[3分短編小説]透明な花嫁
透明な花嫁
僕の部屋に何かがいる。何かと言っても幽霊や物怪の類ではない。僕は霊感がない。父も霊感がなかった。父親譲りなのだ。
最初に違和感に気付いたのは1週間前だった。真夜中に一瞬金縛りにあった。金縛りに合うなんて人生で初の経験だった。
その時僕は真っ暗な真夜中の部屋に寝ていたが体の上にほんの少しだけウェーブしているナチュラルストレートの整った顔立ちの女の子が乗っかっているのが一瞬見えた。
僕は夢だと思った。寝る事は重要だ。自分を落ち着かせて再び寝た。
しかし次の日もその次の日も違和感がある。何かが部屋にいるのだ。しかし完全に見えない。雰囲気だけ感じるのだ。
こんな事を言うと頭がおかしいんじゃないかと思われるかも知れないが、僕は以前住んでいた別のマンスリーマンションで透明人間と戦ったかも知れない事がある。かも知れないと言うのは確証がないのだ。もしも透明人間と戦ったなど人に言い出す様では心の病気を疑った方が良い。速やかに精神科に行くべきなのだ。しかしリモートワークをして勤務していた週末に部屋に違和感を感じて複数の透明人間と戦闘になったかも知れない経験がある。あくまでも僕の仮定だ。
僕の懺悔を一つ告白したい。僕はその時、透明人間を倒してしまったかも知れないのだ。僕は法律上は完全に無罪だ。住居侵入や強盗の場合、たとえ殺してしまっても過剰防衛にはならず正当防衛で無罪となる。
しかし僕の心には罪悪感が残った。何か得体の知れないものを倒してしまったかも知れない。それが人間だったかも知れない。
僕はその時心に決めた。透明人間とは、今後戦わない。彼らの事は無視する。傷付けたくないのだ。
ご愛読頂いている方々には透明人間とは何なのだ、そんなもの空想上の存在で実現するテクノロジーは未だ存在しないだろうと思う人もいるだろう。
一つだけ可能性がある。総ての科学技術は民間転用される前に軍事用に開発される。
可能性があるとすればこれは軍事技術だ。何らかの軍事技術で透明になった人間が僕の部屋にやって来ているのだ。実際に例えば米国軍事研究所や米国国防省を初め世界中の軍事機関は透明になる技術を研究している形跡がある。多くは透明マントや透明シールドの様な布や盾のようなものだが、人間そのものの透明化に成功した可能性がある。
話を戻そう。僕の部屋の話に。僕の部屋のルールは一つ。透明人間とは戦わない。そしてこの1週間、どうも僕の部屋に透明人間が住み着いている形跡がある。証拠はない。だか僕の第六感が告げている。
僕は恋人と同棲した事はない。昔付き合っていた彼女の家に行った事や泊まった事は勿論あるが女の人と同棲した経験はない。
僕はもう一つ自分にルールを決めた。透明人間が僕の家に同居している証拠はない。僕の勘違いや妄想かも知れない。決めつけはメンタルの不調の兆候だ。透明人間など来ていないかも知れないのだ。一方で本当に僕の理解を超えた事が起こっている可能性もある。シュレーディンガーの猫の様に観察者の思考によって猫はいるともいないとも考えられる両建ての状態なのだ。
そこで、例えば透明な女の子が僕の家に同居していたとしても過度に気にせずいつも通り暮らしていこうとルールを自分に課した。そもそも同棲の場合、お互いのハピダブルゾーン(幸福時間や空間)を壊さず過度に干渉せず相手の幸せやペースを尊重する事が求められる。付かず離れずの状態だ。
僕は普段通りの生活を心掛ける。昔インド人が語っていた。仕事をしているだけでは生活は出来ない。生活とは料理や掃除や洗濯、身の回りの事をしっかりとして自分で自分を生きて行く事なのだと。
もしも本当に透明になってしまった女の子がいて、その子が僕の家に来ているとして、一体彼女の身に何が起きてそうなってしまったのだろうか。彼女は僕に助けを求めているのだろうか。だとすれば僕の出来る事は一つ。この事実を記録として公開し残しておく事だ。
もしも仮面ライダーのショッカーの様な組織がこの世にあるとして、ある理由や経緯から一人の無垢なか弱い女の子が透明にされてしまっていてどう言う訳か僕の家に来ているのだとしたら、彼女に必要なのは仮面ライダーだ。ヒーローが必要なのだ。映画『シン・仮面ライダー』では浜辺美波さんという女優が主人公縁川ルリ子を演じていた。日本では整形したそっくりさんを用意して本人が失踪する行方不明事件が多発している。女の子が犠牲になる映画なんて誰も見たくない。どうか助けてあげてくれないか。
僕は男として、そして1人の大人として、この事を記録に残しておこうと思う。もしも誰にも助けて貰えず、透明にされて、彷徨っている女の子がいたら、その子はどれほど心細いだろう。
僕は今付き合っている恋人はいない。僕の家は質素な狭い1Kだ。一応デザイナーズマンションだが物欲が余りない僕は家にテレビすら置いていない。聖職者のようにシンプルな生活をしている。質素で無味乾燥で面白みのない家だけど、こんな家で良ければ彼女のセーフティーネットになれば良い。
僕の徹底する事は一つ。気にし過ぎない事。もしも透明人間が同居していると決めつけた場合、それは頭の病気だ。精神科に行った方が良い。そんな事もこの広い世界には存在するかも知れないと言う広い心で、だとしても問題無いように暮らしていけば良い。
それに良い事もある。僕に将来再び恋人が出来て、その人と共に暮らす事になった場合、この経験は役に立つ。誰かと暮らすと言う事は共に生きて行くと言う事なのだ。
僕はスマートスピーカーでフランス映画『LEON』のシェイプ・オブ・マイ・ハートを流す。これは今まで何処にも根を張れなかったレオンと言う男が女の子を助ける話だ。透明な彼女はいつか僕の家を出てってしまうかも知れない。また帰ってくるかも知れない。それで良いのだ。女の子には、ヒーローが必要なのだ。この世界は広い。まだ広く僕らの様な一般の人々には公開されていないテクノロジーもある。現実は小説より奇妙な事が起こる。だか、どんな場合にも女の子にはヒーローが必要なんだ。