謝罪にまみれた日本
こんばんは。ぼのです。
今日はニュースをみて思ったことを書き連ねてみます。
今日テレビで見たニュースで、スシローの回転レーンが詰まり、お寿司の皿が座席に投げ出されてきたという内容のものがあった。
右上に小さく「視聴者撮影」と書かれた動画付きで。
スシローはこれに対して、謝罪文を公表。「再発防止に努めてまいります。大変申しわけありませんでした。」と。
ここで私が率直に思ったことは2つ。
①この謝罪文は誰に向けて謝っているのか。
②そもそも、こんな機械の故障程度のことをテレビというメディアが取り上げる必要はあったのか。
①について、単純に考えて謝罪を向けるべきは、機械故障時にその場にいたお客さん以上でも以下でもない。そんなこと小学生でもわかる。日本はなにかあるごとに謝罪謝罪。芸能人の不倫や浮気も、政治家の発言も。
社会に向けて本当に謝るべきことなのだろうか。当事者でない限り、その謝罪は他人事でしかないし、ただことを大きくしているようにしか感じない。
②について、今回の件で誰かがけがをしたわけでもなければ害を被ったわけでもない。たった1度起きた機械の故障を大げさに報道する意図が分からない。
近年インターネット社会の発展により、視聴者提供の動画を用いたニュースが増えた。ニュースだけでなく、おもしろ動画○○連発といった類のバラエティーも増えている。そのおかげ(?)で、些細なことも大げさに取り上げられるようになった。今回のような出来事、海外では笑い話で済むかもしれない。しかし、日本では、深刻そうな声色のナレーションと共に、絶対にあってはならないことを犯したように報道される。
メディアの在り方、謝罪の理由、社会の寛容さ、先進国といわれてきた日本がこうなってしまったのは仕方のないことなのだろうか…
そんなことを考える夜。