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下肢の木

信じてはくれないだろうが、いや、信じてほしい。やはり信じてくれないか。だが信じられることによって始めて産声をあげるお話というものがあるのであり自分が今からする話はそのような幻燈げんとうのうちの一つである。



ある日、目が覚めると自分は一本の大きな樫の木になっていた。樫の木?まあ要するに俺が自分の身体を、鼠のにおいがするふかふかの羽毛布団の中に見出したのではなく、とある海辺の寂しい防風林の中に見出したことだけは確かである。自分に吸い付きながら自分は考えてみた。だが、特に何を考えたわけでもなくただ指先のあたりがムズムズするということだけは精神の中に信号として入り込んできた感覚だった。ぐいっと首を向けようとしてもどうしようもない、ただムズムズが俺の腕と言い顔と言い陰部と言いとにかくあらゆる表面を這いずり回っているようで不快だった。まるで正座から解放された瞬間の足のように俺の皮膚は千の針に差されてお墓の前で泣いていた。

空気が欲しい、俺の思考の第一段階はこれだった。空気が欲しくて、手を伸ばす。すると、みるみるうちに茶色い腕が伸びてきて、我々の愛おしい太陽に向かって空間をぐちゃぐちゃにした。頭がこんがらがってとりあえずキスでもして解決しようと思ったけどやっぱ唇を火傷するのでやめといた。

木になるということはなかなか良いもんだ。だって食わなくていいんだもん。動物なんて哀れなもんで、土から何も得られないからわざわざ自分の身体をシャカリキに動かして、殺しをやる。んでもってやっと、自分の生命をなんとかつなぎとめている。俺はと言えばそんな不憫な動物どもを上から眺めて自分は下から養分をちゅうちゅう吸い上げてご満悦、太陽さんと世間話して一日が終わるだけであり、何一つしなくても生きていけるので気楽だ。だが、どうも気に入らぬのはこの無数の虫どもでありこいつらが俺の肌の上をムズムズ這いずり回るからたまらない。たまらないには二種類あって、それは端的に言うと快感と不快であるが、自分はもともとバードキッスが好きな性癖であり虫を肌に這わせるのはたまらんのだけれども、ずっとやられていると嫌になるのがこれ感覚の惰性というか十字架というか生物の因果なところであり、同じことをずっとやっているとどんなにイイものでもやはり飽きる。というわけで俺はこの虫たちを駆除したいと願っているわけだが、どうしたらいいだろう?秋になれば傍若無人な蛾やあぶやなんやかんやらが私の枝にとまって卵を産み付けていくのでありこのままでは無限の虫地獄により春が来たら俺は憤死してしまう。

それにしてもむかつく連中である。なんとかしてこいつらを葬ってやりたい。そう思って俺は風が吹くたびに枝をゆらゆらと揺らしてそいつらを振り落とそうと心掛けている。が、やつらも相当な覚悟で俺のもとに棲みついているらしくどうにもこうにも埒が明かない。俺はめんどくさくなって内出血した。すると俺の樹皮と言い葉っぱと言い全部赤くなってそれを見かねた人間がある日突然やってきて俺の周りに白い粉をまき散らし、あの忌々しい外注どもを根絶やしにしてくれたのである。



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