![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/36476519/rectangle_large_type_2_b3bb708b39c9e8287222bbd3b25bfd40.jpeg?width=1200)
白狼の子たる修道女
農夫の胸の裂傷はひざまずく修道女の祈りによって光につつまれ、致命のものではなくなりつつあった。たおやかに組まれた祈りの手は魔物の血にまみれている。
「もう大丈夫です。あとは自然に治りますよ」
修道女レイチェルは耳にかかった金糸雀色の髪をかきあげて、微笑んだ。
通りがかりの修道女の奇跡の御業に、村人たちはざわついた。農夫をふくめ、感謝の意を述べる者はいない。悪意でなく、戸惑いゆえだ。
レイチェルは立ち上がった。長老が手を伸ばした。
「あ、あんた、どうなさる」
「魔物の巣をつぶします。森の奥ですよね」
「よしなされ! 襲ってきたのは赤肌の魔物ばかり……、きっと《アビスの血の池》が湧いたのじゃ。無限に相手することになりますぞ」
「今つぶさなければ、皆さんが危険です。攫われた人もいるのでしょう。私は行きます」
「じゃが……」
「お酒を用意して、待っててくださいね」
彼女はさっと髪をなびかせて、去った。村人たちはどよめきながら見送るしかなかった。
レイチェルは村を出て、黄昏を背にした森へむかう。その途中には、赤肌の小鬼の死体が数匹ぶん、転がっていた。彼女が殺したものだ。
彼女は歩きながら再び手を組み、祈る。
「「「ギギャーッ!」」」
森の暗闇から三匹の小鬼が飛び出した。
祈りの手をほどく。彼女の髪から色が抜け落ち、淡く光りだした。
彼女は白い風と化し、右手で手近な一匹の頭を、左手でもう一匹の頭を、すべりながら掴み、かち合わせた。二匹の頭蓋は半分ずつ砕けた。
「グギャーッ!」
三匹目が血に濡れた粗雑な剣を掲げて飛びかかる。
レイチェルは身を屈め、あぎとを開く。二対の牙が伸びた。すばやく頭を振り上げ、小鬼の首に噛みついた。大きく振りまわし、遠心力で胴体を引き千切った。
二つの死体を放り、一つの生首を吐き捨てて、彼女は森の奥へすすむ。憤怒の奥で、攫われた村人を想った。
「待ってて。こいつらみんな殺すから」
彼女はそう決めていた。