
【ミャンマー内戦㉑】ルビコン川を渡る:ミャンマーの少数民族軍は全力で戦う準備ができているか?
1年以上にわたる軍事的勝利の後、少数民族武装勢力(EAO)はミャンマーの周辺地域の大部分を掌握している。しかし、こうした前進は国境地帯にさらなる安定をもたらさなかった。依然として中心部に根を下ろしているこの容赦なく強情な軍政は、封鎖を延々と続け、空爆をエスカレートさせ、正常化を阻止する戦略をとっている。一方、近隣諸国は軍政との交渉による解決がない限り、新政権(EAO)を承認することに消極的であり、国境を越えた開発モデルや大規模な人道支援の実現可能性は低下している。
軍政との交渉をほとんど望まない北部と西部の有力なEAOは、国の中心部で戦いを挑む態勢を整えており、軍政と国家の崩壊の恐怖を募らせている。しかし、すべての勢力が戦争を拡大できるわけではない。南東部の民主勢力による政治および軍事作戦は停滞しており、この傾向はアメリカの最近の支援撤退後も続くとみられる。4年間の壊滅的な暴力によって国家が根本的に変貌した今、次に何が起こるかを予測するのは困難である。
ラカイン州での敗走

これらの極めて重要な戦闘の結果は、軍政の総合力と戦争遂行能力を示す重要な指標をいくつか提供している。最も注目すべきは、アンの地方司令部の増強に失敗したことである。国軍は2023年後半から大規模な反撃を開始するのに苦労していたが、ラカイン州での最近の攻撃に対する対応パターンはさらに限定的だった。この失敗は、2024年2月に初めて発表された徴兵に対する軍政の対応に疑問を投げかける。オープンソースの報告によると、第10次徴集兵の訓練は2025年2月に開始されており、軍政はおそらく少なくとも3万5000人、おそらく5万人もの新兵を集めたとみられる。
反撃を行うには、国軍は新兵を使って、大幅に人員が減った軽歩兵師団(LID)と軍事作戦司令部(MOC)を再建する必要がある。これらはどちらも俗に機動攻撃旅団と呼ばれている。これらの部隊は伝統的に、大規模作戦の先鋒やEAOの攻撃に対抗する任務に就いている。しかし軍政が徴集兵をどのように使っているかは明らかではない。1つの可能性は、最初の徴集兵グループが、全国の人員が減った地方部隊を臨時に補充するために配備され、機動攻撃旅団の再編成が遅れているいうことである。 もう1つの可能性は、新たに再編された機動攻撃旅団が長期の訓練を受けているため戦闘の準備ができていないということであり、これがアンの地方司令部の増強に失敗した理由を説明できるかもしれない。
1月29日、軍政はラカイン州国境沿いのアラカン軍(AA)の西進を阻止するために第99歩兵師団の大規模な部隊を投入したと伝えられているが、部隊は直ちに損害を被った。派遣された部隊の規模は6個または7個大隊に相当し、この事実は、第99歩兵師団は大部分が再建されていたことを示唆しているが、配備するのが遅かったので、12月の段階では準備が整っていなかったことが覗える。徴集兵を戦闘に急行させると、戦闘効率が低下するのが常である。
また軍政は、徴兵の取り組みでも困難に直面しているようだ。当初、多くの徴兵対象者にさまざまな誘因が提供され、一部は国軍の代理政党・連邦団結発展党(USDP)の要請で志願した。こうした潜在的な新兵候補のプールが枯渇すると、徴兵はますます強制的なものとなった。そして1月24日、軍政はついに人民兵役規則を公布した。これ以前は、徴兵の慣行は基本的に非公式であり、潜在的徴兵対象者が自分の代わりとなる人を金で雇うことができるなど、重大な抜け穴があった。軍政は徴兵が全国で均一に施行されることを保証できないが、規則の公布は徴兵忌避を取り締まる取り組みと時期を同じくしている。例えば1月には、政権は国を出ようとする徴兵該当者に対する出国制限を強化した。
軍政の徴集兵の扱いは戦争の行方に影響を与えるだろう。機動攻撃旅団を再建し再装備する能力があれば、理論上は軍政は反撃を開始し、2月初めにAAが包囲を開始したシットウェなどの重要地域を増援できるはずだ。軍政が同市に相当数の増援を送れるかどうかは、徴集兵を適時・適切に活用する能力を示すものとなるだろう。昨年の出来事は、EAOが長期間にわたって多数の死傷者と深刻な人道的影響を受け入れる覚悟がある限り、孤立した軍政の基地や包囲された都市は、十分な増援がなければ最終的に陥落することを示している。
新たな問題
AAはラカイン州の大半を制圧したものの、戦争をすぐに終わらせ、復興や経済発展に力を注ぐ明確な方法はない。AAの苦境は、同州の電力事情に最もよく表れている。クーデター前、ラカイン州の電力のほとんどはマグウェから山を越えて運ばれていたが、敵対行為が激化し送電網が過負荷になると、軍政は電力供給を停止した。現在、稼働可能な最大の地元電力源は、中国・ミャンマーパイプラインの始点であるチャウピューにある中国のガス発電所だ。しかしAAが発電所を占拠したとしても、北京の協力なしに運営することはできず、州全体に電力を供給することもできない。
ラカイン州は全面的な停電に見舞われているほか、軍政による封鎖が続いており、バングラデシュもインドも、AAとの関係を正常化したり、同州の問題を解決できる規模で国境を越えた貿易や投資を開放したりする準備はできていないようだ。その結果、ラカイン州は生活必需品の深刻な不足に見舞われ、200万人が飢餓の危機に瀕している。軍政はまた、州内で意図的に現金不足を作り出し、AAや一般市民が商品やサービスが利用可能であってもそれにアクセスすることを困難にしている。AAには信頼できる銀行サービスを提供する方法がなく、インターネットの全面遮断はAAにも解決できないため、スマホの代替手段も実現しにくくなっている。国内の他の地域に住むラカイン族は、軍政が扇動する新たな人種差別に直面しており、パスポートを簡単に入手できない。またAAやその他の非政府主体がこの種の問題に対処する明確な方法はない。
AA はまた、軍政の監視用ドローンや、衰えを知らない空爆に対抗する術を持っていない。例えば1月9日、国軍の航空機がロヒンギャの村チャウ・ニ・マウの燃料貯蔵庫と思われる場所を攻撃し、大爆発と火災で村が破壊され、多数の民間人が死亡した。2日後、国軍がチャウトーの中央市場を空爆し、多数の民間人とラカイン州の政治指導者ウー・ワインマウンが死亡した。このパターンは、国軍が躊躇なく標的とする民間地域にいる AAの指導者や資産に対する諜報活動にもとづく攻撃の1つであるように思われる。月間空爆数は過去最高を記録し続けており、軍政は概して敵を無期限に爆撃する意志と能力があるように思われる。
セキュリティのジレンマ
1月20日、北京は軍政とミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)の間で正式な文書による停戦を仲介したことを明らかにした。合意を受けて、中国はMNDAAの領土への国境を越えた貿易とサービスを再開した。これにより中国は、軍政との共存に同意するなら国境地帯の武装組織を承認する用意があることを示した。
さまざまな報道によると、この取引には、2024年8月に制圧したラーショーから段階的に撤退するというMNDAAの合意が含まれていた。もしそれが実現した場合、MNDAAの撤退に続いて同市では軍政支配への全面復帰ではなく、ハイブリッドな取り決めが続く可能性が高い。例えば、MNDAAは独自の警察力を維持しながら軍政の行政官の復帰を認める可能性がある。あるいは、第三者が警備や行政サービスを提供し、MNDAAと軍政の間で共有される税収の分配を担当することも可能だ。こうしたハイブリッドな取り決めは、ミャンマーでは以前から存在している。
この合意を受けて、軍政とタアン民族解放軍(TNLA)との協議が2月15日に中国の昆明で始まり、中国はカチン独立軍(KIA)、続いてAAとの交渉を順次主催する予定だと報じられている。しかし、軍政とこれらのEAOとの取引の仲介は、MNDAAの場合ほど簡単ではない。1つは、中国は、軍政と積極的に戦っている他のどの組織よりも、MNDAAに対してはるかに大きな影響力を持っている。またMNDAAの管轄地域であるコーカンはミャンマー中央部から遠く離れており、ここを制御できないことが軍政の存在そのものの問題となることはない。もう1つの要因は、軍政が昨年、コーカンに対するMNDAAの権限を認めることに原則的に同意していたのに対し、他のEAOについては同様の譲歩を示唆していないことである。
しかし、より根本的な問題は、TNLA、KIA、AAが軍政との関係で直面している安全保障上のジレンマであり、その逆もまた同様である。新たな飛び地で安全を保つために、EAOは緩衝地帯を確立する必要があり、それはミャンマー中央部の一部を直接または代理軍を通じて支配することを意味する。同様に、軍政は中核地域とEAOの拠点の間の緩衝地帯の支配も確保しなければならない。このため、現在の支配線に基づく停戦、ましてや長期和平協定に合意することは、どちらの側にとっても極めて困難である。例えば、軍政がマンダレー郊外にTNLAが恒久的に存在することや、兵器工場があるマグウェ郊外にAAが存在することを容認できる可能性は非常に低い。これらの地域での停戦は、中国がなんらかの方法でそれを強制しない限り、戦術的なものにとどまる可能性が高い。
軍政との協定がなければ、EAOは、彼らの新政権を機能不全に陥れ、市民の士気を低下させることを目的とした封鎖と容赦ない空爆に直面することになるだろう。現状では、軍政の協力なしに、EAOが大規模に電力、インターネット、銀行、パスポートを提供する方法は事実上なく、軍政は反乱鎮圧戦略の一環としてこれらのサービスを意図的に拒否し続けている。ミャンマーの近隣諸国はEAO 協力して部分的な解決策を提供できるかもしれないが、軍政の同意なしにこれらの主体との関係を正式化したり、彼らの領土に大規模な投資を行うことはできないだろう。そして、これは軍政を巻き込んだより広範な協定なしには実現できない。
この現実により、EAOは深刻な苦境に立たされている。交渉による合意を通じて安定を達成するには、AA、TNLA、KIA などのEAOは、MNDAA が合意したとされるとおり、占領した領土の一部を政権に譲渡する必要がある可能性がある。あるいは、軍政が領土を強制的に奪還できれば、真剣な交渉が行われる可能性もあるが、上で説明したように、軍政がいつ、あるいはそもそもそのために必要な力を集められるかどうかは不明である。
さらに戦場でのさらなる敗北や中央への圧力の増大によって軍政が交渉に踏み切るとは考えられない。国軍は、物質的利益よりも主にイデオロギーによって動かされている組織である。ミャンマー中央部の一部をEAOが支配することは、ビルマ族の国家の守護者という国軍の基本的なビジョンに反する。さらに国軍は合意の有無にかかわらず、ミャンマー中央部における EAOの存在を存在の脅威と解釈する可能性が高い。この観点からすると、停戦を隠れ蓑にして中央部にEAOの拠点を築くのを許可せず、EAOを押し戻すのが論理的な行動方針である。
こうした力学を総合すると、新たに獲得した領土を支配したいEAOにとって、ますます二者択一が迫られている。獲得した領土の一部を放棄する覚悟がない限り、国内の安定を求めるEAOは、ミャンマー中央部に進軍し、国軍を永久に追放しようとする以外に選択肢がないと感じるかもしれない。
権力の空白が迫る
AA がどちらの道を選ぶかの兆しとして、すでに隣接するエーヤワーディー地方域とマグウェ地方域への攻撃を模索し始めている。AAはまずシットウェ (そしておそらくチャウピュー) の制圧を優先すると思われるが、その間に隣接地域で活動する代理軍(PDFなど)への支援を強める可能性もある。軍政側としては、シャン州での大規模な紛争を避け、AAのエーヤワーディー地方域とマグウェ地方域への進出を阻止することに再び焦点を絞ろうとするだろう。しかし、もしそれが実現すれば、AAのエーヤワーディー地方域への大規模な攻勢はヤンゴンを直接脅かし、紛争に馴染みのない地域で大量の避難民を生み出すことになるだろう。

同様にKIAは、内戦が始まって以来、カチン人民防衛軍(PDF)を支援し、共に戦ってきたザガイン地方域北部に再び攻勢をかけると見られている。他のEAOほど迅速に領土を獲得していないものの、KIAは着実に前進を続けており、カチンからザガイン、マンダレー、シャン州北部への重要な河川と道路の結節点を守るバモーの戦略的交差点をまもなく占領する可能性がある。KこれまでのところKIAは、中国による攻撃停止要求にほとんど抵抗していない。
ザガイン地方域では、カチンPDFとTNLAの指揮下にあるマンダレー人民防衛軍との競争も激化している。KIAとTNLAはシャン州北部で領土紛争に巻き込まれており、これはそれぞれが同盟するPDFが活動する緩衝地帯をめぐる争いへと発展している。さらに事態を複雑にしているのは、国民統一政府(NUG)と同盟を組んでいないビルマ族のPDFが、ミャンマー中央部で勢力と影響力を強め続け、NUGより優位に立とうとしていることである。この力学は軍政に好機をもたらし、特定のPDFとは交渉し、他のPDFとは交渉しないことで派閥争いを促進できる。さまざまな情報筋によると、中国もこの分断された状況を利用し、NUGと同盟を組んでいないPDFに武器と資金を注ぎ込んでいる。
もう1つの未知数は、TNLAが中国による軍政との合意に向けた圧力にどう反応するかだ。一方では、MNDAAと軍政との停戦はTNLAを最も強力なパートナー(MNDAAのこと)から孤立させ、軍事的選択肢を制限する。他方では、TNLAが、短期的には紛争の低減化を望まないさまざまなPDFとの関係を強化する動機となる。TNLAと政権の第1ラウンドの協議は2月19日に何の合意もなく終了した。
2024年後半までに両者の地上戦はほぼ沈静化したが、軍政は昆明での会談を前にTNLAの軍事・行政施設への空爆を続けた。シャン州での緊張激化は許されないものの、国軍は交渉に先立ってTNLAに圧力をかけてきた長い歴史があり、この戦術は何度もTNLAの反撃を招いて裏目に出ている。TNLAが拠点を置いているマンダレー・シャン州国境沿いで大規模な敵対行為が再開されれば、MNDAAが再び戦闘に巻き込まれ、マンダレー市に圧力がかかり、軍政の存亡を脅かす可能性がある。
軍政存続への脅威は明らかに高まっているが、その主な原因は、NUGとその主要同盟組織であるカレン民族同盟(KNU)やカレンニー民族勢力連合から距離を置いているミャンマー北部のEAOである。過去1年間、カレンニー族は軍政に対する反撃に苦しみ、KNUは泰緬国境沿いで進撃が停滞し、2025年2月初旬現在も膠着状態が続いている。これらの後退は主に兵器・弾薬の供給途絶によるもので、タイは国境の兵器市場を大幅に取り締まり、EAOへの最大の兵器供給元であるワ州連合軍(UWSA)は中国の要請で兵器の供給を停止した。カレンニーとKNUが直面している問題は、USAIDの資金削減によってさらに悪化する可能性が高い。両組織はNUGと同様にアメリカの技術、財政、人道、政治支援に大きく依存しているからである。
EAO間の力関係は、軍政崩壊後のシナリオにとって大きな意味を持つ。NUGとその同盟は、ミャンマーの長引く紛争の解決策として民主的な連邦制を提唱しているが、TNLA、AA、MNDAAなどのEAOは連邦制や広範な連合体の構築にあまり関心を示さず、あからさまに権威主義的である。前者陣営の影響力は相対的に低下しており、軍政が崩壊した場合に中央の空白を埋めて民主的改革を実施できる主体や連合体の可能性は低下している。むしろ、現在の軍政の漸進的衰退の傾向は、派閥主義、民族主義的軍事独裁、国家崩壊の台頭と重なっている。
https://myanmar.iiss.org/updates/2025-02