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煉獄ホテルに死客あり!
死霊技術の最先端であるこの街にも、聖誕祭はかわらずやってくる。
「ねぇ。あたし怖い」
「大丈夫だ。俺がぜったい助けてやるからな」
女の手をひいて走りながら、男はいった。外気に反して体が熱い。こんなに生きた心地のする夜ははじめてだった。
行きかう群衆の大半は彼らを見ていない。労働者たちは魔法円を刻んだ瞳で推し悪魔の託宣動画を視聴し、若者たちは流行りのスケルトンボディで己の内骨を見せびらかすのに夢中だ。サッカー選手を夢みる少年はハイエンドモデルの屍足を母親にねだり、困らせている。
この街は頭のおかしい半死半生ばかり。生きてる奴に興味がない。だから大丈夫。大丈夫のはずだ。
「ねェ。あたシ怖い」
「大丈夫だって! いいかげん黙れよ!」男は怒鳴った。
白い街灯をあびた女の顔はなお白い。惚れた娼婦を拉致ッてゾンビパウダー漬けにしたはいいが、性急に過ぎた。壊れている。早いとこネクロハートを移植して、血を通わせなければ。だがどこの闇医者もヤツらの縄張りだ。どうすればいい?
男は焦り、冷たい空気をもとめて上を向いた。
そして、見た。
ビルの隙間の夜空にうかぶ、紫の火を灯した飛行体。プロペラの力学でなく、ポルターガイスト現象によって動く憑依型ドローン、通称《シャンデリア》。
やばい。見つかった。
その瞬間、街灯がいっせいに消え、また点いた。白から紫へ。聖なる色から、死の色へ。
死客たちが。くる。
「見ィつけェたニァァ~」
背後から甘ったるい声がした。男の心臓が跳ねた。弾かれたように振り向いた。
割れた群衆の中。肩と足を露出したゴスパン少女が、男を見ていた。縫合線のいりまじる顔に大きく陣取る猫の目で。
「アタイはゾンビィキャット。煉獄ホテル607号室。ええと、あと……まあいいニャ」少女はダークグリーンの鋭い爪をわきわきさせた。「ニャンかのニャンかによる罪で、おまえ処刑ニャ。猫ひっかき病にしてやるニャアー」
【続く】