灯台と茨の国
ボクが子供の頃、草と木と岩以外なんにもない小島で、父は言っていた。
「セシルよ。実はな、俺は王様なんだ。領土はこの島だ」父は赤銅色の太い腕を誇らしげに広げた。
「ふうん」ボクはウミネコを眺めるのに夢中だった。「国民は?」
「俺とお前だけだ」
「少ないね」
「それでもお前は立派な王族だ。いずれお前がこの素晴らしい国を継ぐ。だから誇り高く育つのだぞ」
……で、十年後の今、父は病に倒れた。逞しい躰もすっかり痩せこけて、見る影もない。
こりゃもうダメかなと思って早いうちに遺品の整理を始めると、高級そうな木箱の中に羊皮紙の書類を発見した。それは《ファール王国》の成立を承認する書類だった。土地はあの島。諸侯連合の印章つき。
「狂人の戯言じゃなかったのか……」
その時、玄関のドアが乱暴に蹴り開けられ、ボクと粗末な小屋を驚かせた。見すぼらしい髭面のおっさんが、斧を手に立っていた。
「見つけたぜ。それが例の王国の書類か? 命が惜しけりゃそいつを寄越しな、うらなり坊や」
「うらなり坊や……」
ボクはその言葉に苛立ちながら、テーブルを挟んでおっさんと向かい合い、じりじりと動いた。剣はどこだっけ。
「あんた誰? 何でそのことを知ってる?」
「どうでもいい。そいつがありゃ俺も王族だ。王子になれる」
「頭おかしいの?」
「そりゃテメーの親父だろ」男は笑う。「だがそのお陰で、俺にもチャンスが回ってきた。王子になりゃ、茨姫を起こしに行って、人生薔薇色だぜ」
茨姫。魔女に呪われ、百年も眠り続けている王女。解呪の方法は王子様の接吻。なるほど、そういうこと?
「さあ、分かったかよ、うらなり坊や」
「あのさ、ボク、女なんだけど」
「なおさらいいぜ」斧を構える。「寄越さねえなら、力づくだ」
「あっそ」
ボクはテーブルを蹴り上げた。おっさんは怯んだ。その隙に壁に立てかけてあった剣を掴み、引き抜いた。
うらなり坊やは構わないけど、こいつは父を侮辱した。許さん。
【続く】
(これは逆噴射小説大賞2020の没作品です)