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スキルヴィングは日本ダービーを勝てていたのか

あしたのジョーという作品のラストシーンは有名だ。
今ではパロディネタに使われることも度々ある『真っ白に燃え尽きる』アレ。実際のところ死んだのか死んでないのか議論は割れるところではあるが、世間でいうところの認知はおおよそ『力を出し尽くした』ところまでは一致しているはず。

第90回日本ダービー。本年の青葉賞馬スキルヴィング号がゴール入線後、急性心不全を起こして虹の橋を渡ってしまった。当日は2番人気にも推され、青葉賞組のジンクスを破る期待、ソールオリエンスの二冠阻止などなど様々なファンの思いを背負った一頭に起こった悲劇。とても残念な出来事だった。

2023年の青葉賞を制したスキルヴィング。ダービーでも注目の一頭だった

『力を出し尽くす』とはどういうことなのか?

競走馬のレース中、レース後の事故による死は決して珍しくなく、平場や中央地方問わず、年中どこかでレースが行われている中では『ままあること』である。しかしながら今回は重賞、G1、まして日本ダービーで起きてしまった出来事であり、普段競馬を見ないような人たちも多く、ショックが広くなってしまった印象はある。競馬ファン、ウマ娘ファンの中ではサイレンススズカやライスシャワーのことを思い出した人も多いだろう。

どんな生物でも通常は80%くらいの力までしか出せないという。そこからさまざまな努力を重ねて90,100と発揮できるように調整をする。更に特定の条件が重なることで120%、所謂『ゾーンに入る』ということもあるというが、これはアスリートにしかわからない感覚だ。
急性心不全の原因は一概には言えないし自分は医療系でもないので下手なことは書けないのだが、冒頭に記載した『力を出し尽くしてしまった』可能性は0ではないと考えている。『力を出し尽くす』→『生命維持ができなくなるまで体力を使い切ってしまった』と捉えるのであれば、理論的には間違いではないはずだ。
3歳春にはややキツイローテながらも勝ち上がり、勝つためにできる厩舎の努力、仕上げに加えダービーという特殊な環境。いつも以上の力を発揮することも、しすぎてしまうことも想像は難しくない。

もしかしたら直線の時点でもうすべて出し切ってしまっていたのかもしれない。レース後のコメントでも「直線で追い出しをしても反応が無かった」とのことだったので、可能性は大いにある。
しかし命の灯が燃え尽きる最後の時まで、入線までは走り切り、ルメール騎手を安全に下ろすまでは倒れなかった姿は競走馬として本当に立派な姿に映った。全力疾走中に心不全を起こして転倒する例も過去にはある。
ましてダービーの舞台で他馬を巻き込まなかったこと(もちろん追い出しを止めたルメール騎手の判断が素晴らしかった)で、大きな事故にならなかったのは不幸中の幸いだった。
あとで映像を見返したが、勝ったタスティエーラを称える観衆と横たわるスキルヴィングを心配する思いが交錯する、美しくも悲しい映像だった。

ダービー馬になったタスティエーラ。
同じキャロットの所属。あそこにスキルヴィングが立っていた未来はあったのだろうか。

日本ダービーの回顧

前置きが長くなってしまったが本題はここからだ。競馬の世界にIFは星の数ほどあるだろうが、多くの競馬ファンがこれからも考え続けるであろうIFが一つ増えたレースになった。
スキルヴィングがあのまま元気に走り切っていたら勝てていたのか?
レースの回顧も含めて、自分なりに振り返ってみることにする。

まず2023年のダービーは非常にラップ、勝ちタイム共に遅かった。
ラップタイムが
12.6-10.7-12.0-12.6-12.5-12.4-12.8-12.4-11.9-11.6-11.9-11.8
前半の1000mが1.00.4 上がり3Fが35.3。勝ち馬の上がり3Fが33.5 だ。

2がスキルヴィング。5がソールオリエンス。12がタスティエーラ。11がハーツコンチェルトだ。

先行すると思われた17番ドゥラエレーデの落馬に始まり、早めに逃げをうった16番パスクオトマニカでこの先頭ラップ、以降は1秒ほど離れて追走だったので、かなり遅い。
近年では特殊な展開となったが、しかしこの展開は予想はできた。

理由は鍵となる5番ソールオリエンスの存在。皐月賞の最後のキレは誰もが知っている点であり、最後の一瞬のキレ味勝負になってしまえば勝ち目がないのは明白。

であれば道中をなるべくペースダウンし、ロングスパート勝負に持ち込みソールオリエンスに抜かせないスタミナ重視の展開になると考えていたが、実際に過剰なほど遅い展開となっていった。パスクオトマニカの田辺騎手はそれを見越して逆に早めの逃げをうつことで残す戦法だった。

前の緑帽がタスティエーラ。左の緑帽がハーツコンチェルトでその左の白帽がスキルヴィング

2番スキルヴィングは後方5番手から追走していたが、先に11番ハーツコンチェルトが残り1200mあたりから早めに位置を上げていき、並ぶ形で追走。大欅を超えたあたりで12番タスティエーラの後ろにこの3頭が並ぶ形となった。タスティエーラの内にソールオリエンス。

白帽スキルヴィング 緑帽ハーツコンチェルト 赤帽ソールオリエンス
緑帽タスティエーラ

直線。スロー展開により前有利となった中でタスティエーラがスムーズに加速。追うソールオリエンスは前が13番シーズンリッチ(内の赤帽の前の橙帽)により塞がったかに思えたが内に進路をとったため前が開き加速することができ追走。ハーツコンチェルトはタスティエーラの真後ろからの追走となった。その左にスキルヴィングがいる。この写真の時点で反応が薄く下がっていってしまっているのだが、もしここで加速できていたらコース的には高順位にいけたのではないかと考えている。

左の緑帽ハーツコンチェルトの向かって左に橙帽ノッキングポイント
この位置に本来はスキルヴィングがいたはずだった

本来スキルヴィングがいたであろう位置に15番ノッキングポイントが来ていて、タスティエーラが進路を内に取ったことでハーツコンチェルトの前が空き、ソールオリエンスが一度前をふさがれる形となった。そのまま押し切ったタスティエーラが1着。タスティエーラの外に出し加速したソールオリエンスが2着。ソールオリエンスと併入していたハーツコンチェルトと、空いた内を果敢に突いたベラジオオペラがハナ差(10cmも無い?)が3.4着で、本来のスキルヴィングの位置を手繰り寄せたノッキングポイントが5着となった。同厩舎の馬が好走したのは皮肉な話というべきか。
勝ち時計が2分25秒2。これは今年のオークスよりも遅く、
レイデオロのダービーに次ぐ遅い時計だ。
昨年のダービーの勝ち時計は2分21秒9なので、いかに遅いタイムなのかがわかると思う。

ラップやこのタイムを指摘して「レースのレベルが低い!」という人をちらほら見かけるが、個人的には昨年のレベルが高すぎることと、今年の相手関係を見れば無くはない展開であり、それぞれの陣営が勝ちに行く展開選択をしたことでのこの数字という印象だ。

上位馬たちの評価

言い方は悪いが今年のダービーの鍵は「いかにしてソールオリエンスを潰すか」が重要なポイントであり、スローで好位につけることが最も可能性の高いレースだった。ソールオリエンスの横山武史騎手もそれを見越して前目につけていたはずなので、選択は間違っていない。結果として不利な展開になりながらも2着に付けられたのは人馬共にレベルが高いからであり、レース後の「運が無かった」というコメントに尽きる。
優勝したタスティエーラはスタートも良く早めに好位置につけたまま押し切った形だ。展開も有利に働いた。人馬の能力もさることながら、運を手繰り寄せたといっても良い。
3着のハーツコンチェルトはローテを考えればスキルヴィング以上にキツイローテ(若葉S→青葉賞→日本ダービー)ではあったが、3走目に本番のG1に向かうという点では秋に経験していたこともあり、陣営の調整もうまくコントロールできた印象はある。血統的にも東京2400は一番期待できるコースだし、着差を考えてもやや出遅れ気味のスタートの分を加味すれば勝ち負けだっただろう。道中一度位置を上げるためにペースを上げ、最後も上位馬に負けない加速を見せているあたり、スタミナに定評がありそうだ。
4着のベラジオオペラについては上手く乗ったなという印象が強い。展開の利も働いたがこの日の馬場で伸びることを頭に入れ内を選択した横山和生騎手の判断がこの好走につながったと言える。上がりも最速を叩き出しているだけにもう少し前で競馬できていたら…という感想。

では改めてスキルヴィングに視点を当ててみることにする。

日本ダービーと青葉賞を比べてみる

スタートは五分で後方4~5番手追走、前半を終えハーツコンチェルトが速めの位置上げを開始したと同時に外からの追走を開始。第四コーナーではタスティエーラの後ろにハーツコンチェルト、スキルヴィングが並んで追う形になったのは先ほど説明した通り。
ではここで前走の青葉賞の同じ位置の写真と比較してみる。

左側の緑帽がスキルヴィング(1着)。橙帽の後ろに頭だけ見える赤帽がハーツコンチェルト(2着)だ。
青葉賞同様にスキルヴィングが外を選択することができている。
ハーツコンチェルトは前が塞がっていてここからどう出す?という状態。

多少の差はあれど青葉賞と同じような位置取りにつけられているのがわかる。前も塞がっていないため、ここから不利を受けることが無ければ十分にトップスピードを出せる状態ではあった。
そして勝ちタイム。日本ダービーが2分25秒2に対し
青葉賞は2分23秒9であった。タイムだけなら青葉賞のほうが速い。

では展開はどうだったのか?実はこの日の青葉賞はスローだった。
前半の1000mが1.00.4であり、日本ダービーと同じ前半だったのだ。
更にラップタイムを比較すると

上が日本ダービーのラップタイム。下が青葉賞のラップタイム

とても良く似たラップだったのがわかるだろうか。むしろ1400m地点以降では青葉賞のほうが速いタイムを計測している。
つまり日本ダービー以上に長く速い脚を使う必要があった。ということ。
タイムだけ見れば日本ダービーよりもレベルが高かった
可能性があるのだ。

前で脚を貯めることのできた展開で先行していたタスティエーラの上がり3Fのタイムが33.5に対し、ダービーよりもやや速い後半を強いられながらもレース上がり最速タイの34.1だったスキルヴィング(ハーツコンチェルトと同じ)
ダービーでスキルヴィングがいた位置を走って5着に来たノッキングポイントの上がりが33.4、ハーツコンチェルトも33.4を出せていたことを考えると、今回のダービーでも同様のタイムで走れていた可能性は高い。
このダービーの展開では2~3着争いではあったはず。少しでもペースが上がっていればダービー馬になれた可能性は十分にあるということだ。

結論:好走は確実。勝ち負けだったかも

展開比較と進路からウイニングロードは選択できていたと思う。少なくとも凡走してしまうような走りでは無かった。
ただやはり2400mを2回使って3走目も同じ2400m。目に見えない疲労はあったかもしれない。イクイノックスをみてもキタサンブラックから体質の強くない馬が出てくる可能性はもしかしたらあるのかも。
凱旋門賞から2か月開けて使ったタイトルホルダーも疲労の蓄積は指摘されていたことや、天皇賞春でのアクシデントも、パドックでは好調に見えても、不良の日経賞での見えない疲労というものはもしかしたらあったかもしれないということを考えると、スキルヴィングにもそういった蓄積があった可能性は想像できなくはない。現にパドックは非常に良い動き、仕上がりをしていたと個人的には感じていた。目に見えない疲労の蓄積というのを見分けられたらそれはもう名医かエスパーだ。


ローテの面でそういうことを想像できなかったのか?という意見も飛んできそうだが、賞金や出走条件、適性を考えればこういうローテを組むのも納得するし、陣営への批判は全く思っていない。ベストを選んでここに来たと考えている。
3歳春に3回2400mを走らせるのは確かにタフではある。しかし優勝したタスティエーラは今年だけで重賞を4回も使っている。同じものとして比較するのは酷な部分はあるが、3走して力尽きてしまうというのはあまり考えられるパターンではない。

レース回顧をして感じたのは、能力を考えたら2走目がダービーだったら…と思うこともあるが、これも言ってもしょうがないことだ。
最下位でも競争中止してもかまわないから、最終的には生きて元気に帰ってくること。それが関係者やファンの共通する願いだと思っている。

スキルヴィングという名馬を忘れない

改めて書くが最後の直線の時点で出し切ってしまっていたのなら、その場で倒れてしまってもおかしくなかった。しかし最後の最後までゴールまで脚を止めず、騎手を安全に下ろすことに力を使った姿をずっと忘れずにいたいと考えている。

幸運なことに自分は青葉賞もダービーも現地で観戦できたし、彼の勇士を目に焼き付けることができた。だからこそダービーでは青葉賞で競り合った二頭に強い印を打っていた。ハーツコンチェルトが3着に来てくれたこと、強い競馬を見せていたことが一つの救いになるし、ハーツコンチェルトの活躍がスキルヴィングが名馬となる一つの形だと考えている。

そして同厩舎のノッキングポイントにもたくさん走って、彼の分まで多く活躍してほしいと感じた。彼らが活躍すればするほど、スキルヴィングという名馬が語り継がれていくはずだ。

安らかに。


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