見出し画像

カルト・ワイン 感想

あまりにも良作が過ぎるミュージカル「カルト・ワイン」の感想文。天使の分け前になってしまった大千秋楽を想って。

東京公演の情報を一切シャットアウトして臨んだmy初日は梅芸初日、開演前から「こうもり」の乾杯の歌が三拍子アレンジで流れていて胸が高鳴ったのを覚えています。

Twitterにも書いたのですが、カルトワインには実力のある主要キャスト、妥協なく美しいお金のかかった装置・衣装、耳に残る楽曲・効果的なリプライズと、ミュージカルに求めるもの全てが揃っていました。また歌い上げよりは芝居歌なのも日本のオリジナルミュージカルらしく、このような作品を生み出せる宝塚歌劇団を嬉しく思うとともにこれが東宝ミュージカルでないことに危機感を覚えるような気もしました。

脚本・演出について

作品を通して「こうもり」からの引用を含め印象的ないくつかの曲が繰り返し繰り返し使われるのですが、疾走感のあるジャズアレンジや巧みな歌い分けによってダレることがなく、これぞリプライズというような物語の点と点が繋がる感覚が味わえてとても満足感がありました。

また物語のモチーフはもちろんワインですが「芝居」もキーワードになっていて、多くの人にとって身近でない「高級ワイン」の物語にも入り込みやすかった気がします。そして「芝居」というテーマ自体も偽造ワイン事件を演じたシエロ・アスール、偽造ワインに踊らされる人々、それを物語るオークショニア、そして観劇している私たちへと何重にも意味が繋がっているように思いました。

脚本の鮮やかな部分はいくつもありますが、「神はシエロを守るのか」という命題に対する「十字架に悪事の成果を守らせる」という答えがとくに見事でした。神がどうだろうと守らせる、自分の価値は自分で決めるのと同じことで、神という他者の承認を必要としなくなったことが端的に示されています。

同様に印象的な歌詞「赤か白か それとも黒か」の答えも最初から示されていてどれでもない「シエロ=青」、人から与えられるものではなく自分自身が持っているもので、テーマの一貫性もこの作品を名作たらしめたポイントだと思います。

栗田優香先生の2作目ということで「夢千鳥」に比べ、スケール感の広がりにも驚かされました。「夢千鳥」は小劇場らしいまとまりと強い求心力がありこちらも素晴らしかったのですが、「カルト・ワイン」では舞台から溢れて客席にも伝播するような外に向いた強いエネルギーを感じられ、自分自身もまさに渦中にいるように楽しむことができました。

なんだか最近劇団内での社会派演劇担当になりつつある宙組ですが(なお次作はハイロー)、中米の貧困の問題にきちんと触れて不法移民の入国の道のりまで描いていながら、全体としてはコメディというバランスも良かったと思います。風刺が効きつつも宝塚としても安心して見ていられる絶妙な塩梅で、ちょうどよく刺激的でした。

そしてこれだけテーマ性がしっかりしているのに、カルトワインの名場面と言われれば私は間違いなくシエロとアマンダのワインセラーのシーンを選びます。
ワインについて教えるソムリエと見習い、その立場が逆転して「生意気な生徒」「可愛い先生」と目を合わせると弾かれたようにポップな恋のメロディが。まかまど解散以来トップコンビからときめきを見失っていた私もあまりのときめきに胸を押えました。

「高級ワインで殴り合い」も名場面ですね。マウンティングゲームを物理的に表現する舞台らしく賑やかなシーンの面白さも然る事ながら、ロブスター風に盛り付けられた銀の皿にきちんとサラダがトッピングされている拘り様、赤ワインなのにロブスターというセレクトも好きです。安直ですが赤ワインには肉、白ワインには魚介とすると二重の意味で「不釣り合い」に演出されているような。ソムリエエプロンに隠されていたのであろうリングガール風の謎ダルマも、お上品なワイン会とボクシングのリングを妙に上手く繋げていました。

キャストごとの感想

主演、シエロ・アスール/カミロ・ブランコ役の桜木さんは衝撃的な芝居歌の上手さでした。台詞と歌の移行がスムーズで、どの音域・声量でも歌と台詞で同じ声が出ているので驚きました。私の体感では叫ぶ芝居が上手いのは圧倒的に声優さんが多くそれだけ専門的な技術を必要とするのだと思いますが、その叫び声のまま歌ってさらに歌としても成立させるというのはなかなか見られる芸ではありません。情感に溢れ、わりあい単調なメロディラインを補って余りある雄弁さでした。これだけ歌を芝居として、芝居を歌として表現できるからこそ、しつこいほどのリプライズが効果を発揮しているのだと思います。

また滑舌の良さと、現代劇らしい台詞回しも印象的でした。節回しが独特な真風さん(と言いつつ私は真風節のファンですが……)とら行の滑舌が甘い芹香さん、作り込んだ声の和希さん瑠風さんでは見られなかったであろう、現代の若者らしい自然体で素っ気ない青年の姿も新鮮で、すこし身近な気がするのかもしれません。

フリオ役の瑠風さんは豊かな中音と素晴らしく明るい鳴りの高音が長所だと思っていましたが、むしろ低音のすこしザラついた歌声の方が台詞の声との差がなく桜木さんとのバランスも含めて好きでした。声が良すぎるだけに急に歌い出した感があり、BWミュージカルを見たくなります。また芝居はウェットなタイプに感じたのですが、シエロとの関係はあくまでブロマンスを貫いていたので演出の妙かもしれませんが好感を持ちました。表情の使い方は艶っぽいのに芝居の運びには実直さが滲んでいて、なんとなく掴めない印象もあります。

アマンダ役の春乃さんは得意の歌を披露できる場面がほとんどなかったにも関わらず、芯の強い大人の女性を堅実にそして美しく好演していました。鼻腔で響くような声は女優役も似合いそうですが、自分なりに苦労もしているのに「甘やかされている」と自嘲し「本物」に惹かれるストイックな役がとても似合っています。

チャポ・エルナンデス役の留依さんは久しぶりの男役姿でしたがもう40年はその姿だろうと思うような歴戦をくぐってきた強かな男そのもの。歌が少なかったことにこれを書きながらやっと気付いたくらい、お芝居だけで抜群の存在感を放っていました。シエロにとっては最初に分かりやすい「承認」をくれた人で、なのであまり悪どくは見えないのですが全く堅気にも見えないというバランスも完璧でした。

滑舌の良い主要キャストの中でも目立って明朗だったのはケスラ捜査官役の秋奈さん。主演の歌をBGMにしていても納得してしまう圧がありました。

温かな感情芝居で右に出る者なしといった松風さんはコントラストの利いた2役と、フィナーレの華麗なダンサーぶりにも喝采でした。

観客を世界観に引き込むキーパーソン、オークショニア役の風色さんは滑舌と声の張り方があと一歩と感じましたが宝塚らしいきらびやかな存在感と人懐っこいのに怪しげでもある特別な雰囲気があり素敵でした。

このまま全員分書けてしまうのですが、とりあえず7/7のうちに書き上げたいので終わりにします。端々までみんな光っていて、若いワインも熟成されたワインもみんな素敵。

おわりに、円盤と音源とルサンクが出ることを祈って乾杯します🍷

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?