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[5分短編ファンタジー小説]華麗なるブルターニュ

あらすじ

そこは中世フランス、ブルターニュ地方──未だヨーロッパが戦乱に明け暮れていた頃...

華麗なるブルターニュ

そこは中世フランス、ブルターニュ地方──未だヨーロッパが戦乱に明け暮れていた頃。
幼少期戦争に行く兵士を見て幼女ミヌレ・マニエールは思った。
「私、大きくなったら騎士になる。」
宝石商のミヌレの父親と母親は微笑んでいた。母親がルビーのネックレスをミヌレに掛ける。
「ミヌレ、このルビーのネックレスに願いなさい。騎士になれる様に。」
騎士になる事を夢見る少女ミヌレは来る日も来る日も木でできた剣を振るった。
騎士団学校に入学するのは男だけだ。女性は入団出来ない。「入団試験を受けたいと」と試験官に言うミヌレ16歳。「女の子は帰りなさい」と言われ追い返されてしまう。ミヌレは引き下がらない。
「帰らないわ。女だからってなんだって言うの。戦士に男も女もない筈です。私は出来ます。騎士の十戒を守って見せます。」
「困った子だねえ。」
40代の巨漢のアルブル教官が出て来る。試験員が「アルブル教官を倒せたら良いだろう。」と告げる。

『騎士への叙任を望む従騎士につき、相応しい試験を実施せねばならないのは全く当然である。まず試験官は従騎士に対し神を愛し畏敬するかを問わねばならない。そして騎士の序列に加わろうとする従騎士には騎士道を貫く者にもたらされる重大な責任と危険とを良く知らせねばならない。騎士とは、自らの死の危機より人々からの非難と不名誉を恐れるべき存在なのだから。』

(ラモン・リュイ 『騎士道の書 従騎士の試練』より)

ミヌレ対アルブム教官が始まる。共に木刀を構える。アルブル教官が告げる。

「木の剣であっても骨に当たれば砕けるし肉に当たれば裂ける。お嬢さん、勇気だけは認めるがやめておいた方が良い」
『剛腕』
アルブル教官が剣を振るう。アルブル教官の筋力による一振りの剣術だ。ミヌレは伏せ回避するが髪の毛が風圧で舞い上がる。なんて腕力だ。ミヌレが木の剣で教官の腹を突く。力の差があり過ぎる。全く効いている様には見えない。アルブル教官が腹を手で払いため息をつく。
「これが女子の力か。残念な限りだ。君も男子に生まれていれば違っただろうに。君も剣術を持っているだろう。見せてみると良い。」
『暴風』
嵐の様にミヌレが怒涛の連打を見せる。
「うむ。良い太刀筋だ。だが、力が足りない。連撃とはこうやるのだ!!これは受け切れんだろう!!」
『剛腕連打』
ミヌレが姿をくらます。
「どこだ!?」
『旋風』
ミヌレが風の様にアルブル教官の周りを回る。

「うぬう!!ちょこまかと!!」
『咆哮』
「がおおおー!!」とアルブム教官が吠える。強烈な衝撃波が辺りに放たれミヌレが吹き飛ばされる。ミヌレの木の剣が飛ばされてしまう。
「勝負あったな。降参したまえ。マダム・ミヌレ。」
アルブム教官が一歩ずつ迫ってくる。勝負あったかに見えたその時──
『風剣』
ミヌレが風で作り出した剣でアルブム教官の木の剣を砕く。アルブム教官が驚く。
「魔術まで使うとは。これは驚いた。そのルビーのネックレス。魔石だったか。確かに私の剣は無くなってしまった。君の勝ちだ。マダム・ミヌレ。」
ミヌレは安堵の笑みを溢した。
ミヌレとアルブム教官は握手する。アルブム教官が口を開く。
「女の子だからと甘く見ていた。だが君は確かに、戦士だ。入学を認めよう。マダム・ミヌレ。」
ミヌレは騎士団学校に入学する事が許された。ミヌレの夢の第一歩が始まった。

          ◇

ミヌレは騎士団学校で騎士道を学ぶ。「騎士とはどの様にして生まれたのか」と神学者が説明する。

『博愛心、忠誠心、品格、正義、そして真実が世に陰る時、残虐さ、暴力、不実と偽りが姿を表す。そして世に秩序を戻すために選ばれし者こそ、騎士である。 愛と尊敬それは憎しみと不正義の対極である。騎士は、その気高い勇気、善い振る舞い、寛大さ、そして名誉をもって人々より愛され畏敬される存在たらねばならない。そうして騎士は愛によって博愛と秩序を世に回復させ畏敬によって正義と真実を世に取り戻すのである。』

(ラモン・リュイ 『騎士道の書 騎士の起源』より)

「君たちには責務がある」と神学者は続ける。

『騎士たる者の責務、それは聖なる普遍の教会の信仰を護り支えることである。それは自らの主君に仕えこれを護ることである。それは封土を護り自らへの畏れを生じさせ庶民が働き土地を耕すよう保護することである。それは婦女子を寡婦を孤児を病める者を衰弱せし者を護ることである。それは自らの城と馬を保ち、道を防衛し土地を耕す者たちを護ることである。それは盗人を賊を悪人を探し出し罰することである。そして正義こそが、全ての騎士がその身を捧げるべき理念である。騎士道を敬うことは智慧を愛することであり危険や死を顧みず内なる勇気を武勇として発露することは騎士道の教えに従うことである。同僚が盗みを働くことを許しそれを助ける騎士はその責務に背くものと知れ。盗人である騎士たち彼等が真に盗んでいるのは金銭でも財宝でもなく騎士道の気高き名誉である。』

(ラモン・リュイ 『騎士道の書 騎士の責務』より)

神学者が問い掛ける。
「騎士にとって最も重要なものとはなんだね?」
ある少年が手を挙げ回答する。
「名誉です。」
神学者が頷き「その通りだ」と返事する。

『騎士とは、祭壇にその身を献げる聖職者を除きこの世のあらゆる身分より誉れ高い身分である。故に実際には土地の不足から難しいものの全ての騎士には領主たる権利がある。騎士道の美徳を備えず騎士でない者は国の王たる君主たる資格も主君たる資格も持たない。』

(ラモン・リュイ 『騎士道の書 騎士の名誉』より)

「これから諸君に騎士の『十戒』を授ける。心して聞く様に。」
一同が息を呑む。

「第一の戒律。汝、須らく教会の教えを信じ、その命令に服従すべし。(何人も洗礼を受けクリスチャンになることなくして騎士になることは出来ない。信仰の中に信仰のために死ぬことこそが騎士の義務でありこの戒律を地上で守ったものは、天国において絶対的名誉と共に聖なる花の芳香に包まれ報われる。)」
「第二の戒律。汝、教会を護るべし(第二の戒律は第一の戒律を補完するものでありキリストの戦士たちは常にこの文言を守ることを求めらる。騎士とは教会の教えを守護する戦士でありその血は一滴残さず聖なる教会の守護に流されねばならない。)」
「第三の戒律。汝、須らく弱き者を尊び、かの者たちの守護者たるべし(第三の戒律において弱き者は教会を含むがそれに留まらない概念であり騎士には世の中のあらゆる弱者を守護する任務が与えられる。騎士は特に神に仕える聖職者、女性と子供、寡婦、そして孤児の守護者たらねばならない。)」
「第四の戒律。汝、その生まれし国家を愛すべし(騎士は生まれ故郷の街や、自らの領地への狭い愛着心でなく国全てを愛する愛国心を持たねばならない。)」
「第五の戒律。汝、敵を前にして退くことなかれ(第五の戒律は戦場おいて繰り返し発揮された戒律であり当時の騎士たちは『臆病者たるより死を選べ──一人の臆病者が全軍団を怯ませる!』『敵の撃滅か我らの全滅それ以外になし!』と唱和した。また剣に対して飛び道具である投げ槍や弓は臆病者の騎士が使う武器と見做され『初めに弓引く者に不幸あれ。かの者は肉弾戦に能わぬ臆病者なのだ』という警句も残されている。)」
「第六の戒律 汝、異教徒に対し手を休めず、容赦をせず戦うべし(騎士道の武勇の発露として唯一正当性を持つのはそれを異教徒相手に発揮した時だけである。異教徒の侵略を食い止めるために戦いまた時には十字軍として敵地に侵攻することは騎士の最高の献身であり貢献であった。)』
「第七の戒律。汝、神の律法に反しない限りにおいて、臣従の義務を厳格に果たすべし(第七の戒律が教えるのはあらゆる封建的義務の遂行と主君に対する揺るがぬ忠誠心である。臣下は主君に対しその命令が詐害行為でなく、そして信仰、教会、弱き者を害するものでない限り万事において服従する義務を有する。)」
「第八の戒律。汝、嘘偽りを述べるなかれ、汝の誓言に忠実たるべし(騎士は偽りに警戒しそして嘘を述べることは唾棄すべきことと知らねばならない。)」
「第九の戒律。汝、寛大たれ、そして誰に対しても施しを為すべし(寛大さこそ騎士道の本質の一つである。寄進や贈答ほど偉大なことはなく騎士は救貧院や病院の建設や貧しい部下への寄付など進んで喜びを持って手放さねばならない。)」
「第十の戒律。汝、いついかなる時も正義と善の味方となりて、不正と悪に立ち向かうべし(騎士とは常に助けを求められているがごとく耳を傾ける者である。そして騎士は秩序の守護者不正義の復讐者なることをゆめ忘れてはならない。)」
「これが騎士の『十戒』だ。そして諸君、神への献身を誓う戦士の規範であれ。重要な価値観は8つある。分かる者はいるか?」
ミヌレが手を挙げ答える。

「1つ目はPROWESS:優れた戦闘能力。」
「2つ目はCOURAGE:勇気、武勇。」
「3つ目はDEFENSE:教会や弱者の守護。」
「4つ目はHONESTY:正直さ、高潔さ。」
「5つ目はLOYALTY:誠実、忠誠心。」
「6つ目はCHARITY:寛大さ、気前よさ、博愛精神。」
「7つ目はFAITH:信念、信仰。」
「8つ目はCOURTESY:礼節正しさ。この8つです。」
神学者がしっかりと頷く。
「素晴らしい。マダム・ミヌレ。皆もよく心しておく様に。」
ミヌレは厳しい訓練と座学に励んでいた。
騎士団学校には春が訪れていた。

          ◇

騎士団学校の庭に1人の10歳位の少年がいた。1人で草原を見つめる少年にミヌレが問いかけた。
「坊や何してるの。」
「お父さんが戦争に行っていて1人ぼっちなんだ。」
「なんて名前?」
「メディスン。」
「お母さんは?
「お母さんはペスト病で死んでしまったんだ。僕は病気が憎い。僕は騎士じゃなくて病気を治す医者になりたい。」
ミヌレは騎士道の慈愛を思い出していた。

『卓絶した勇気それこそ騎士が人々の上に立つ者として選ばれた理由である。加えて比類なき立ち居振る舞いと躾もまた騎士に求められる素養である。忠誠、真実、忍耐、寛容、良識、謙虚、慈悲、そしてそれに類する美徳もまた騎士道に欠かせぬものである。 騎士は公共の利益を愛さねばならない。なぜなら社会とは騎士により創設され確立されたものなのだから。』

(ラモン・リュイ 『騎士道の書 騎士たる者の美徳と善行』より)

「きっと出来るよ。メディスン、私もそばにいる。私の事ミヌレお姉ちゃんって呼んで良いよ。」
メディスンは「ほんとに?」と言うと泣き出して小声で「ミヌレお姉ちゃん」と言った。
ミヌレはメディスンをそっと抱きしめた。春風に騎士団学校の庭の草木が音を立ててそっと2人を包み込んでいた。

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