大地の何か
土を食べると血の味がする、なんて言ってた奴がいた。
そいつはぐっと力を入れればぽきっと折れてしまいそうなほどかぼそい指を使って、土をちょっとだけつまんで、それをペロッと舐めては悲しそうに微笑む。土を食べるなんて良くないことだ、なんてヤツの前ではとても言う気にならなかった。まるで渇ききった喉にビールを流し込むサラリーマンのように、美味そうに幸せそうに土を食べるからである。
ヤツの顔、冬の月よりも青白い顔が俯き加減に微笑む。人間のすべての感情をごったまぜにして天日干しにしたような笑顔だった。
なぜおまえは土なんて食べるんだ?聞いたことがある。するとヤツはこう言った。土を食うと、思い出すんだ。自分が土だった時のことを。ただひたすらそこに「在る」だけで命を創り出していた存在だった時のことを。石の塊が喉に引っかかる時は自分の中の何かが壊れているときだ。土は、ゴロゴロした石を含んでこそ初めてあらゆるものの母となれるんだ。
俺も土を食ったことがある。ただひたすら不味かった。じゃりじゃりと歯と歯の間に鉄臭い砂利が入り込むのは不快だった。そう言うと、奴は笑った。「お前の歯と歯の間に挟まっているものはなんだ?それは小さいけれどあまりにも数が多いがゆえに大切なものを覆い隠してしまう、それは小さいからこそ、細かな隙間から入り込んでお前の具合を悪くさせる・・・。お前の歯と歯の間に挟まっているのは、きっとそんな感じだ。」みたいなことを言っていた。
奴は雷に打たれて死んだ。突然だった。ピカっと光ったかと思えば、隣で奴は倒れていた。即死だった。おそらく自分が死んだという事さえ気がつかなかっただろう。それでも何とか俺は奴を蘇生させようとした。だが、服を脱がせたとき、首から背中に向かって走る針葉樹のような痛々しい感電の模様が見えた。それは、彼が木になって俺たちを見守っていることを暗示するかのように、俺には思えた。
杉や松や、いろんな針葉樹を見ると俺はヤツのことを思い出すのだ。生まれつき体が弱かった奴は、きっと、土を食べることで己の命を保とうとしていたのではないか。土を食べることで、自分の持病が良くなるような気がしていたのではないか。土はあらゆるものを育てる。あらゆるものに恵みをもたらす。そして、その匂いを嗅げば、俺たちが自分で開発した文字とかいう媒体によって得られるモノよりもっと、原初的な何か、根源的な態度みたいなものを教えてくれる。