剛腕羅刹のネクロマンサー
ミストラーデ聖教会が攻めてきたってことを伝えにかび臭い死霊研究室へ飛び込んだら、親父はすでに死んでいた。食べかけの愛妻サンドイッチ弁当に突っ伏して。
「あッほな死に様」
『そう言わんでくれ、娘よ』
「うわあ!?」
耳元でバリトンボイスに囁かれ、思わずビクった。紫色の人魂が浮いている。この死霊教団地下本部じゃ珍しくもないけど、声の主が問題だ。
「びびらせんなよクソ親父! くっせー息吐きかけやがって」
『魂が息を吐くか。反抗期め』
「つか、あれ? 何で魂だけ出てんだ?」
『ゾンビパウダーを摂取したからだ』
「はあ? やっぱあほだろ」
『まあ聞け。原因は俺じゃなくて』人魂はしょんぼりしたみたいに少し沈む。『母さんの生クリームサンドがな、苦かったんだ』
「……砂糖とゾンビパウダー間違えたんか、ママ」
『いつかやると思っていたな』
「治療薬は」
『切らしてるが、材料はある。悪いがお前、作ってくれんか』
「いやだめだ。んなことしてる場合じゃね――」
「追いつめたよ、ミナ・ユウギリ」
背後からの声にあたしは凍り付きそうになった。首を落とす剣戟をすっころんで躱せたのは、間違いなく偶然だ。
『ミナ!』
「可哀想だが、君は逃がせない。ここで死んでもらう」
白銀鎧の優男が言った。
あたしは尻餅をつき、情けない有様でそいつを見上げた。涙目で、歯を鳴らして、ローブの下でちょっぴり失禁。いけ好かない顔の男が哀れんでるってのに、罵れもしない。
あほのあたしは今さら知った。死ぬのはこわいって事を。
それでも死霊術師としての本能からか、あたしは無意識に《傀儡の糸》を出していた。手駒の死体をあやつる呪法。手駒? 全部こいつに始末された。無意味だ。
優男が剣を振り上げる。あたしはぎゅっと目を閉じた。
(ママ……、パパ)
その瞬間、あたしは気付いていなかった。糸がこの場にあるただひとつの死体――《剛腕羅刹のネクロマンサー》の死体と繋がったことに。
【続く】
(これは逆噴射小説大賞2020の没作品です)