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ただ一人、生き残った男の日記

人間のいなくなった世界。夜は本当に真っ暗闇である。何一つ見えない。昨日は月も出ていなかった。雲もなかった。あの星空。前の世界ではあんなの一回も見たことない。いや、見れるはずもないか。新宿も渋谷も、夜はギラギラだったもんな。

それは宇宙だった。まんま宇宙。びっくりするだろ?だって空を見上げると、黒い部分の面積よりもむしろ輝いている星の部分の面積が多いんだぜ?光り輝く粒々の合間に、宇宙の本来の姿である真っ暗闇の黒色がちょろちょろと現れているのさ。まるでシャワー・ルームのカーテンの隙間を恥じらう乙女のように。宇宙の闇はきらきらとした衣装を身にまとって、その真っ黒な裸体を恥じらうようにちらちらと俺に見せつけてくる。俺は宇宙に勃起した。母なる宇宙。オイディプスの気持ちがわかる気がする。母と接吻し、母を抱く。自分が生まれてきた存在と交接することによって、人は宇宙の中の己を見出す。馬鹿らしいけど、本当にそう感じたんだ。

それにしても、俺が今まで生きてきた社会の、なんて貧しいものだったろう!無為飽食が誉めそやされ、働く者に敬意を払わず、制度の裏をかきながらウマく生きる人々が「賢い」などともてはやされ、縁の下の力持ちは冷笑され蔑まれながらも生きている。それがどうやら「先進国の成熟した社会」というやつだったらしい。だがどうだ?テクノロジーは人間を冷酷にした。それは苦労を慰みものし、繊細な仮面をかぶった壮絶な残酷さを人々の内心に植えつけた。どれだけたくさんの人が、日々の時間をなるたけ充実したものにしよう、他人様に誇れるような人間にならなければならない、と焦ってジタバタしていたか!俺の生きていた社会とは、まさしくそういうところだった。得をしたものはそれでいい。だがその得は自分の徳ではない。そんな事さえ忘れられている!本当の徳、これは宇宙と交接することだ。宇宙の中に、自分のへその緒を植えつけることだ。宇宙の中の卑小な自分を見出し、与えられたものの中で精一杯自分の役割を果たすことだ。その役割の中でのみ、人は自分の命を軽んずることを許される。自分の命など大したものではないのだ。俺たちは、向こう側へと懸命に足掻きながら渡ろうとする、紆余曲折を繰り返しながらなんとか背伸びしようと努力する「人間」という生物の細胞、これの一つに過ぎないのであり、彼が健康でいるためには、自分の持つ役割を果たさなければならない!けっしてがん細胞になってはならない!それは生物の命を脅かす。それは「人間」の持つ壮大な病だ。

朝日が昇る。美しい光だ。どんなに人間が苦しんだって、明日も朝日は登るし、どんなに嫌われた人間であっても平等に太陽は私たちの顔を照らしてくれる。世界の優しさよ!この世界はただ存在しているだけで受容してくれる。それ以上が欲しい?それは傲慢というものだ。我々はいるだけで世界に承認されている。何も気負うことはない。食える時に食えばいい。できるときにやればいい。ただそれだけのことなんだ。

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