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地獄行きオクトーバー (1/10)



 十月になった。つまりハロウィンの季節だ。お姉が地獄から帰ってくる。

「ヘイ、ミナちゃんよ。炬燵にゃ早くね?」

 リビングまで入ってきたお姉は開口一番、呆れたように言った。
 わたしは炬燵に顎をのせたまま答えた。

「令和が悪いんだよ」
「寒がりちゃんめ。脂肪がたりんな」

 お姉は自分のおっぱいを鷲掴みにして、たゆんたゆんと揺らす。青い肌に黒いレオタード、翼に尻尾。どこに出しても恥ずかしくない本物のサキュバスだ。敵うわけなかろう。
 お姉は炬燵に入らず、わたしの隣でどっかと胡坐をかいた。股の食い込みがエグい。

「今年はひと月いられるの?」
「おうよ。この街のハロウィンも、混雑回避だとかで一ヶ月やるんでしょ。地獄も同じよ」
「よかった。嬉しい」

 お姉こと上園かみぞのマリアが人として死んだのは五年前のこと。両親を殺したヤクザに復讐するため、魔族と契約してサキュバスになった。そんで組員をひとり残らず搾り殺して、最後は魔族に連れてかれちゃったのだ。
 でも、毎年ハロウィンの日にはこうして帰ってきてくれる。しかも今年は一ヶ月。本当に嬉しい。

「あんた、仮装は用意した?」
「仮装? 修道女の服ならあるけど」
「おげ。信じられんセンス」

 お姉は舌を出した。やっぱり魔族だから嫌なのか。

「けどシスターとサキュバスの姉妹ってのは訴求力ありそうね。ふたりで出歩いて、近所のガキども片っ端から精通させっか」
「やだよ、社会的に死んじゃう……ふあ」

 欠伸がでた。お姉は片眉をあげる。

「寝不足? 顔色よくないよ」
「最近、お隣のタロが朝早くに吠えるんだよ」
「まだ生きてんだ。あいつナニもでかいよね」
「言わんでいい」
「よちよち、お疲れの妹ちゃんに、お姉がホットミルクをつくってやろう。特濃だぞ」

 そう言って、お姉は尻をふりふりさせながら台所に向かった。
 まるで昔みたいだ。

 わたしは願った。神よ、どうか一年中ハロウィンにしてください。



 十月二日。二階の自室。

 その日、わたしは久々に寝坊した。タロが吠えなかったのだ。どうも干からびて死んでいたらしい。わたしは寝ぼけた状態でお姉からそれを聞き、一気に目が覚めた。

「……お姉、まさか」
「ちがうちがう!」お姉はぶんぶんと首を振る。「あたしも犬はヌいたことないよ。まだ」
「まだ」
「それに、窓から死体みかけたけどさ、失血死っぽいじゃん。血はヌかねぇよ、サキュバスは」

 それもそうか。わたしは胸を撫で下ろす。でも、だとしたらいったい誰が?

「あたしが思うに、多分チュパカブラの仕業だわね」
「ちゅぱ?」
「お。なんかエッチ。もっかい言って」
「やだよ」

 チュパカブラ。未確認生物、いわゆるUMAとして有名な怪物だ。「ヤギの血を吸うもの」という名の通り、家畜を襲って吸血するのだという。目撃されるのは主に南米らしいけど……。

「ハロウィンだし、日本に出てもおかしくないか」
「そうそう。地獄でも魔族連中みんな盛り上がってたんだぜ。今年のハロウィンは長く滞在できるから、色々やってやろうって。どうせそのクチだね」

 うーん、そうか。お姉だけじゃなく、他の魔族も十月中はずっと居座るってことなのか。喜んでばかりもいられないかも。
 考え込むわたしを見かねたのか、お姉は「よし!」と腰に手をあてて、ぶるるんと胸を張った。

「心配なら、あたしが探してやっつけてあげる」
「お姉が?」
「タロとは何度かお腹を撫でてやった仲だしね。弔い合戦じゃ」
「でもお姉、相手は化け物だよ。サキュバスが戦えるの?」

 五年前にヤクザを相手にしていた時は、口に出すのを憚るような行為で精気を吸いとって殺していた。チュパカブラは人外だ。人型のサキュバスに欲情するかわからないし、仮にしたとしても、お姉がそういう化け物と致してるところは想像したくないし。

「大丈夫。サキュバスは蓄えておいた精気を力に換えて、肉体を強化できるのよ。ほら、こんな風に」

 お姉はお腹を突き出し、「ふん!」と力んだ。するとその腹筋が一瞬でバキバキに割れた。レオタード越しでもわかる見事なシックスパック。

「凄いね」
「でしょ。リンゴも素手で握りつぶせるぜ」

 自信満々だ。それでもわたしは心配だった。なんだか嫌な予感がする。
 お姉が部屋を出ていこうとする。わたしは意を決し、声をかけた。

「待って。わたしも行く」
「えー? いいよ、危ないよ。大学もあるんでしょ」
「サボるよ。せっかくの長いハロウィンだもん。お姉と一緒に歩きまわりたい」

 お姉はちょっと困った様子で眉を下げた。昔からよく見た顔だ。わたしが駄々をこねると、決まってこの顔をして、その次にはパッと笑ってくれるんだ。
 その通りになった。

「ま、いっか。あたしが守ってあげりゃいいんだしね。それじゃあ、さっさと着替えてもらえるかい、マイシスター」

 お姉は壁にかけてある修道服を親指で示した。



【続く】


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