![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/170386914/rectangle_large_type_2_430d3627bcb56da397d02d84e70947db.jpeg?width=1200)
エマニュエル・トッドが読み解く“トランプ時代のアメリカ”――世界的危機の鏡としての合衆国
Emmanuel Todd : L'Amérique de Trump, Miroir d'un Monde en Crise
今回は「エマニュエル・トッド:トランプのアメリカ ―危機に瀕する世界の鏡像―」は分解分析させていただきます。どうぞ、よろしくお願い致します。
![](https://assets.st-note.com/img/1737064083-Kamsl8eDz6gCbS1qGMcTj7E4.jpg?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1737064123-fZEeLarVC6ndKsG3lj2J81qS.png?width=1200)
Introduction
エマニュエル・トッド(Emmanuel Todd)は、家族構造や長期的な歴史、そして人口動態などのデータを駆使し、国際情勢を独自に分析する歴史家・人類学者として知られている人物です。今回の対談では、アメリカ合衆国がトランプ政権下で歩んできた道のりや、その背景にある深い長期的傾向に注目しつつ、ロシアやヨーロッパの動向、ウクライナ情勢に関する見解も提示されています。特に重要なのは、単に「トランプ大統領」という“一人の政治家”に注目するのではなく、現在のアメリカや西側世界が抱える「長期的構造の変化」や「社会的な衰退」を、より広い視点で捉え直すことだとされています。
トランプ元大統領の再登板や、ヨーロッパ諸国がアメリカ・ロシアとどのように向き合うかは、ニュース的な文脈では表面的に語られがちです。しかし、エマニュエル・トッドは、家族形態や教育水準、人口動態といった、社会の奥深くに存在する長期的な力学を踏まえないまま、指導者個人の発言ばかりを追うのは危ういと強く主張しています。
ここでは、「Emmanuel Todd : L'Amérique de Trump, Miroir d'un Monde en Crise」インタビュー全体で語られている内容を通して、エマニュエル・トッド独特の方法論やアメリカ国内外の状況への解説、そして歴史と現在がどのように交わっているかを読み解きながら、現代世界の危機や変容を俯瞰してみたいと思います。
今回の記事は以下「エマニュエル・トッド関連記事」マガシン「政治・経済・社会 の分析」マガシンに収録させて頂きます。
アメリカ理解の鍵:トランプ個人より「長期的流れ」に注目する姿勢
エマニュエル・トッドはインタビューの冒頭で、「人々はトランプの動向ばかり追いかけがちですが、そこだけに注目しても真の構造は見えてこない」と話しています。フランスの歴史学における「アナール学派」は、王や指導者など“一時的に現れる偉人”ではなく、人口構成や教育、家族構造など、より長期的かつ構造的な視点に目を向けてきました。トッドも同様に、トランプ個人の言動だけで世界を捉えるのではなく、アメリカ社会全体が長い歴史の中でどのように変化してきたのかを重視しています。
その際にトッドが用いる重要な指標は、たとえば乳幼児死亡率や平均寿命です。GDPを成長率という側面で見るだけでは、社会の本当の姿がわからないと指摘しています。たとえばアメリカでは、乳幼児死亡率が先進国の中で非常に高い水準にあり、ヨーロッパ諸国と比べても平均寿命が5年ほど短い現実があります。また、工業や軍需物資の生産量、エンジニアをはじめとする技術者の数などに注目すると、アメリカが抱える“実態としての弱さ”も浮き彫りになるといいます。一見絶好調にも映るアメリカ経済ですが、こうした構造的要因を考え合わせると、必ずしも盤石ではないことが見えてくるのです。
トッドはかつて、人口動態に注目することでソ連の崩壊を予測しました。現在のアメリカにも類似した兆候があるのではないかという警鐘を、彼自身は鳴らしています。格差の拡大や医療保険制度の不備といった、社会全体をむしばむ要因は統計的にも明らかだからです。
「勝者トランプ」ばかりが目立つ裏側で進むアメリカの苦境
トランプ大統領にスポットライトが当たると、一見「トランプ=強いアメリカ」という構図が生まれがちです。実際、メディアでもトランプ氏が“世界のボス”のように地球儀を指先で回しているイメージ画などがたびたび使われました。しかし、エマニュエル・トッドは、そうした表面的な演出がある一方で、アメリカが実際には歴史上かつてないほどの「屈辱」を味わっている可能性を重視します。彼が挙げるのが、ウクライナ紛争をきっかけとする対ロシア制裁の失敗です。
当初の想定では、ロシアに経済制裁を加えれば、ロシア経済を大きく後退させることができると期待されていました。ところが、制裁の影響はヨーロッパに深刻な打撃を与え、逆にロシアは国内経済を「保護」するチャンスを得ることになったのです。軍事面についても、ウクライナ軍への支援が十分に機能しているとはいえず、ロシアの砲弾などの生産量や継戦能力が上回る状況が続いています。そうした現実は、アメリカと西側諸国の産業力の空洞化を改めて示しているとトッドは指摘します。
一方で、こうした「制裁の逆効果」ともいえる事態は、アメリカの同盟国にも動揺を与えました。トランプは就任当初から自由貿易体制を見直し、同盟国への批判や侮蔑的な言葉をいとわず使うことでも知られています。そして、グリーンランドやカナダ、パナマ運河などに対しても、強引な圧威をちらつかせる言動が報じられ、従来の“友好国”たちも困惑を隠せません。エマニュエル・トッドは、これらの現象を「大国が衰退期に差しかかったとき、自分より弱い相手に当たることで鬱憤を晴らそうとする行動」に近いと見ています。
アメリカ国内の分断:ネオリベラリズムと格差拡大の果て
トランプ政権の1期目を振り返ると、保護主義的政策や移民制限に加え、大企業や富裕層に対して減税を行うなど、矛盾をはらむ政策が同時に打ち出されました。フリードリッヒ・リストが説いた「保護関税+国内の自由市場」という考え方とも似ているかもしれませんが、アメリカ内部の格差や教育水準の低下が非常に深刻なため、短期的に紹介されるような“成果”が長続きしないのです。
エマニュエル・トッドが特に注目するのが「教育の二極化」です。大学教育を含む高等教育を受けた30~40%ほどの人々が、自らをエリートと認識し、それ以外の層を“ポピュリズムに流される下層”とみなす傾向があります。その結果、社会のあちこちで階層的な亀裂が生まれ、トランプ支持層の“保守的な大衆運動”が勢いづく構造が強まります。これはヨーロッパでも似た現象が見られ、イタリアのメローニ政権やドイツのAfD、フランスの国民連合(RN)などが台頭する理由と重なります。
しかし、アメリカ特有の問題は、医療や大学教育が莫大な費用を個人に負担させる仕組みになっている点です。保険未加入者の増加や薬物問題の深刻化などが重なり、国民の不満や怒りは容易に爆発しがちです。一方で、シリコンバレーの巨大IT企業の経営者らは、自由市場を背景に莫大な富を得ており、近年はそうした資本家層がトランプ政権あるいは共和党系の政治を支える形にもなっています。このように、格差社会の最たる例としてアメリカの現実が炙り出されるのです。
ウクライナ戦争が暴いた「西側世界」の敗北と再編成
エマニュエル・トッドは、「ウクライナ戦争は西側世界、特にアメリカやNATOが抱える根本的な弱体化を明らかにした」と主張します。制裁を加えればロシア経済を打ち砕けるという期待は、むしろヨーロッパ経済を動揺させ、ロシア国内に産業を育成する機会を与える結果になりました。軍事的にも、ウクライナを支援するにもかかわらず、ロシアに対して決定的な打撃を与えるほどの生産力や人的リソースは西側になく、この事実が、かねて指摘されてきた空洞化の深刻さを証明しているのです。
一方、アメリカの目的も曖昧になっています。“民主主義と専制主義の戦い”という図式は国内外で語られますが、実際にはアメリカ自体も帝国主義的な論理で行動している場合が多く、ヨーロッパ諸国やカナダなど同盟国に対しても高圧的な態度を取ります。最近はトランプだけでなく、新興勢力となったシリコンバレーの大富豪らも政治に深く関わり、ロビー活動やプロパガンダを駆使して政策を自分たちの方に引き寄せようとしている状況です。トッドはこうした姿を、「勝利者のように振る舞うが、実は衰退の色濃いアメリカの苦しさ」が反映されているのだと見ています。
ヨーロッパ各国の苦悩:ドイツ、フランス、イギリスが直面するジレンマ
ヨーロッパ側の事情を見てみると、ドイツは軍事的には“依存国家”として長くアメリカの庇護を受けてきました。しかし、エネルギー供給をロシアに大きく頼ってきたドイツは、制裁と紛争の長期化の影響で自国の産業が停滞し、深刻なエネルギー高騰にも直面しています。ドイツ政府としてはアメリカの要求に従ってウクライナ支援に動いていますが、同時にロシアとの経済的つながりを完全に失うわけにもいかず、行き詰まりを見せているのです。
フランスはマクロン政権の改革が国民からの不満を呼び、社会の分断が加速するなかで、アメリカとの距離感をどう調整すべきか苦慮しています。イギリスはEUを離脱したものの、アメリカの強い影響下に置かれたままで、国内経済はブレグジットの影響もあり、不安定な状態が続いています。エマニュエル・トッドは、現状のヨーロッパを「アメリカからの圧力もロシアとの関係悪化も同時に抱える」という危うい立場だと分析します。
さらに、ドイツがこのまま大きく軍備強化に動かないことを「巧妙な回避策」と見る向きも興味深いです。もしドイツが本格的に軍拡を進めれば、ロシアとの緊張関係がさらに高まり、ドイツが対ロシアの最前線に立たされかねません。戦後において軍事力を限定し続けてきたドイツは、不本意にも「自国が占領状態にあるかのような屈辱感」を抱えてきましたが、それが結果としてアメリカやロシアの板挟みから逃れる意外な手段にもなっている、というのがトッドの示唆です。
「帝国としてのアメリカ」の終焉と、トランプ再登板の行き詰まり
トランプが再び大統領に返り咲くかどうかは大きなニュースとして取り上げられていますが、トッドは「実際に注目すべきは“トランプが誕生せざるを得なかったアメリカ社会”の脆さです」と主張します。保護主義や同盟国への圧力を駆使しても、産業空洞化の実情をすぐに立て直せるわけではありません。ドル覇権を維持したい一方で、輸入に頼らざるを得ない経済構造をどう変えていくのか、その論理的な出口は見えにくいのです。
さらに、シリコンバレーの大富豪たちが政権に深く入り込むことで、財界や閣僚が金融・ハイテク産業の利害を優先させる懸念も指摘されています。その一方で、アメリカ国内の教育やインフラ、医療制度は大きく後回しにされ、多くの国民が厳しい状況に置かれています。こうした不満は、民主党支持者との対立を激化させるだけでなく、保守・進歩の両陣営を越えた混乱を引き起こすおそれがあるとトッドは捉えています。
彼は、これを「敗北→分断→内部の軋轢」という歴史的パターンと結びつけています。特に軍事や経済で負けを喫した勢力は、まず外部への敵意を強めようとする一方、国内では不満と対立が噴出していくのです。エマニュエル・トッドが見立てるように、旧ソ連の崩壊時にも似たパターンがあり、アメリカもまた、その道をたどっているように映るのです。
むすびにかえて:衰退する西側世界と「平和」を模索する可能性
もしアメリカを中心とする西側世界が衰退の只中にあるとすれば、そこに希望は残っていないのでしょうか。トッドは、「アメリカが自由主義帝国として世界を支配し続けようとする動きは、すでに行き詰まっています」としながらも、ロシアやBRICS諸国の台頭が着々と進むのは、ある意味で構造的必然だと説明します。たしかに、新たな大国が登場することは地政学的なリスクを伴いますが、同時に西側が“覇権国ではいられない”と自覚すれば、対外的な軍事衝突を抑える方へ転換する余地もあるかもしれません。
トッドはインタビューの最後で「実は平和への道は、それほど難しいものではありません」と示唆しています。たとえばロシアは大国ではあるものの、人口数自体はそれほど多くなく、ヨーロッパを全面的に侵略するような体力は持ち合わせていません。アメリカやNATOが軍事的対立にこだわらず、もし経済や社会改革にエネルギーを注げば、緊張が一気に緩和する可能性もあるのです。問題は、アメリカ自身の国内システムが「軍事介入と覇権維持」に依拠する形になっているため、それを一気に改めることが困難なことでしょう。
エマニュエル・トッドの分析は、“トランプvsプーチン”など単純な対立図では語り切れない、奥深い構造的視点をもたらしてくれます。フランスのアナール学派が重視した、家族形態や教育、宗教や人口動態といった根源的な要素は、ニュースやSNSの断片的な情報に埋もれがちな私たちに、歴史の底流を捉える大切さを改めて思い出させてくれます。アメリカの帝国的な衰退はまさに歴史の転換点といえるかもしれませんが、その先には、もっと地に足の着いた国際秩序の可能性が待っているのかもしれません。
終わりに
エマニュエル・トッドは「現代の構造的危機は、覇権の消長だけでなく、社会の内側で進む価値観の崩壊と密接に結びついている」と主張します。アメリカをはじめとする西側諸国の人口動態や教育の退潮、そして富裕層と一般層との乖離は、どうしても長期的な社会の動揺につながり、一方で、ロシアやBRICS諸国などが独自の家族規範や宗教的価値観を保持し、国家の産業基盤を再形成する動きに出ている現実は、西側がその覇権を保ち続けることを極めて困難にしています。その中でトランプのようなリーダーの出現は、むしろ衰退を象徴しているのではないか、とトッドは警鐘を鳴らしているのです。
以上のように、今回のインタビュー内容は、単にトランプやバイデン、プーチンといった指導者個人の言動を追うだけでは見誤りやすい「長期的変動の重要性」を示唆しています。国家の浮沈は歴史のほんの一部分で起こる事件や政策だけではなく、何世代にも及ぶ人口動態や文化的背景、宗教や教育の仕組みに根を下ろして決定されるという視点は、現代のニュースフローに流されがちな私たちにとって、深い示唆を与えてくれるています。とりわけアメリカという世界最大の“帝国”が、どのように自らの衰退と向き合い、さらにヨーロッパや日本を含む“同盟国”をどのように扱ってゆくか。そのプロセスこそが、世界史の大きな変わり目をかたち作るのではないでしょうか?
しばしば私たちは、世界の激動を「遠い国の出来事」として眺めがちです。しかし、エネルギー価格の高騰、食料供給の不安定化、為替の乱高下など、日常生活すら直撃する経済変動を考えれば、こうした過程はリアルタイムで私たちの暮らしに直結しています。まさに“世界はどうなるのか”という問いが切実に突きつけられる今こそ、エマニュエル・トッドのような長期的視点から学ぶ意義は大きいのではないでしょうか?
![](https://assets.st-note.com/img/1737063665-fYeXjpwFOKdxLQVyNaZ6gkt1.png?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1737063861-lKtHk13qOmdr9BFvY2wney5Q.jpg?width=1200)
関連keywords= #エマニュエルトッド #EmmanuelTodd #アメリカの衰退 #DeclineOfAmerica #世界情勢 #WorldAffairs #ウクライナ戦争 #UkraineConflict #地政学視点 #GeopoliticalPerspective
いいなと思ったら応援しよう!
![Books Channel](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/9021644/profile_cfc58f387ed8520c10af62825401d1cc.jpg?width=600&crop=1:1,smart)