女か虎か

フランク・リチャード・ストックトン
Frank Richard Stocktonの短編"The Lady, or the Tiger?"(1884) の全文訳
* * *
 今を去る事はるか遠い昔、ある国に半蛮なる王があった。彼の考えるところは、交流のあるラテン系近隣諸国の進歩性の影響もあり、いくらか洗練され研ぎ澄まされた部分もあったが、未だ半分は粗野で荒々しく、如何にも蛮人そのもののものであった。その両面性からなる豊かな想像力と、与えられた絶大なる権力は、彼に様々な事を閃かせ、思うがまま、納得が行くまで成し遂げさせるのだった。
 王の国家とその政治的なシステムの全てが、任命された規律に従いなめらかに動いている時には、彼の性質は穏やかで、温和なものであった。だがしかし小さな支障があり、任命された規律から外れる者があった場合、彼の性質はより穏やかで、温和になる。彼は湾曲を正し、でこぼこの荒れ地をなだらかにならす事を至上の喜びとしていたのである。
 蛮人たる王の心を抑える洗練された借り物の知識の中に、大衆闘技場というものがあった。そこで人間と野獣の闘技を披露する事によって、臣民の精神を錬磨し、開化育成しようというものである。
 だが、ここでさえ王は、豊かで、野蛮なる想像力を欲するままにする。王の闘技場は建てられたが、それは人々に、死に至る剣闘士の叙事詩を聞く機会を与えるものでも、信仰心と空腹な獣の牙の衝突や、避けられぬ結末を見物させる為のものでもなかったが、民衆の精神的なエネルギーを広げ、開眼する為には遥かに適したものであった。
 この広大な円形闘技場は、その取り巻いている観客席、その神秘的な地下室、および人々の目に触れぬ通路によって、善悪の原因とそれに相応する苦楽の結果があることを公正に示した。その公明正大で清廉な機会によって、犯罪は罰せられ、また、美徳は報われると言う事を。

 臣民によって、王に興味をもたせるのに十分な重要性のある犯罪が告発された時には、公告が与えられる。然るべき期日に、告発された臣民の運命を王の闘技場にて決定する、と。王の闘技場、正にその名前に相応しい構造、――その計画と図面は遠い異国の地より借りられたものではあったが――その目的は王の頭脳から出たものに他ならなかった。徹頭徹尾、王であった彼は、忠誠を誓うべき伝統を顧みず、欲するままの空想を、全ての臣民の思考と行動に優先し、野蛮な理想主義の豊穣なる成長を植えつけた。

 観衆が集まり、王を取り巻く全ての臣下が揃った時、彼は闘技場の一段高い法廷王室の玉座に就き、合図を送る。彼の真下にある扉が開き、告発された被告が円形闘技場の中に踏み込む。引き返す事は出来ない。取り囲まれた空間の直ぐ向こう側には、正確に同じ形の2つの扉が並んであった。2つの扉のどちらかへ真直ぐと歩き、扉を開ける。
 それは告発された被告に与えられた義務であり特権であった。被告は欲するままに自らが望むどちらの扉でも開く事が出来た。被告は如何なる説明も干渉も受けることなく、先に述べた公明正大で清廉な機会に賭けられる。
 一つの扉を開けたならば、そこには有罪なる被告を罰するために捕獲して来た、最も凶暴で残酷な虎が待ちうける。虎は直ちに被告へ飛びつき彼をバラバラに引き裂く。被告に有罪判決が下された瞬間、悲しみに満ちた鉄鐘が鳴らされ、闘技場の外縁に並ばされ、雇用された会葬者達が大仰に嘆く。そして大勢の観衆は若く麗しい被告、あるいは年をとり尊敬されるべき被告に訪れた残酷な死を悼み、頭を垂れゆっくりとした足取りで、深い悲しみを抱えつつ家路につく。

 しかし、もし被告である臣民がもう一方の扉を開けたならば、そこには女性が現れる。王の公正な裁きの証明でもある女性、被告の年齢・地位に最もふさわしい 、王が自らの威厳をもって、臣下の中から選ばせた女性が現れる。そして被告は、すぐさま被告の無実の報酬として、この女性を娶らされる。
 すでに被告が妻を娶り家族をなしていようが、愛すべき許嫁がいようがそんな事は重要では無かった。王にとっては、罰則や報酬等、彼の取り決めた大いなる計画が、下々の者達のしきたりや習慣によって妨げられるなど、我慢ならない事なのだった。儀式は、一連の手続きの後直ちに、闘技場にて執り行われる。

 玉座の下の別の扉が開くと、そこから神父と聖歌隊及び少女舞踏団の一団が並んで現れる。金色の角笛が喜びの曲をかき鳴らし、その調べに合わせて踊りながら歩を進める少女舞踏団。そして新郎新婦を取り囲むと、祝の宴、結婚式が速やかに執り行われる。明るい真鍮ベルが高らかに鳴り響き、人々の喜びの声に包まれる中、無実を告げられた男は、花を振り撒く子供達に先導されながら、彼の家に花嫁を連れて帰るのだった。

 これこそが、公正なる裁きを司る王の半蛮なる方法であった。その完全なる公明正大さは明らかである。被告はどちらの扉から女性が現れるか知る由もない。扉を開けた次の瞬間被告を待ち受けているものが、虎に貪り食われる運命か、はたまた結婚する運命なのかを知る方法は無いのである。扉を開けて現れるのは、虎である事もあれば、そうでない事もある。この裁判の決定は公正であるばかりでは無く、一点の非の打ちどころも無かった。被告が自ら有罪を選択したならば、彼は即座に罰せられる。そしてもし、彼が無罪となれば、それを好むと好まざるとに関わらず、彼は即座に報奨を受け取る。王の闘技場の審判から逃れる術は無かったのである。

 この制度は非常に評判なものであった。大いなる審判の日、集う人々はそれが血まみれの虐殺場となるか、はたまた華々しい結婚式に立ち会うことになるか、全く知る由もない。この不確実性と言う要素が、他では得る事が出来ぬ興奮を人々に与えるのだった。従って、民衆は喜び楽しみ、王国の識者達もこの計画に対して不公平であると言う投げ掛けをする事は出来なかった。告発された人物が、彼自身の手によって問題を解決する事に、何の異論があるであろうか。

 この半蛮なる王には、一人の娘があった。王の卓越した想像力に勝るとも劣らず、王女の姿はあでやかで美しく、そして心は王と同じく情熱的で尊大であった。この様な場合、よくある様に王は彼女の事を溺愛していた。
 一方家臣の中に王女を愛する一人の若者がいた。由緒正しい血筋の若者ではあったが、よくある王室の姫を愛するロマンス小説のヒーローと同じく、身分の低い家臣であった。王国中でも比類なき美貌と勇敢さを兼ね備えた若者に、王女はたいそう満足していた。そして、王女は若者に恋い焦がれ、野蛮なる血はその情熱を更に掻き立てた。
 数カ月の間この幸福な恋愛関係は続いたが、ある日、偶然にも王の知る処となる。彼は定められた義務の遂行について一瞬の躊躇も動揺なかった。若者は直ちに刑務所に投獄され、王の闘技場における審議の日が決定された。これは勿論、王にとっても特に重要な問題であった。臣民だけでなく王もまた、この審判の成り行きと結末に大いなる関心をいだいていた。

 この様な事例は過去に決して起こる事はなかった。あえて王の娘を愛そうと言う者など存在しなかったのである。時代が変われば、そのような事も十分に普通にはなったが、当時それらは、想像を絶する、驚天動地のものであったのだ。

 王国内の虎収容場を隈なく巡り最も野蛮で凶暴な虎が探しぬかれた。闘技場での審判のために、最も強烈な怪物を選りすぐったのである。更に若者が適切な花嫁を娶っており、運命が定めた、新たな花嫁を拒まない様に、優秀な審判官の手によって国土中の乙女の中から、最も若さと美貌を兼ね備えた娘が慎重に選出された。勿論、誰もが被告人が起訴されるべき行為を行った事実を知ってはいた。

 若者は王女を愛していた、彼も王女も他の如何なるものも、その事実を否定するものでは無かった。しかし王はこの種の事実が法廷の裁きに影響を及ぼすなどとは少しも思ってもいなかった。公平な裁きこそが王にとって大きな喜びと満足だったからである。どんな事件であったとしても、若者は裁かれたであろう。かくして王は審美的喜びを見出す裁判の経過を見守るに至ったのである。

 機は熟した。多くの人々が遠方より近隣諸国よりと集まり、この闘技場の広い桟敷席に群がった。そして、入場が叶わなかった群衆は、闘技場の外壁付近にたむろした。王及び王の法廷団は、瓜二つの扉の真正面、法廷王室の席へと座った。運命の扉。余りにもそっくりな二つの扉の前に。

 準備万端整った。ファンファーレが鳴り響く。王の玉座の真下の扉が闘技場に向かって開き、王女の恋人が歩み出た。眉目秀麗なる彼の姿は気高く、観衆から賞賛と憂いの囁きによって迎え入れられた。
 この様に美しき若者がこの国にいる事を、観衆の半分は知らなかったのである。王女が彼を愛したとしても不思議ではない。その彼が闘技場に立たねばならぬとは、なんと惨い事であろうか。

 若者は闘技場に進み出て、作法にのっとり振り返り王に一礼をする。しかし、彼は王も王室の側近の事も少しも考えてはいなかった。彼の目は父王の右横に座る王女に向けられていた。もし王女の性質の中に半蛮なる部分が無かったならば、彼女は多分この様な場所には来なかったであろう。だが、王女は強烈で、情熱的な魂の持ち主であるがゆえに、この激しく気がかりな機会に立ち会わずにいる事は出来なかった。彼女の熱烈で激しい魂は、このひどく興味を持っていた事柄に対し、無関心でいる事を許さなかった。
 審判の日が決定された瞬間から、王女の恋人は王の舞台で自らの運命を決めるべき定めにあった為、彼女は昼夜を違わず、この審判とそれに関連する様々な問題以外、考えを巡らす事が無くなった。

 この種の事件に対しこれまで興味を持った誰よりも多くの権力、影響力、そして気性の荒さ用いて、彼女は他の誰もが成し遂げなかった事をやってのけた。王女は扉の奥の秘密を手に入れたのである。彼女は、それらの扉の奥にある2つの部屋のうち、どちらに大きく口を開いた状態の虎の檻があり、どちらに女が待っているかを知ったのだった。
 毛皮で重く覆われた分厚い扉を通しては、騒音も気配も、内側からそれら扉の一方に近づき、掛け金を上げる者を知る事も、一切不可能だった。だが、黄金と王女の強い意志の力によって、秘密は彼女にもたらされていた。

 更に王女は、どの部屋に虎が待機させられているかだけでなく、反対側の部屋で、扉が開かれる事を待ち侘びている女、顔を赤らめ眼を輝かせて登場するであろう女、その女が誰であるかをも知った。
 若者がはるかに身分違いの王女に恋するという罪について、晴れて無罪であることが証明された暁に、審判を受けた若者への報いとして選ばれたのは、比類なく美しく愛らしい娘であった。王女は彼女を憎悪していた。

 この美しく愛らしい娘が若者に対し、一瞥を投げかけているのを見たり、または見たと想像することがしばしばあった。時には王女は彼らが一緒に話すのを見かけた。会話はほんの数秒の事だったが、しかし短い時間でも多くを語る事はできる。それは他愛もない話に過ぎなかったのかもしれないが、王女にそれをどうやって知ることができようか。
 可愛らしい少女ではあったが、王女の愛する人に眼差しを預ける様な女だ。何代にも亘って流れる野蛮なる先祖の血の強さは、王女に、その静かな扉の向こうで顔を赤らめ、震えながら待つ女を憎悪させた。

 王女の恋人が玉座の方へ振り向き、王女と目が会ったとき、彼は王女が広大な闘技場の中で、沈痛な面持ちで座っている誰よりも、不安で蒼白な顔をして座っている事に気が付いた。 それは、王女がどの扉の奥に虎がしゃがんでいるか、そしてどの扉の奥に女が立っているかを知ったという事だ。かねてより、王女がその秘密を手に入れる事を期待していたとおりに。
 若者は王女の性質を良く理解していた。彼は王女が自分にこの事を明示するまでは、絶対に安閑としていないであろうと確信していた。若者にとって一類の望みは、王女がこの謎を発見、確認することにかかっていたのだ。 若者は王女を見た瞬間、彼女が成功した事を確信した。

 そして、それは、彼の迅速で、不安げな眼差しによって求められる質問となった。「どっちだ?」その問いは、まるで彼が、闘技場の中央から叫んだかのように彼女の耳に届いた。躊躇う時間はなかった。瞬間の問いに対し何らかの形で素早く答えなければならない。

 王女の右腕は、柔らかい手摺の上に置かれている。彼女は手を上げて、素早い動作でほんの僅かに右を示したが、彼女の恋人以外、誰も気が付く事は無かった。彼を除く全ての人々の眼は、闘技場の中の若者に向けられていたのである。

 彼は振り返り、力強く、颯爽とした足取りで、広い闘技場の中を横切って行く。全ての人々の心臓も呼吸も止まっていた。人々の眼はその若者に釘付けにされ、動けなくなっていたのだ。若者は少しの躊躇いもなく右側の扉に向かい、そしてそれを開いた。

 さて、物語のポイントは此処にある。扉の向こうから現れたのは、虎だったのか、それとも女だったのか。

 この問題は考えれば考えるほど、答えが更に難しくなって行く。それは人間の心の考察を含み、心の考察は我々を熱く欺瞞なる迷宮へといざなって行くからだ。それを踏まえ、懸命なる読者諸君、自分自身への問いかけとして答えるのではなく、絶望と嫉妬の混ざりあう炎の中で、白熱した業火に炙られる、熱き血潮の半蛮なる王女の立場として考えて頂きたい。いずれにせよ王女は恋人を失う。だが、彼を待ちうけているべきは誰なのか。

 目覚めている時も夢の中でも、王女は、恋人が残酷な牙を持つ虎の側の扉を開け、襲われる様を思い浮かべると、その悍ましさに何回となく顔を両手で覆って恐怖した。
 一方、他の扉が開けられ女が若者と出会う事は、二人にとってどれほどの喜びなのだろうか。 恋人が女の側の扉を開け、途端に女が猛烈な勢いで喜び舞い上がる様を思うと、女の喜びとは裏腹に、王女は歯軋りをし、髪を掻き毟らずにはいられなかった。

 女が頬を涙で洗い流し、恋人が輝くような勝利の目で、女の元へ駆け寄るのを思い浮かべると、王女の魂は激しい苦痛に苛まれる。恋人が女の手を取って歩く。彼の全身から解放された命の喜びがほとばしる。群衆が喜び叫ぶ声が聞こえ、幸せな鐘の音が鳴り響く。二人の婚儀がとり行われる。そして、花を撒きながら先導する子供達と一緒に、民衆の凄まじい歓喜の声の中、立ち去って行く二人の姿。王女の悲痛な叫びは大歓声に掻き消され、誰にも聞こえる事はない。

 ならば、彼が直ぐに死を受け入れ、半蛮なる人々の為の来世、祝福された領域にて王女の死を待つ事の方がより良いのか。

 だが、獰猛なる虎、その恐るべき姿、恋人の血しぶきと叫びに耐えられるであろうか。

 王女の決断は瞬時に示されたが、それは、苦しみ抜いた熟慮の日々の後に作られたものだった。彼女は、自分が尋ねられるであろう事を予測し、どう答えるべきかを決心をしていたのだ。王女はわずかな躊躇もなく、手を挙げて右を示した。

 王女の決定が何であったかは、軽々しく語られるべきものでは無い。そして私自身がそれに答える事の出来る唯一の人物である、と己惚れるつもりも無い。そこで、私はあなた達読者に結論を委ねる。彼が開けた扉の先に待ちうけていたものはどちらだったのだろう ――女かそれとも虎だったのか?
The End

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