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『トランスジェンダーになりたい少女たち』を実際に自分で読んで考える

アビゲイル・シュライアー『トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇』(産経新聞出版)を読んだ。

もともとはKADOKAWAから『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』というタイトルで刊行される予定だったが、トランスジェンダー当事者とその支持者たちから批判が起きて発売中止になったものだ。

「トランスジェンダー差別助長につながる」という批判について、実際に自分で読んで考えてみた。

結論から言うと、情報や問題提起としては日本では知られていないことが多く、読む意義のある本だった。
ただ著者の主張やメッセージの部分は、やや強引なところが感じられて、反発を受けそうだと思った。
「トランスジェンダー差別助長につながる」かどうかは、読む人による。

そもそもこの本の背景には「トランスジェンダーになりたい少女たち」と「性別適合のための薬物投与や外科手術が娘に施されることに拒否反応を示す親たち」という対立がある。
「トランス」と「トランス排除」の対立ではない。
しいていうなら「自立したい子供」と「過保護な親」の対立である。

この本は問題の周辺を幅広く網羅的に書かれているので、ちょっと焦点を絞りたい。
まず、この本はトランスジェンダー全体を扱ったものではない。
いわゆるトランスジェンダーの中の一部だけを問題視している。

トランスジェンダーを、性自認が異性の人と簡単に定義した場合、女性になりたい男性(MtF)と、男性になりたい女性(FtM)に分けられる。
この本が扱うのは、男性になりたい女性(FtM)のさらに一部だけだ。

トランスジェンダーの中には、幼少期から性別違和を感じてそれを表現するタイプと、思春期以降に性別違和を感じてそれを表明するタイプがいる。
この本が扱うのは、思春期に性別違和を感じ始めるFtMだけだ。
それがタイトルの「トランスジェンダーになりたい少女たち」だ。
LGBTQの多くは批判どころか言及もされていない。

なぜ本書は特別に思春期の「少女たち」だけを取り上げるのか。
それは最近10年間に激増した新しい現象だからだ。

ここ十年、西欧諸国で性別違和を訴える思春期の子供の数が急激に増えている。アメリカでは、1000%以上、増加している。米国疾病予防管理センター(CDC)が2017年にティーンエイジャーを対象に行なった調査によると、高校生の“2%”がトランスジェンダーを自認しているという。イギリスではその数が4000%増加しており、治療を要する若者の4分の3が少女だ。

『トランスジェンダーになりたい少女たち』P66

この数字自体を疑う言説は見つからないから事実だとすると、明らかに何らかの社会現象だとわかる。
著者はこの現象に対して「SNSなどによって引き起こされた一種の流行」であるとの仮説をたてる。仮説が正しいかどうかはわからないが、200人に取材しているのだから著者の真剣さは伝わってくる。
それに対してトランスジェンダー活動家側は、本書を読む限りは何の回答も持っていない。この社会現象の存在を無視しているように感じる。
「トランスジェンダーになりたい少女たちが増えたのは、トランスジェンダーがオープンになってきて、自分を隠さなくてもよくなったからです」くらいのことはド素人でも言えるが、それすらも見つからない。
これは印象がよくない。

もちろん著者の仮説が正しいかどうかはわからない。
ただ著者が惜しみなく開示するさまざまな事例を見ていると、「トランスジェンダーになりたい少女たち」にはSNSや友人の影響だけではなく、他にも要因があったのではないかと思えてくる。
著者の主張するとおりに、トランスジェンダーが人口の0.01%しかいないとして、その数が急激に増えて4000倍になっているとしても4%だ。
残りの96%にあたる大多数は異性になりたいとは思わないのだ。
むしろ拒否反応を示すだろう。
「少女たち」には何らかの内在的な要因もあったのだろうし、それを解明して効果的な対策を考えるところまで本書の手は届いていない。

この本は良くも悪くも、親側の立場で書かれている。
性別違和を感じた思春期の少女たちが、薬物療法や外科手術を受けて性別適合すると、原題にあるように「取り返しのつかないダメージ」が身体に残る。
本書には、性別適合手術を受けたが、数年後にそれを後悔して元の性別に戻したいが戻せないディトランジショナーへのインタビューがある。
「娘」にそんなことになってほしくないと心配する母親の気持ちはよくわかる。
著者の主張がすべて正しいとは思わないが、この問題を知らしめなければという情熱はとても伝わってきたし、それを批判する気にはなれなかった。

もちろん、最も重要なのは本人の幸せである。
この本は「未成年の子供はまだ判断力が十分に育っていないし、経済的にも親の保護監理下にあるので、保護者の意見を尊重するべきだ」という強烈なパターナリズムに染められているので、当事者の子供側になかなか言葉が届かないのはもったいないことだ。

この本にはさまざまな問題があるが、単純に「ヘイト」のレッテルを貼って片付けることはできない。
なぜKADOKAWAが発売中止するほどの抗議があったのだろう。
「思春期の少女が性別違和を感じても、それはトランスジェンダーではなく別の理由があるかもしれない」というこの本の主張を拡大解釈して、「トランスジェンダーを自認する人すべてに別の理由があるかもしれない」と政治利用されることを危惧しているのだろうか。

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