見出し画像

【短編小説】ページエルフ


■「すべて失われる者たち文芸賞」に参加します

出版社の公募の傍ら、こうしたnoteの個人文学賞にも挑戦してみたいなと考えておりましたので、花澤薫さまの企画に参加させていただこうと思います。

2000字という書き慣れない字数制限だったので、苦心したところはありますが、とにもかくにも、今年は挑戦の一手です。

本文部分は1964文字です。

■本文

 包括的個人情報管理官。それが私の肩書だ。

 同じ肩書を持つ人間は国内に十一人。私たちは通称「エルフ」と呼ばれ、私たちだけが接続できる個人情報データベースを「ページエルフ」と呼ぶ。これらの呼称は中央省庁及び内閣のみに秘された極秘のものであり、世の中の大多数の人間は知る由もないものであるが、今回この告発文を出すに当たり、その呼称を文脈の中で使用させてもらいたい。

 さて、我々「エルフ」は国民のあらゆる個人情報を握っている。家族関係、成育歴や資産情報などというものは当然のこと、あなたがネット通販でいつ何を買ったのかということや、学生時代の恥ずかしいエピソードだって披露できる。それらすべては「ページエルフ」の中に蓄積され、各省庁や内閣の求めに応じて提出される。この個人情報収集と提供のプロセスは議会の議決を経てはいない超法規的な機関だということは、前置きしておこう。なぜそのような機関が求められ、誰がいつ組織したのかということは冗長となるから省かせていただく。

 ここで述べるのは、同じ「エルフ」に所属する人物の犯罪である。その人物は「エルフ」結成の当初から所属していた古株であり、我々「エルフ」の中でも「ページエルフ」の深層にある情報にアクセスできる人物だった。

 我々「エルフ」は十一人を上限に、任期は無制限に任命されるが、任命された当初から「ページエルフ」のすべての情報にアクセスできるわけではない。組織発足当初はそうではなかったようだが、ある「エルフ」が元恋人のデータにアクセスし、住居や行動パターンなどを収集した上で無理心中に及ぶという不祥事を起こしてからは、運用が厳格化された。無論、その事件に我々「エルフ」や「ページエルフ」の影が覗いたことはない。

 ここで古株の「エルフ」。仮に園田としよう。園田は「ページエルフ」の中からある大物政治家のデータを抜き取り、流出させた。

 彼はその政治家の熱狂的な信奉者であったが、その彼の一存で、その年限りで「エルフ」から排除されることが決まっていた。理由は定かではない。熱狂的な信者ほど愛憎深く、懐に置いておくのは危険と考えたのかもしれない。皮肉なことに、その懸念の通りとなったわけだが。

 園田は教祖のごとく崇めていた政治家に裏切られたことで、信仰の刃という身の内に隠していた刃物を、憎しみ、復讐という冷ややかな砥石で冷酷に研いでしまった。そして園田は「ページエルフ」の中からその政治家の情報をすべて抜き取り、一言一句余さず目を通した。刃を研ぐという一点に心を砕いた園田の冷静さは、政治家が一身と人生を捧げてまで信奉する値のある人物でなかったことを悟らせた。

 そして園田は復讐を実行すべく、「ページエルフ」の情報を分割し、手始めにマスコミに流し始め、報道が熱を帯びてくると反社会的組織や、さらに後ろ暗い犯罪組織へと情報の提供先を変えた。その政治家が歴史の表舞台でも、裏の世界でも用済みである存在だと知らしめようとした。

 園田の巧みだったところは、情報の核心部は覆い隠し、その外縁部だけを流したことだ。それによってその政治家は議会や法によって裁かれることはなく、生き残り続けることはできた。だが足元があっという間に揺らいだことで、園田の影を感じたのだろう。我々「エルフ」に「ページエルフ」を探らせ、園田の居場所を特定して始末しようとしたが、園田とて「エルフ」で最も老獪であった一人だ。それくらいのことは心得ていて、園田の情報はすべて別人のコピーアンドペーストで上書きされており、死亡したとして情報の収集が終了していた。

 そして逃げおおせた園田は最後の一手として、暗殺者となる人物に情報を流した。

 だが勘違いしてほしくないのは、私が告発するのは大物政治家が園田の計略のために暗殺された事件ではない。

 園田の計略の過程で、人生をコピーアンドペーストされ、巻き添えにされた私の弟の死についてである。そして園田の犯罪は、すべて「エルフ」と「ページエルフ」が存在していたことに起因する。

 よって、私は告発と同時に「エルフ」の最後の仕事として、「ページエルフ」を破壊する。それによってこの国は混沌の坩堝へと落ちるだろう。だが、「ページエルフ」は過ちであった。それを認め、断罪の刃を下すのも、我々「エルフ」でなければならないと考える。国民は何も知らなかったのだから。その尻拭いを国民に押し付けるのは不本意であるが、「ページエルフ」による管理は終焉させなければならない。我々は鳥籠の中の小鳥ではない。自分の意思で、自分の翼でどこへ行こうとも、それは自由なのだ。抑圧の後に自由が来たる。それは歴史の必然だ。私が願うのは、再び歴史の必然の渦に飲み込まれ、第二の「ページエルフ」を生まないこと。それだけである。

〈了〉

■この作品は以下の企画に参加しています

■花澤さまの短編小説集『すべて失われる者たち』に関する記事はこちら

■サイトマップはこちら


いいなと思ったら応援しよう!