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32歳 スペインの離乳食とマリアのお風呂

娘が1歳になる少し前、夫が陶芸工房で働き始めた。
 
そのため私が大学に行っている間、子供を見てもらうことができなくなったので、近くにある小さな私設保育所に午前中だけ娘を預けることにした。
 
まだつかまり立ちしかできなかったが、そこを運営する女性とその娘さんがとても感じがよかったので安心して預けることができた。娘の離乳食は家で作って空きビンに入れて持って来るように言われた。私は野菜や肉を入れたおじやのようなものを娘の食事に作っていたのでそれを入れて渡した。

 
離乳食にはだいぶ頭を悩ませた。
日本なら、おかゆとおかずを別々に作って食べさせるが、スペインではすべて一緒に煮てブレンダーで細かくしてそれを食べさせる、とビッキーが教えてくれた。
 
私は市販のビンに入った離乳食を買って、この月齢には何を食べさせたらいいのかを調べた。果物のピューレなども月齢によって与えてはいけない物があったりしたので、いつでもわかるように、それぞれラベルをはがしてノートに貼った。
 
<3か月目の食事>
・にんじん入りのおかゆ(米、ニンジン、玉ねぎ、塩、)
・タラ入りのおかゆ(米、タラ、ニンジン、ジャガイモ、塩)
<6か月目の食事>
・とり肉入りおかゆ(米、鶏肉、玉ねぎ、塩)
・煮物(ハム、牝牛肉、ジャガイモ、トマト、玉ねぎ、ニンニク、塩)
・子羊と野菜の煮物(ニンジン、いんげん豆、子羊肉、米粉、塩)
とまあこんな具合だ。要するにいつもおじやということだ。
 
時間より早く娘を迎えに行った日があった。ちょうどこれから昼食の時間だという。「マリアのお風呂をしているからもう少し待っててね」と保育士が子供たちに言った。炊事場を見ると大きな鍋にお湯が沸いていて、その中にフタの開いたビンがたくさん入っていた。そのビンの中には子どもたちの昼食が入っている。
 
マリアのお風呂とは「湯煎」のことだった。
そう呼ぶ理由はわからないが、言葉の響きがいい。
 
当時はまだ電子レンジがそれほど普及していなかったと思うが、たくさんのビンを同時に温めるには湯煎は素晴らしい方法だ。ある程度温まったらそれぞれのお皿に入れる。娘のように小さい子にはスプーンで食べさせていた。
 
その後もテレビのお菓子作りなどで、「マリアのお風呂」という言葉をよく聞いた。いったい誰が最初に言った言葉なのだろう。
 
保育所に行ったのはたった3か月だったが、その間に娘は歩けるようになり、「おいで」とか「座って」とか「立って」とか「ダメ」など保育士の使うスペイン語も分かるようになった。
 
親子の会話はもちろん日本語なので生活言語もすべて日本語だが、娘が外で困らないように、おしっことうんちとおしゃぶりだけはスペイン語にしていた。
 
もう一つ使い続けた言葉があった。あいさつで頬にキスを求めるときに使う「ウン・ベシート」だ。ベソという言葉をかわいくしてベシートと言う。日本語だと「キスして」とでもなるか。スペイン人の友人に会う時は必ずする挨拶なので、この言葉を言われたら顔を近づけて頬を差し出す。この習慣は定着し、親しい人に会ったら必ずやっていた。
 
日本に帰国したばかりの頃は、私もついうっかり相手に近づいて頬を差し出しそうになって慌てたことがある。残念ながら日本にはそういう習慣がなく、少し寂しい感じがした。

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