『祝祭』❷第一話 日はまた沈む
【人生を変えた1000冊の本棚シリーズ1】
『祝祭』❷/全8回
第一話 日はまた沈む
ポリコレが始まる数ヶ月前、私はまだファッションポリスではなく、フィットネスインストラクターとして忙しい日々を送っていた。毎日歯を食いしばり、がむしゃらに努力することが当たり前だった。
その日も、仕事を終え、疲れ果てて自宅に戻った。玄関で靴を脱ぎ、リビングに入ると、柔らかなソファに身体を沈める。天井の照明がぼんやりと光り、心の奥底にこびりついて剥がれない疲労が滲む。
「あれもできていない、これもできていない。できていないことばかりだ。もっと頑張らなきゃ。周りに迷惑をかけるわけにはいかない」
どうしても自分に「ない」ものばかりに目が行ってしまう。うっすらとした絶望感が足元からじわじわと身体を這い上がってくるようで、不快この上ない。いっそのこと、このままこの絶望に身をまかせてしまった方が楽になれるのだろうか。
仕事中は「できないことがあるってことは、まだまだ可能性があるってこと。チャンスだよね!」と明るいめぐみんでいられる。でも、自宅の玄関のドアを閉めた途端に、明るいめぐみん仮面は脆くも剥がれ落ち、孤独と不安が首をもたげ始める。
私が弱いせいだ。
まだまだ自分を甘やかしすぎているのかも。
もっと自分に厳しくしなきゃ。
他人の力を借りず、自分一人でやり遂げなければならないんだから。だからこそ、どんなに疲れても、自分を鞭打ち続けた。何かを成し遂げるために。でも、いったい何を……。
「頑張らないと、何も手に入らないんだ……」
今日も自分に言い聞かせる。決して忘れないように。
しかし、その夜は特に疲れがひどかった。心も身体も限界に近づいていた。鏡の前に立ち、自分の顔を見つめる。疲れきった私がいる。目の下のクマが酷い。
「どうしてこんなに頑張っているのに、うまくいかないんだろう……。何度も自問するうちに、心の中で何かが崩れていくのを感じた。いつからこんなことになってしまったんだろう……」
鏡の中の私は、何も答えを返してはくれない。
はぁ――。
ため息をつき、リビングに戻りソファに深く腰を下ろす。
静かな部屋で、自分の声だけが響く。
「あの頃は良かったな……」
ふと、過去を振り返ることが嫌いな自分に気づく。
今この瞬間、自分が見落としている何かがあるのではないかと感じた。その何かはとても大切なもののような気がする。しかし何も思い出せない。思い出しても、心が軽くなるわけではない。でも、本当にそうだろうか。
今は、毎日が仕事に追われ、自分自身の時間を持つこともままならない。
「もう少し頑張れば、何かが変わるかもしれない……」
そう自分に言い聞かせながらも、心の奥底では疲れ果てていることを自覚していた。頑張り続けることでしか、自分の価値を感じられない私は、いつの間にか、自分を見失っていた。価値ってそもそも何だろう。希望や再生は、どこかに見つけることができるのだろうか。
その夜、ベッドに横たわりながら、胸の奥から搾り出すような深いため息をついた。明日もまた、同じように頑張らなければならない。そう思うと、重い心の中に、一筋の希望も見えなくなってしまった。
「頑張らないと……でも、もう頑張れない」
その矛盾した思いが、私の心を締め付ける。
私はまだ大丈夫。
私はすでに心が壊れていることにすら気づいていなかった。
つづく。