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虫の知らせ

御年78歳、おばあちゃんの人生、はたちの時に農家に嫁入りしてからというもの、ずっと働き通しだった。農家というのは物凄い家業である!朝起きて、まず畑を見に行く。川べりの広大な畑に、にょきにょき立っているピーマンだの人参だのを、まるで夏休みのアサガオのように慈しんで育てて・・・というわけにはいかない。大急ぎで農薬混じりの水をまき、朝ご飯を作って子ども達を学校へやった後は、わらぐつを編んだり、小豆を煮たり、近所のおじいちゃんの介護の手伝いをしたりと、次から次へとやるべきことが湧いて降ってくるのである!あぜ道をえっさえっさと歩く彼女の逞しい後ろ姿には、どこか昼夜ぶっ通しで回り続ける水車を思わせるようなものがあった。

そんな彼女も、齢を取った。齢のせいだろうか、畑仕事を生業とする彼女にとって生涯の敵であった、道端をひらひらと舞うモンシロチョウ。それが妙に愛おしくなってきた。盆と正月に訪れる孫たちのために、毎年必ずポテトサラダを作るようになった。

とある8月中旬。彼女は、訪れてくる孫のために、いつものように畑から獲れたてのジャガイモを使ってポテトサラダを作り始めた。最中、ちょいとお便所に向かった彼女は、入念に手を洗った後、さてお芋をふかしましょかと、出刃包丁にてジャガイモをばつんと一太刀、すると、ぱっくり割れた芋の果肉に、テントウ虫が一匹埋もれていた。

赤と黒の斑点模様は、ジャガイモの無機質な黄土色と妙にマッチして、おばあちゃんの目をぐるぐるさせた。いったいどうして、こんなところに虫がいるのだろう?葉っぱにテントウ虫がついているのならまだしも、ジャガイモの中に、である。よくも起こしてくれたなこの野郎さっきまで気持ちよく寝ていたんだぞ、とでも言わんばかりに、かの虫はおばあちゃんの人差し指を登ってきた。

よじよじ、よじよじ健気に登る一匹の小さな虫。いつのまにか虫はおばあちゃんの耳の中にまで入ってきた。なぜか不快に思わなかった。くすぐったいような、嬉しいような。彼女は、小学生の時に好きだった男の子が、ある雪の降る朝、「耳、寒いじゃろ」なんて言って、ほわりと耳たぶを両手で包み込んでくれた時のことを思いだした。

懐かしい声がした。




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