ポジティブな妄想の暴走
昔から、物事を己の都合の良いようにとらえてしまう癖がある。
たとえば小学1年生の頃、ピアノの先生に「今のはイマイチだね。イマイチって言葉の意味わかる?」と聞かれて「今、一番ってことですか?」と目をキラキラさせて答えたこと、とか。
小学4年生の時は、家の向かいにある駄菓子屋でやらかした。レジにお菓子を持っていき、財布をチャリチャリ鳴らしながら小銭を出していたら、レジ打ちしている店員さんに「おねえちゃん、ちょっと……耳貸して」と手招きされた。この瞬間、私はまたもや明後日の方向に妄想を爆発させた。
(実はこのお店のなかに不審人物がいて、お姉さんはこっそり私に助けを求めているに違いない!)
店員のお姉さんの方に身を乗り出して、私は小声で返事をした。
「なんでしょうか?」
精一杯声を低くして、なるべく頼もしく見えるように努めた。通報でも不審者の捕獲でも何でも手伝います、と心の中で付け加えた。しかし彼女が囁いた言葉は予想を大きく裏切る内容だった。
「……チャック開いてるよ」
私は赤面した。家のトイレからそのままお店に直行したせいで、ズボンのチャックを全開にしたままだったのだ。
都合の良い妄想癖は社会人になっても続く。銀行に入社して3カ月ほど経った頃のこと。配属先の支店の上司が、新入社員全員に誕生日を聞いて回っていた。「さては誕生日を祝ってくれるのか」とウキウキしていたら、2週間後に支店の先輩から保険の勧誘を受けた。生年月日は単に保険料の計算のために使われたのである。
同じ頃、上司と1対1で面談をする機会があり、「趣味は何?」と聞かれたので「カラオケです」と答えたら「もうちょっと詳しく」と要求された。
(この人は私のことをもっと知ろうとしてくれるんだ!)
例によって盛大な勘違いをした私は、「声を出すのがほどよいストレス発散になること」「一人でカラオケに行くのが好きで、学生の頃は週3で通っていたこと」「二十歳の誕生日にカラオケ屋に行ったら、一人なのにパーティールームを宛がわれ(勿論割増料金を払った)、知っている限りのバースデーソングを延々と歌っていたら寂しくなったこと」などを語り、上司はうんうんと頷いていた。後になって、同期から「あの面談って、趣味に時間と金をつぎ込みすぎていないか確認するためだったらしいよ」と告げられ膝から崩れ落ちた。
改めて書き起こしてみると、我ながら結構アブナイ人間のように思えるが、30年近く生きてきて職場や家族とのトラブルは起きていない。しかし、それすらも私の都合の良い思い込みのような気がしてならない。
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