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43歳 古民家に住んで出会えたもの

自然豊かな田舎に家を探していたところ、知り合いから古民家の情報をもらったので見に行った。
 
広い敷地には百年を超す大きな民家が建っていた。
「実際に家を見たら古すぎて借りないだろう」と大家さんは思っていたそうだが、私たちはそれに反してすっかり気に入り、借りることにした。
 
「家賃なんかいらない」と大家さんは言ったが、「そういう訳にはいかない」というと、月5000円で話がついた。
 
そこは誰も住まなくなって長い年月が経っていて蜘蛛の巣だらけだったが、大きく壊れている所もなく十分住める家だった。南向きに8畳の部屋が2つと6畳間が続いていて、トイレは汲み取り式だったが部屋からかなり離れているので匂いもしなかった。廊下づたいに奥へ行くと二階建ての別棟に続き、そこも使っていいという。庭には2メートルを超す大きな岩がいくつもあった。
 
家の周りは一面の田んぼで、すぐ近くに小さな神社があった。小学生の娘と息子は、映画『となりのトトロ』に出てくるサツキとメイのように大喜びで家の周りを探検していた。
 
畳をはがし、ホームセンターで大量に買ってきたフローリング用の板を端から1枚ずつ打っていった。素人のやることだが、大家さんは自由に何でもやっていいと言ってくれたので気が楽だった。
 
私は公民館などで絵を教え始めた。大人の教室は昼間だが子どもは学校が終わってからなので、絵画教室が終わって家に帰るころは、あたりは真っ暗だった。
 
ある日のこと、いつものように用水路に沿って車で家に向かっていると、家の周りがなんだか賑やかに明かりがついていた。今日は近くで祭りでもあるのかなと思いながら車を停めて家に入った。
 
「たくさん電灯がついているけど、今日は何かあるの?」と夫に聞いた。
 
「えっ電灯? 何それ?」といった。
 
「うちの周りにたくさん電灯がついてるの」と言うと、
「え?何?」と、子どもたちも一緒に外に出た。
 
すると、夫が
 
「これは蛍だよ」といった。
 
「えー!これが蛍なの?」
生まれて初めて蛍を見た。

子供たちも口を開けてしばらくポカンとして用水路の上を飛ぶたくさんの蛍を見ていた。
 
私はあまりの衝撃に
「これが蛍かあ・・・これが蛍なんだ」と言うのがやっとだった。
 
翌日、大家さんとばったり会って蛍を見た話をしたら、
「そうかぁ・・蛍かぁ・・昔は毎年見えたけど最近はすっかり見なくなっていたから、もういないと思っていたよ。蛍が出たのかー・・・」とニコニコしながらいった。
 
夏には田んぼからカエルの大合唱が聞こえてくる。そして、朝になると親指の爪ほどの緑の小さなカエルが車のフロントガラスに何十匹もピッタリくっつく。車を走らせると次々と振り落とされ、私は意地悪くさらにスピードをあげてカエルを困らせた。
 
私はこんな年になって自然との出会いがあるなど想像もしていなかった。そして、それは知らないことばかりで、何か自分に足らないところを埋めてくれたような気がした。
 

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