想外のポイントが、実は一点目の予想外ポイントの要因だとも思うのですが、今回のドレイクのアルバム、2015年の『If You’re Reading This It’s Too Late』(こちらはちなみに初週535,000ポイントでした)で大きくトラップ路線に舵を切ってそのまま突っ走ってきたのを、一気に大きく路線を変更して、何とシカゴやボルティモア系と言われるハウス・ミュージックのビートを前面に出した、ダンストラック・アルバムになってるのです。ポスティが早々とトラップ路線からトラップやヒップホップ風味のメインストリーム・エレクトロ・ポップ路線にシフトして2018年の『Beerbongs & Bentleys』や2019年の『Hollywood’s Bleeding』で大ヒットを飛ばしたのは記憶に新しいところですが、ドレイクのシフト先はハウスかー!と驚くやら、ある意味面白いなと思うやら、なかなか今回アルバム通して聴くとトラップ・スターの新しい可能性を示しているようで興味深いところです。
しかし問題なのは、このトラップからハウスへのシフトが、これまでドレイクを支持してきた若いファンから受け入れられていないように見えること。今回の初週ポイント数の激減などは正にそれを示しているように見えます。メディアの評価は、先ほどの自分のコメント同様概ね好意的なものが多いようですが、若いリスナー達がドレイクに求めているのがあくまでトラップだとすると、なかなかキツいものがありますね。正直言ってトラップだけやってるラッパーはどんどん少なくなっていて、ポスティやドレイクのように路線自体をシフトしようとする者や、フューチャーとかのように歌っぽいラップの割合を増やしたりしてるのもいて、きっとラッパー達自体がトラップ(ドリルも同様か)の限界を感じてるのではないかと思うんですよね。この間のケンドリック・ラマーの新作もやっぱりそういう流れだし。でも若手リスナーがまだトラップにしがみついてるなあ、と思ったのは、今回のドレイクのアルバムで唯一トラップど真ん中で、21サヴェージをフィーチャーしている(今回それ以外に他アーティストをフィーチャーした曲なし)「Jimmy Cooks」が初週このアルバムのの中で最もストリーミングされてて(トータル2.5億回相当のうち、4000万回ストリーミング)今週Hot 100の1位に初登場しちゃってること。おそらく今回のアルバムでドレイクがやりたかったタイプの曲ではなく、何となく数合わせ的に「トラップも1曲くらい入れとくか」という感じがするこの曲が全米のリスナーに一番受ける、というこの何となく不健全な状況は何なんでしょうね。ちなみにこの「Jimmy Cooks」、UKシングルチャートでも今週7位で、アルバム曲の中では一番人気で初登場と、同様の現象が起きていることも付記しておきます(アルバムはUKチャート2位初登場)。
思わず考え込んでしまうこの状況につい筆が滑って長くなってしまいました。で、その考え込む状況を証明するかのように、8位に初登場してきたのは、ニューオーリンズ出身のベテラン・ラッパー、ケヴィン・ゲイツの5作目のトップ10アルバムになる『Khaza』(38,000ポイント、うち実売3,000枚)。こちら、バリバリトラップ作品です(笑)。2016年デビュー・アルバム『Islah』(2位)でブレイク以来、今回を含めてこれまでリリースしたフルアルバム3枚全てがトップ10、その他ミックステープも2作トップ10入りしてるという、まさしくトラップ好きリスナーの人気をがっちりつかんでいるラッパーですね。
このアルバムの先行シングルで、彼の2曲目のトップ40ヒットになってる、ジューシーJフィーチャーの「Thinking With My Dick(チ○ポで物を考える(爆)」(37位)というのもなかなか猥雑さ全開のタイトルですが、これがTikTokでヴァイラルになったというから、今時の若い衆、やっぱこういうのが好きなんだろうなあ。まあトラップの中ではまだ聴きやすい方だとは思いますが。サウスだけあって自分なんかは2000年代初頭に一時期流行ったクランクのリル・ジョンあたりを思い出してしまいました(クランクもリル・ジョンも正直どうでもよかったな)。
トップ10内初登場は今週はこの2枚。一方、圏外11位から100位までは、今週初登場は3枚とここのところのデビュー少なめのパターンが依然続いています。そんな中で、今週12位初登場と、わずかにトップ10を逃しているのは、おなじみ白人ベテラン・ラッパーのロジック7作目のフル・アルバム『Vinyl Days』。2018年の第60回グラミー賞のソング・オブ・ジ・イヤーに、自殺相談ラインの番号をタイトルにした「1-800-273-8255」がノミネートされて以来、メインストリームでの存在感もぐーんと上がった後、2020年には一旦音楽引退を発表。しかし、翌年には音楽復帰を宣言(何なんだ)、そこから最初のアルバムが今回の『Vinyl Days』。過去6枚のフルアルバムは、2枚のナンバーワンアルバム(2017年の『Everybody』と2019年の『Confessions Of A Dangerous Mind』)を含め、BB200ですべてトップ5をきめていましたが、今回始めてトップ10を外しています。
とはいうものの、今回のアルバムもロジックのソリッドで気合の入ったフロウが炸裂しているなかなかの出来で、メディアの評価も悪くないようです。何と懐かしやDJプレミアをフィーチャーしたタイトルナンバーや、ウータンのRZAをフィーチャーした「Porta One」など90年代ヒップホップ風炸裂のトラックがあるかと思えば、一緒に今頃ツアーしてるウィズ・カリファを配した「Breath Control」のようなR&Bテーマのオールドスクールな曲もなかなかいい感じ。まあドレイクと同じ週のリリースになったというのが不運だったんでしょう。
そして19位に初登場してきたのは、既にアルバムとしては5月13日にデジタルリリースされてたんですが、今回フィジカルリリースに伴ってやっとチャートに登場してきた、トム・ヨークとジョニー・グリーンウッドのレディへの2人を中心にした話題のスーパー・バンド、ザ・スマイルの『A Light For Attracting Attention』。USでは今回フィジカル出るまでチャートに入ってきてませんでしたが、本国UKではデジタルリリース時に19位にチャートイン、今回のフィジカルリリースで一気に5位にジャンプアップしてます。レディへ同様、サイケデリックで、アーティッシュなロックを展開する彼らのスタイルからいっても、またファンの消費動向から言っても、デジタルストリーミングでガンガン聴く、というよりもフィジカル買ってじっくり聴くというファンがほとんどでしょうから、まあ理解できるチャートアクションではあります。
アルバムオープニング2曲くらいは、2019年のフジロックで観たトム・ヨークのパフォーマンス同様音響系フリージャズっぽい感じの楽曲で、これはこれでなかなか聴いてて気持ちいいんですが、シングルリリースされた「You Will Never Work In Television Again」なんて、トム・ヨークがシャウトしながら、従来のロック的アプローチでやる楽曲で逆にえらく新鮮に聞こえました。メディアの評価も当然高く、メタクリティック86点を確保するなど、2022年を代表するロック・アルバムの一つになるんでしょう。ロッキング・オンあたり年間1位にしそうだな(笑)。
そして今週の圏外初登場最後は、39位に入ってきた、アトランタのベテラン・ラッパー、グッチ・メインの『So Icy Gang: The Reup』。どうやら2020年頃から「So Icy」シリーズでリリースしているコンピ・アルバム4作目になるようなんですが、コンピなのかオリジナル・アルバムなのかは判然とはしません(笑)。リアップ、と言ってるので、2020年の『So Icy Gang, Vol. 1』(46位)収録の何曲かをリミックスとかしてるような気もしますが、なにぶん全編いつものハードコアなトラップ一色なので、それもよくわからず(苦笑)。
まあ、T.I.やヤング・ジージーと並んで一応トラップのパイオニア、ということになってるグッチ・メイン、最初の方でも述べたように、まだまだトラップは若いリスナー中心に商売になってるようなんで、こういう垂れ流し的リリースでもそこそこストリーミングでチャート上には登場するんでしょうね。
ということで今週の初登場は以上。上記以外に、今週は6月18日に開催された今年2回めのレコード・ストア・デイでリリースされた、パール・ジャムの1998年のライブ盤『Live On Two Legs』(当時15位)と、プリンス(シンボル時代)1995年リリースの『The Gold Experience』(当時6位)がそれぞれカラー・ヴァイナル・リイシューされて、今週33位と47位にそれぞれ再登場しています。ではいつものように今週のトップ10のおさらいです(順位、先週順位、週数、タイトル、アーティスト、<総ポイント数/アルバム実売枚数、*はHits Daily Double調べ>)。
*1 (-) (1) Honestly, Nevermind - Drake <204,000 pt/11,000枚>
2 (2) (7) Un Verano Sin Ti - Bad Bunny <121,000 pt/763枚*>
3 (3) (5) Harry’s House - Harry Styles <79,000 pt/23,000枚>
4 (1) (2) Proof - BTS <75,000 pt/53,000枚>
5 (6) (76) Dangerous: The Double Album ▲2 - Morgan Wallen <52,000 pt/1,135枚*>
6 (5) (8) I Never Liked You - Future <49,000 pt/202枚*>
7 (4) (3) Twelve Carat Toothache - Post Malone <44,000 pt/3,002枚*>
*8 (-) (1) Khaza - Kevin Gates <38,000 pt/3,000枚>
9 (7) (6) Mr. Morale & The Big Steppers - Kendrick Lamar <36,000 pt/3,400枚*>
10 (8) (57) Sour ▲3 - Olivia Rodrigo <32,000 pt/10,000枚>
さあ今週の「全米アルバムチャート事情!」いかがでしたか。最後に恒例の来週1位予想。来週チャートの対象期間は6/24-30ですが、ここのところ毎週続いていたメガトン級新譜のリリースはさすがに来週は少しトーンダウンしそうですが、それでも余裕で15〜20万ポイントは叩き出しそうな2枚、クリス・ブラウンとカントリーのルーク・コムズの一騎打ちになりそう。それ以外では夏と言えばジャック・ジョンソン、そしてR&Bシンガーのギヴィオンの新譜あたりがトップ10に入って来そうです。ではまた来週。
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