犯罪的人間
人間をつかまえたいんだ
その子は言った。
JRの高架下、一糸まとわぬ姿で宝焼酎をラッパ飲みしていた16歳の少年は、濁った眼をした大人たちのしかめ面と良識的な婦人の通報によって、交番の取調室に連れてこられたところである。
警察官は紙コップを渡して、これに尿を採って来い、今すぐにだ、と命令した。少年は威圧的な目つきで警察官の目をじっと見つめる。だが警察官も負けてはいない。氷のような視線を彼に送り返す。オマエハイマオレタチノオモウガママダ、ソノキニナリャオマエノショウライヲブチコワスコトダッテデキル、ナゼナラオトナタチハソレヲココロカラノゾンデイル
少年は大人しく従い尿をコップに採った。そしてそれを警察官に手渡すと思いきや彼の顔めがけて汚物をぶちまけた。
「テメー、大人おちょくるのもいい加減にしろ。」
氷のような瞳孔が、少年の尿をあびて黄色く濁った。彼は本気で怒っている。
「てめえらこそいい加減にしろ。自分たちが大正解みたいな顔しやがって。何でもかんでもすぐ人の所為にするくせに。」
少年はだいたいそんな感じのことを言った。もっとも、ほとんどの言葉は聞き取れなかった。呂律のまわらぬ舌でごにょごにょ言ったところで、冷酷無比な大人たちの耳にはそれが伝わらない。
「警部、こいつシャブやってます」
部下の一人が耳打ちした。先ほどぶちまけられた尿の香りから、この部下は大昔の記憶を呼び覚ましたのだった。覚せい剤中毒者特有の、酸っぱい木片のような尿の香り。
「手錠をかけろ。奥へぶち込め。」氷の眼はいまや怒りに燃えさかっていた。
少年は無論抵抗した。が、一致団結した一億人の腕が彼の首を押さえつけ、ゆっくりと締め上げていくような絶望的な孤独にやられ、彼は警官に屈服してしまった。
シャブが欲しい。彼は思った。そうすれば、自分の夢の中でしばらく遊ぶことが出来る。どうして生きていかなければならないのか分からず、なぜ労働を強いられるのかもわからない、少年は劇薬の見せる幻覚のためだけに生きる人生もまた一つの充実した生命の燃やし方であると結論づけていた。一億の残虐な手が彼の腕に注射を打った。今度は同じ一億の腕が彼の首を絞めつけ、手錠をかけ、無様な転落の後始末を彼だけに押しつけようと躍起になっていた。無自覚な手、無自覚な腕。いったいどちらが悪なのだろう。少年は舌を噛み切ろうとした。だが、一本の残虐な腕が彼の口にさるぐつわを噛ませた。自由を奪われ、精神も奪われ、少年は人間を捕まえることができずに、自ら望んで鳥かごの中から鍵を閉めるのであった。