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無自覚な特権について〜小説『ハッチバック』を読んで
第169回芥川賞に市川沙央さんの「ハンチバック」が選ばれました。
芥川賞の「ハンチバック」は、重度障害者の女性が主人公。親がのこしたグループホームで裕福に暮らし、ネット情報で風俗関係の記事を書くなどして収入を得ている。ある日、交流サイトに「妊娠と中絶がしてみたい」と投稿したのをヘルパーの男性に特定され、願望を実行に移す。
「ハンチバック」とは「せむし」という意味。主人公は、先天性ミオパチーで背骨がS字に曲がり、人工呼吸器と電動車いすを利用する重度障害の女性で、作者である市川さんも同じ病気に罹っています。
彼女の会見を見て、すぐに読みたくなり、Amazon検索したら、入荷が8月になると。
ダメ元で地元の書店に行ってみたら、ラスト1冊をゲット!
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思っていたよりも薄く感じましたが、内容を読んでずっしり。
これまでの「障害者」像を覆すような気がしました。
テレビでも映画でも小説でも漫画でも、「障害者」ってみんな、「清く、正しく、美しく」って感じで描かれることが多いと思います。
そういえば、はるか昔、「名もなく、貧しく、美しく」っていう、ろうの夫婦を描いた映画がありました。
そんな感じで、障害者は、みんなが応援したくなるように、なのか、清廉潔白な聖人、苦難に立ち向かう努力の人、みたいに描かれることが多いので、この作品のように「親の遺産で経済的に恵まれた」環境で、「風俗関係」の執筆で収入を得、エッチなことや残酷なことを考えている重度障害者が主人公って、あまりなくて、けっこう驚愕だなって。
まぁ、障害があったって、そもそも、その部分以外は「普通」の人間なわけで、どろどろした感情や欲があったって、当たり前なんだけど、なかなかそういう人物って描かれません。
というのも、そんな障害者を、当事者じゃない人が描くのって、なかなか難しいと思うから。
逆に言えば、同じ障害を持っている市川さんだからこそ、書けたのだと。
だって、「えー、障害者って、そんなはずない」って反論したくても、実際にその障害を持った人が書いているわけで、それって最強だから。
そういう意味で、画期的な作品なのですが、それ以上に彼女の会見が大きな反響を呼びました。
「私はこれまでこういう(当事者の)作家がいなかったことを問題視してこの小説を書きました。芥川賞は、重度障害者の受賞者も作品も初だと(報道などで)書かれるんでしょうが、どうしてそれが2023年にもなって初めてなのか。それをみんなに考えてもらいたいと思っております」
彼女のこの言葉が切り取られ、広がっていきました。それに対しても反論も広がっていきました。
「そもそも、障害者の数や比率を考えたら、これまで受賞者がいなかったのは、別に不自然でも、おかしなことでもない。」と、障害者数や人口比、芥川賞の選出回数など、数字で出している人もいました。
何かっていうと、障害者差別だ何だって障害マウントとるけど、健常者だって生きるのが大変なんだ、みたいな声もあったらしい、、、。
でも、彼女が考えてほしい、といったのは、差別のせいで受賞者がいなかった、差別しないでほしい、ということではなかったことは作品を読むとひしひし伝わってきます。
まだ未読の方も多いので本文の引用はしませんが、彼女が言いたかったのは簡単にいえば「読書のバリアフリー環境」の遅れ。
本を手に持って、そのページをめくって、そこに印刷された文字を読む
そんな、多くに人にとってはとるに足らない、当たり前にできるようなことができない人がいるということを知ってほしい、と。
賞を取るほどの作家になる人は書く以前に多くの本を読み、文章に親しみ、そのセンスを磨いてきていることでしょう。あるいは学術的なことも含めた、リサーチも必須で、そこからの発想や表現が生まれていくのだと思います。
でも、重度の障害を抱えている人は、そんな「本を読む」ことに多くの制限があるのです。少し前であれば、就学免除の名のもとに教育を受けることすらままならなかったくらいなのですから。そんな社会、環境が、重度障害者の読書や執筆、作家の誕生、そして受賞を阻んでいたということに気付いてほしい、そんな願いだったのではないでしょうか。
例えば、書籍の電子化が増えれば、四肢に障害のある人も視覚障害の方も読める本が増えます。そうすれば、障害者の作家も珍しくなくなっていく、そういう願いが彼女の作品や発言に込められていると思うのです。
彼女は記念撮影についても、「ちょっと(撮影時間が)長かったので、プルプルしてました」と振り返っています。(マイナビニュースより)
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そんなことに気付く人、いますか?
「はい、では記念撮影します。本を手に持って、笑顔くださいね」
カメラマンはきっと当たり前のように言ったのでしょう。
それが困難なことだと、思える人はなかなかいないに違いありません。
多くの人は自分が当たり前にできていることは「当たり前」だと思っています。というより、そもそもあえて考えることもないくらいかもしれません。
でも、本を手に持って自由に読めること、乗りたい電車に自由に乗れること、見たい映画を自由に見れること、参加したいイベントに自由に参加できること、それは当たり前のことではないのです。
出来ない人から見たら、それは喉から手が出るほど羨ましい「特権」なんです。
「特権」なんて書くと、障害者の方がいろいろ優遇されているじゃん、という声も挙がるでしょう。
「障害者割引とかあって、羨ましい!」と
でも、障害者割引は特権なんかじゃないんです。
「障害があると、他の人と同じように利用できない、楽しめない、だからその分、費用を減額してあげるね」ってことなんです。
本当は私たちは、同じ費用を払うから、同じように利用したい、楽しみたいんです。「割引」をバリアフリー出来ない免罪符にされているようで、悔しい。割り引かないでそのお金で、誰もが利用できる、楽しめる施設や環境にしてほしい。少なくとも私はそう思うのです。
以前、非難を浴びまくった、車いす女性の無人駅利用のときも、「障害者ということに胡坐をかいて、権利ばかり主張するな!」みたいに言われてました。
でもその権利は、「特権」ではなく、他の人と同じスタートに立つための「訴え」なんです。そもそもスタートから並べていないのですから。
多くの人は出かける時、わざわざ駅員さんに乗る電車を伝えますか?
そんなことをしなければならないのは、その人に障害があるからではなく、障害があると利用できない施設だからなんです。ホームへの移動も、電車の乗降もバリアフリー化されていれば、人の手を借りずに利用できるのです。人の手を借りなければならない人を責める人は、自分が人の手を借りずに施設を利用したり、出かけたり、本を読んだりできる「特権」を持っている、って、自覚してほしいです。
と、まぁ、つい熱くなってしまうのには、理由があります。
最近私は、映画やドラマ、動画配信を観ることにハマっているのですが、、
地上波の番組には字幕がつくことが多くなり、快適に視聴できるようになってきました。
でも、放送後によくある「続きはH〇L〇で!」とか、「T〇verでスピンオフ配信中」の文字を見るたび、絶望的に落ち込んむのです。
それらの多くは字幕がないから。
DVDやBlu-ray化されるのを待っても、日本語字幕がないことも多くあります。本編には字幕がついていても、特典映像にはほぼついていません。ケースの裏を見て、レンタルや購入を諦めることも続いています。
アイドルや推しの動画配信があっても、何を言っているか分からない悔しさ。
だれかが文字起こしをしてくれるのを待つしかない侘しさ。
観たい映画やドラマ、動画、アイドルの配信を当たり前に観ている人たちは、それを「特権」とは思っていないでしょう。
でも、私にとっては、今、まさに喉から手が出るほど欲しい「特権」なのです。マジ、羨ましい!
芥川賞作品への感想が、ドラマ「美しい彼 シーズン2」の配信@Huluも、「仮面ライダービルド」@レンタルDVDも、「画」を見るだけで我慢している私のグチになってしまいましたので、今日はこのあたりで。
ちなみに2019年6月に「読書バリアフリー法(視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律)」が成立しています。
今回の市川さんの作品や想いをきっかけに、建物等のバリアフリーだけではなく、読書や情報のバリアについても考えてくださる人が増えるといいな、と思います。
誰もが読書をできる社会を目指して~読書のカタチを選べる「読書バリアフリー法」~(啓発用リーフレット):文部科学省 (mext.go.jp)
読んでいただき、ありがとうございました。
書名:『ハンチバック』
著者:市川沙央
発売:2023年6月22日 文藝春秋
定価:1,430円(税込み)
ISBN:978-4-16-391712-2
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163917122
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