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戯れうたCOMPLEX(24)

それなりに長いネット歴があると、まあそんなこともあるなということを書こうと思う。

ネット越し五年を経ても声だけでまだ見ぬ友と交わすおはよう
(2024/07/06)

今でこそLINEやスペースでの音声コミュニケーションは日常的になったものの、ネットが一般的になる前は、原則として文字ベースでのやりとりが基本だった。「一般的になった」という感覚は、年代によっても異なるだろうが、ネットへの「常時接続」が通常となったのを契機と見るのは妥当なのかもしれない。

その後、mixiやTwitterといったSNSが勃興してきたのを私はリアルタイムで経験し、東日本大震災とか、スマホの登場といったこともあって今日に至るのだが、ざっくりとこの15年前後くらいがネットが急速に一般化したのだと言えるのではなかろうか。

そして今日、対面で知り合っている知人よりかは、ネットを介して知り合っている知人の方が増えてきているし、人間関係も充実しているように思っている。中には、もう五年十年とつき合っている間柄ではあるものの、文字ベース、音声ベースで、顔を知らない知人もいる。それでも、「親しい」「近しい」間柄だと私は考えている。

亡き友のFacebookに残ってる削除できない友達申請
(2024/06/25)

私の同窓生たちは、比較的にFacebookをしていることが多く、高校や大学を合わせると、三十人くらいの連中が参加しているように思う。そんな折、高校時代の同窓生からの友達申請があった。彼は、併設の小学校の吹奏楽部の面倒をよく見ていて、子どもたちからもよく慕われていたものだった。しかしながら、頃合いが悪く、私がFacebookから離れつつあったからなのだろうか、すぐにはその申請への返事ができなかったのだ。そうこうしている内に、別の知人から、その彼の訃報を知らされることとなった。痛恨極まれり。

また、別の友人はマンガの原作者として活躍していたと聞いていた。同窓会からの帰りのバスの中、つり革を掴んで大声で笑い合ったものだったのだが、その彼も逝ってしまった。

捨てられない手紙があるように、先の友達申請も削除できないままに残っているのだ。



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しょうじ@マチナカ書房
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